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高専トピックス

映画ロボコンの舞台裏
徳山高専 准教授 藤本 浩 先生


徳山高専の吹奏楽部が応援演奏を行うシーン。「葉沢里美」役の長澤まさみさんが操縦するロボットは、栃木県小山市の小山高専から山口県徳山市の徳山高専に輸送された「はこじゃらし」(映画では「BOXフンド」)


前回の記事で「映画ロボコン」について少し紹介したところ、「面白いので映画の話に絞った内容で執筆できないか。」との依頼があったことから、今回は前回の内容を含め、主役のロボットを製作した小山高専のロボコン指導担当の田中先生から私の知らない当時の裏情報も提供して頂き、もう少し詳しく映画撮影の舞台裏についてお伝えしようと思います。


第2ロボコン部部室。徳山高専の現在の陸上競技場・サッカー場の片隅に設置されました。

2002両国国技館での「プロジェクトBOX」表彰・閉会式の最後に東宝株式会社(東宝)が高専ロボコンをテーマとした映画を創るというニュース発表があったことは前回お伝えしているところですが、その後の主人公が操縦するロボットBOXフンドが徳山高専にやってくるまでの経緯からお伝えします。

東宝が映画撮影用のロボット製作をT大学に依頼して進めていたところ、どうしても製作が間に合わないということで急遽、クランクインの3日前に古厩(ふるまや)監督自らが小山高専に出向かれ田中先生に相談されたことから、ロボットの実機である「はこじゃらし」(後の「BOXフンド」)が徳山高専にやってくることになりました。徳山高専ではクランクインの1週間前ぐらいには、T大学の学生3名が天井クレーンのある比較的大きなプレハブ倉庫の中で作りかけのロボットの完成を目指して悪戦苦闘しているところでした。
当初、この映画撮影用のロボットはラジコンでの操縦を念頭に置いて設計されているようでしたが、製作進行の状態から見て、とても間に合う様子ではなかったので、その打開策として競技で使用した実機を使うことになったようです。そのためT大生達の作っていたロボットは完成をみることなく、そのロボットのフレームは後に「はこじゃらし」を搬送するための台車として活用されました。


徳山高専を支援するため駆け付けた小山高専の学生。
工場で修理や改造を行い、徳山高専と協力して難局を乗り越えました。

映画のストーリーでは撮影のために7種類の形の異なったロボットを製作することになっていましたので、実機1台を撮影シーンごとに改造する必要がありました。
しかし、小山高専に持ち帰って改造している余裕はなく、撮影期間が春休み中であったことから、徳山高専の工場に小山高専の学生4名が常駐して改造作業を行いながら並行して撮影を行うことになりました。今思えば、このような撮影スタイルは高専が舞台でなければ実現できなかったのではないかと思います。

小山高専の学生達にとっては見知らぬ地で、限られた時間で、撮影に合わせて改造作業やメンテナンスが上手くできるのか様々な不安があったようです。そのような中、ロボットが登場する撮影の開始後、間もなくして当然のようにロボットの移動用モータからギヤボックスに動力を伝える直径4mm程度の小さなギヤが破損するアクシデントが発生しました。徳山は地方の高専でもあり、交換用のモータを直ちに入手することは困難なため、その調達期間を考えると撮影に多大な迷惑がかかることが懸念されました。しかし、このピンチに徳山高専と小山高専が協力して工場の機材を使ってこの小さなギヤを手作りすることでその場を乗り切りました。それ以外にも屋外のコンクリート舗装の上で吹奏楽部が奏でる「蘇州夜曲」に合わせて主人公が操縦練習をする撮影シーンで、移動用モータの過負荷による発熱のため出力が出なくなった際には「熱さまシート」や「冷えピタクール」を買ってきて、それをモータに貼り付けてその場を凌いだりもしました。このようなことがあって、学生達はロボットの改良作業やメンテナンと並行しての撮影が必ず上手くいくと自信が持てたそうです。


第15回高専ロボコン大会で優勝した北九州高専の「FLEX(フレックス)」は映画でも登場し「はこ」を八の字に積む特技によって、映画のストーリーに深みを提供しています。

主人公が操縦するロボットとなった「BOXフンド」は、もともと高専ロボコン2002の競技に参加するために、犬をモチーフにしたロボットに付けられた名前でした。しかし、重量オーバーのため映画のシーン同様に犬顔の外装が外されて犬をモチーフにしたロボットではなくなり、猫じゃらし(エノコロ草)ような毛を振動させることで箱を取り込む機構がロボットの特徴でもあったことから「はこじゃらし」という名前での競技参加となりました。
このような経緯があり、映画制作にあたって監督から主人公の操縦するロボットの命名について田中先生に相談があったとき、このロボットに元々付けたかった「BOXフンド」を採用して頂くことになったそうです。

高専ロボコン全国大会では「FLEX(フレックス)」が優勝しました。この映画の中でもFLEXは決勝の相手として登場します。「FLEX」の最大の特徴は、二つの箱を斜めにしてトランプタワーのように積み上げる「八の字積み」です。相手の箱の上に自チームの箱を積むことができれば自チームのポイントになりますが、この八の字積みの上に箱を置くと崩れてしまうことから箱を置くことができません。「FLEX」はこの八の字積みでこの年全国優勝を果たしています。
映画のストーリーの中で「BOXフンド」が「FLEX」に勝つためには、この八の字積みを攻略しなければなりません。このことについて古厩監督がわざとらしくない勝ち方について田中先生に相談されたとき、旅程の飛行機の中で色々と考えた末、BOXフンドを改良せずにBOXフンドの形状を上手く活かした勝ち方として、八の字積みされた台座にBOXフンドが体当たりし、わざと箱を崩してその箱をBOXフンドの胴体に取り込む方法を思いつかれたそうです。このとき箱を床面に落としてしまうと減点となりますが、BOXフンドは胴体が長いため取り込むことができます。最終的に、この方法が決勝戦の試合シーンで採用されてBOXフンドは優勝することになります。


「葉沢里美」役の長澤まさみさんをはじめ、そうそうたる出演者とご一緒し、中国大会の審判役を演じた筆者。

この映画に登場している人物を演じている俳優の皆さんは、今では簡単にキャスティングできそうにないメンバーとなっています。主人公の「葉沢里美役」に長澤まさみさん、最近では映画監督としても知られる小栗旬さんに加えて個性派俳優の伊藤淳史さんや塚本高史さんらが第2ロボコン部の部員として共演されています。その他にも鈴木真一さん、荒川良々さんなど、豪華な俳優陣となっています。今更ですが、21年前の映画でその中心にこれらの若い俳優さん達を抜擢された古厩監督の先見の明に脱帽を禁じ得ません。不肖私も中国大会の審判役として長澤まさみさんと絡むシーンで出演させて頂いていますが、当時は大変緊張しました。

この映画の試合シーンでは高専ロボコンの競技を体験した私達でも、主人公チームに感情移入して実際の試合さながらのトキドキ感があります。映画ではあまり分かりませんが、古厩監督の映画作りの特徴は、3分間の試合をカット無しの通しで撮影されるところにあります。そのため競技シーンの撮影には多くの時間を要しました。観客役のエキストラとして参加した周南市民の一部は撮影が夜遅くになったために途中で帰宅される方もいらっしゃった程です。このような手法での撮影だったこともあって、ウルトラCまがいの勝ち方なども偶然起こることがあり、「BOXフンド」が勝利する度に、会場から俳優の皆さんに向かって「良く頑張った」という賞賛の拍手が自然と巻き起こりました。映像の中の観客の表情にはやっと無事にシーンを撮り終えた安堵感も入り交じって、実際の競技さながらの緊張感と盛り上がりが表現されています。


休憩中にも「BOXフンド」の操作を練習する長澤まさみさん。映画の競技シーンの盛り上がりは、長澤さんの操縦テクニックが大きく貢献していると言われています。

競技のシーンにおいては監督の手腕もありますが、なんと言っても長澤まさみさんの操縦テクニックの良さに尽きると思います。スタッフの話では元々彼女の得意分野は理系らしく、ロボットの構造などもある程度理解された上で操縦されていたのかなと想像します。映画の全シーン通して操縦に代役を立てることなく、難しいシーンの撮影も完璧にこなされたことは、実際に操縦に携わった小山高専の学生達も驚いていました。深夜の撮影を小山高専の学生達と見守るのは大変でしたが、撮影の合間には塚本高史さんのギター演奏に合わせた長澤まさみ、小栗旬、伊藤淳史さんらによる生ライブが聴けるなどのラッキーな面もあって、時折深夜であることを忘れて楽しく過ごさせて頂きました。

映画完成後の試写会では映画で使用したロボットのデモンストレーションなどで協力させて頂きましたが、中でも、広島市で行われた試写会では長澤まさみさんと古厩監督、東宝の関係者の方々とご一緒してお好み焼きを食べに行くチャンスに恵まれました。当時の彼女は中学校3年生から高校1年生となる変化の大きい年齢だったこともあり、カメラの前以外では普通の少女らしくあどけない一面が見え隠れしていました。
けれども、35,153名の中から東宝シンデレラガールとして史上最年少の12歳で選ばれた人物だけあって、これまで多くの学生達と接してきた私からしても、彼女からは今まで経験したことのない輝きを感じました。この映画で彼女は 第27回日本アカデミー賞新人俳優賞等を受賞されたことは周知のとおりです。


映画の中では筆者の部屋が、第2ロボット部顧問の図師先生(鈴木一真さん)の部屋として使用されました。

余談となりますが、この記事で情報提供に協力して頂いた田中先生とは、この映画の撮影を契機に、お互いがものづくりを大の好物としていることもあり、意気投合して今でも大変懇意にさせて頂いています。この11月末に終了となってしまいましたが、NHKの夜の連続ドラマ「未来の私にブッかまされる」という主人公が高専出身というストーリーの中で、田中先生はロボットや操縦に関わる指導でサポートをされています。
まだご覧になっていない読者の方々は是非、見逃し配信等でご覧になって下さい。近年、映画ロボコンや高専ロボコン、連ドラの放送、更にはアニメなどでも「高専」というキーワードを目にする機会が増えてきました。これらを通してどちらかといえばマイナーな高等教育機関としての「高専」が社会的な認知度を増すことに、我々関係者は大いに奮起させられています。

映画で活躍した「BOXフンド」の詳細は こちら(アイデア対決ロボットコンテスト小山高専ロボット製作チーム/BOXフンド) からご覧いただけます。(外部リンクへ遷移します。)


映画ロボコン

監督・脚本古厩(ふるやま) 智之
製作富山 省吾
製作総指揮
  • 植田 文郎
  • 古川 一博
  • 小松 賢志
出演者
  • 長澤 まさみ
  • 小栗 旬
  • 伊藤 淳史
  • 塚本 高史
  • 荒川 良々
  • 須藤 理彩
  • 鈴木 一真
  • うじき つよし
配給東宝
公開2003年9月13日







藤本 浩
徳山工業高等専門学校 機械電気工学科 嘱託准教授
創造・特許教育を担当、二重螺旋ポンプ、電動車椅子用着脱可能な安全停止装置、乳幼児うつぶせ寝検出装置など数々の開発及び応用と、高専ロボコンには1991年開催の第四回大会から指導者として参加し、全国大会優勝、準優勝、ロボコン大賞、技術賞、アイデア賞等幾多の実績を有する。

『SolidWorksによる3次元CAD -Modeling・Drawing・Robocon』(共著)



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(掲載開始日:2024年12月25日)

※この記事の所属・役職・学年等は取材当時のものです。