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高専トピックス


※ 9団体は滋賀県商工会議所連合会、滋賀県中小企業団体中央会、滋賀県商工会連合会、滋賀経済同友会、滋賀経済産業協会、びわこビジターズビューロー、滋賀県建設業協会、公立大学法人滋賀県立大学、滋賀県

はじめに


三日月滋賀県知事から、開校準備の状況及び企業と直接つながる仕組みとしての「共創フォーラム」を立ち上げた旨の報告がされました。

滋賀県では、県内初の高等専門学校(以下、高専)を2028年(令和10年)4月に開校しようと、現在準備が進められています。

公立大学法人滋賀県立大学及び滋賀県により進められているのは『滋賀県立』での高専の設置です。
大津市と彦根市の中間に位置する野洲市にキャンパスを新設し、1学科4コース編成でスタートするこの新しい高専は、全国有数の内陸工業県である滋賀県の産業界に待ち望まれた工業系高等教育機関であり、そのコンセプトも固まりつつあります。

そうした中、2022年5月に滋賀県内経済6団体、滋賀県建設業協会、公立大学法人滋賀県立大学、滋賀県の9団体により締結した、「高等専門学校の設置に向けた共創宣言」に基づき、2023年11月に滋賀県立高専と企業とが直接つながる仕組みとして「滋賀県立高専共創フォーラム」が立ち上げられました。


建設予定地は、野洲駅から徒歩20分弱の距離。
琵琶湖に流れ込む野洲川のほとりに位置する自然豊かな県有地であり、近江富士も望むことができます。

今回は、その創立を記念して2024年2月8日に栗東りっとう芸術文化会館SAKIRAで開催された講演とトークセッションの様子をお伝えします。

当日は冒頭に三日月 大造みかづき たいぞう滋賀県知事及び公立大学法人滋賀県立大学の井手 慎司いで しんじ理事長から開催の挨拶が行われ、次いで、全国高等専門学校ディープラーニングコンテストの実行委員長を務め、AI・ディープラーニング分野における世界的研究者である松尾 豊まつお ゆたか 東京大学大学院工学系研究科 教授の事前録画放映による創立記念講演が行われました。

その後、高専と深く関わる5名のパネリストにより企業と高専の連携のあり方や滋賀県立高専への熱い期待をそれぞれの立場で語り合うトークセッションが繰り広げられ、会場は大きな盛り上がりを見せました。

三日月滋賀県知事のインタビュー記事はこちら

(掲載開始日:2024年3月13日)

創立記念講演 「高専生の未来可能性、滋賀県立高専・産業界への期待」


日本を代表するAI・ディープラーニング研究の第一人者の松尾教授による記念講演では、高専生の可能性と滋賀県立高専への期待が語られました。

講演者:松尾 豊 氏(東京大学大学院工学系研究科教授 日本ディープラーニング協会理事長 内閣府AI戦略会議座長)

松尾教授は2002年に東京大学大学院で工学博士の学位を取得され、以降はスタンフォード大学客員研究員等を経て東京大学大学院で教授を務められています。
日本を代表するAI・ディープラーニング研究の第一人者であり、今回の講演ではこれからますます産業・社会で存在感を増すAI・ディープラーニングの紹介と展望、必然的に数多くの人材の育成が急務であること、そしてこの分野に全国の高専生の活躍が求められる理由と背景、そして滋賀県立高専に大きな役割を期待している熱い想いが語られました。

1)AIの歴史とディープラーニングの解説
1960年代から始まるAIの歴史や近年になって脚光を浴びているChat-GPTなどの生成AIの説明、ディープラーニングとは何かなど、分かりやすく解説されました。
この数分間で、来場者の多くがAIやディープラーニングに関する不明点が明らかになったようでした。

2)ディープラーニング活用事例
製造分野では不良品検知や自動運搬機のシステムに、物流/倉庫分野では物流施設の駐車場における満空把握やナンバープレート認識によるトラック作業・待機時間の把握等に、インフラ分野では構造物のひび割れ・腐食等の自動抽出に、医療分野では自動疾患判断に、小売分野では店舗内のカメラ設置による顧客認識・解析にといったディープラーニングの活用例が紹介されました。

3)AI進化の転機
2017年に、自然言語処理における深層学習モデルであるトランスフォーマーが登場したこと、それに加えて次の単語を予測するという「自己教師あり学習」によって、ディープラーニングによる自然言語処理能力が急速に向上したことが解説されました。
その後、大規模言語モデルが扱うデータ量の飛躍的な増大で精度が飛躍的に向上してきたことや、大規模言語モデルの開発状況と近年のChat-GPTにつながる実用例が示されました。

4)大規模言語モデルは数十年に一度の技術
Chat-GPTの様々な活用事例や社会的インパクトの大きさを解説後、Chat-GPTを活用する企業や行政での事例紹介が行われました。
そして松尾研究所では、日本においてAIは医療分野や金融分野、製造分野で先駆的に発展させることが可能であると捉え、その分野に貢献できる形をつくる取組を進めていることが紹介されました。

5)松尾研究室の活動実績
「世界で戦える技術大国のエコシステムをつくる」という目的に向けて、松尾研究所は基礎研究、講義、社会実装、インキュベーションの4つの活動を推進していることを紹介。
20講座以上を開設し、受講者数が右肩上がりで増加していることや社会実装例を話されました。

6)インキュベーション(起業家育成・起業支援)
これまでに松尾研究室からスタートアップが23社も輩出されている実績、並びに幾つかの注目される企業が紹介されました。
富山高専出身のアントレプレナーが紹介された際には、松尾研究所での高専OBの活躍に会場では感嘆の声が上げられました。

7)高専生の可能性
最後に高専ディープラーニングコンテスト(高専DCON)の実行委員長を務められている立場から、高専生のポテンシャルは非常に高いと語られました。
年々技術レベルの上がっている高専DCON発のスタートアップがすでに8社に上ることを紹介。
高専生は地域企業や地域社会と密着したAI・ディープラーニングを扱い、イノベーションを起こせる存在として期待していると熱弁され、技術に優れた企業が数多く集積する滋賀県に誕生する滋賀県立高専の学生や教員たちの未来の活躍を大いに期待していると締めくくられました。

トークセッション 「高専と企業との連携・共創の現状と未来への展望」


トークセッションでは、高専の地域課題の解決事例やインターンシップ事例などが参加者に向けて紹介されました。

松尾教授の講演後、第2部のトークセッションがスタートしました。

2023年に開校したばかりで、起業家の輩出を目指すユニークな教育で話題となっている「神山まるごと高専」の大蔵校長をはじめ、今も高専と深く関わっているOB・OG、それに現役の高専生、そして三日月知事の5名のパネリストにより、高専と企業が連携することで多様で価値のある成果が得られたという数々のエピソードが紹介されました。

パネリスト:
大蔵 峰樹おおくら みねき 氏(神山まるごと高等専門学校 校長/滋賀県出身、福井高専OB)
中川 浩孝 なかがわ ひろたか 氏(万協製薬株式会社 システム部課長/鳥羽商船高専OB)
・ハリス イスマイル 氏(鳥羽商船高等専門学校 情報機械システム工学科5年生)
三浦 桂 みうら けい 氏(京セラ株式会社 研究開発本部/大分高専OG)
三日月 大造みかづき たいぞう 滋賀県知事

コーディネーター:新潟 真也にいがた しんや氏(メディア総研株式会社 取締役営業部長)


三日月:ものづくりの優良企業が、滋賀県にはたくさんあります。松尾先生のお話からは地域に向けて先端技術を提供する高専の意義を再確認できました。
滋賀県立高専でも同じように大きな成果を上げていくために、1学科4コースの編成で歩み出します。
1年生は情報技術を基盤とした学びを、2年生から5年生は機械系、電気電子系、情報技術系、建設系の4コースに分かれて学びます。
特徴的なのはカリキュラムの中心に学年・コースの枠を超えたPBL(課題解決型学習)を取り入れることです。
それを通して異なる学年・コースとコミュニケーションを取る経験を重ねるとともに、新たな価値を生み出すスキルを磨きます。実社会と関わるマインドを身につけ、起業しようという意欲も育成します。

大蔵:私が校長を務める神山まるごと高専は、起業家育成が目標です。
「モノをつくる力で、コトを起こす」人を育てるのです。そのような人材の育成は、固定的な1分野1学科制では難しい。当高専ではテクノロジー×デザインの観点からアントレプレナーシップを学ぶことになります。

新潟:企業活動に直結する取組例としては、万協製薬では鳥羽商船高専とPBLを実施していらっしゃいますね。

中川:鳥羽商船高専に近い三重県多気郡にある万協製薬が鳥羽商船高専との共同でPBLを始めたきっかけは、母校である鳥羽商船高専を訪問した際の先輩だった教員との雑談です。
工場の生産ラインの見える化が必要という話をしたところ、それを授業の中で一緒に考えてシステム化を模索していこうという話になったのです。
そうして現在は生産状況やエラー状況、終了予測時間がリアルタイムに把握できるシステムが整いました。
授業の一環なので進捗は決して早くありませんでした。でも、学生さんのみならず、我が社の社員にも多くの学びがありました。

イスマイル:私が万協製薬と取り組んだPBLは、地域課題に対し工業的なアプローチで解決に取り組んだ実践的な授業です。
具体的には工場内の生産に関わる様々な情報をIoTで取り込み、生産ラインの稼働状況や生産数を可視化するシステムでした。
エラーがどのような時間帯で起こりがちであるかが判明してその改善につながりました。生産数の可視化は納期把握にも役立っています。

新潟:2023年春入社にて38名もの高専卒業生を採用なさった京セラでは、高専生のインターンシップを重視していらっしゃいます。

三浦:京セラは高専生を高く評価し、採用にも積極的です。
その一環として京セラの滋賀地区3工場では、2023年夏季に21名の高専生によるインターンシップを行いました。
実施期間は5日間。21部署で独自の実習テーマを組みましたが、21人それぞれに第3希望まで出してもらって分散して実施しています。
機械系や電気系の技術テーマばかりではなく、工場の消費電力改善策など、様々なテーマが設定されました。実習後は成果発表会も行っています。
他にも京セラ鹿児島国分工場では鹿児島高専と連携協定を2022年に締結し、工場見学会の実施や機械工学科4年生の授業を1コマ受け持つなど、連携協力を強めています。
滋賀県立高専とも一緒に考えて何かをつくるなど様々なことができると考えています。機会を数多く創出したいです。

新潟:イスマイルさんは、どうして万協製薬さんとのPBLを選択されたのでしょうか。

イスマイル:私は万協製薬が来校してPBLのテーマ説明を受けた時に、これはチャンスだと感じました。
学んだ理論をどう現場に組み込んだら良いのか、それを試せる良い機会だと考えたのです。

中川:当社の社長は地域貢献を重視しており、学生のためになるのであれば地域の学生に会社を好きに使ってほしいと、間口を広げて鳥羽商船高専とのPBLを受け入れました。
PBLへの協力は初めてでしたが学生が現場に入ることに反対する空気はありませんでした。
むしろ歓迎して迎え入れた結果、学生の考え方が新鮮で、社員たちの視野が広がったようです。ITの活用意欲も高まりました。
鳥羽商船高専には最初は技術相談で訪問しました。これはOB特権ですね。

大蔵:私もどんどん母校を訪問したら良いと思います。
私自身、年に1回以上は母校の福井高専に行っています。母校が大好きな高専生は多いですね。
また、高専出身者間の距離も近いようです。年間で1万人の高専生が卒業しますが、社会に出て仕事上でたまたま会っても、とても気が合います。


2023年4月に開校した「神山まるごと高専」の大蔵校長からは、自身の高専時代の思い出を含め、高専生の特性が披露されました。

新潟:最近の高専は国際寮の充実に力を入れていますね。

イスマイル:私も入寮していますが、2階から上は日本人が入り、留学生は1階に住んでいます。
そこはインターナショナルフロアとなっていて、自然と異文化交流が発生します。イベントもたくさんあり、お茶の作法を経験することもできました。寮のおかげで充実した高専生活を送ることが出来たと思います。
留学生は授業内容の他に日本語の上達も頑張らなければなりません。でもそんな留学生の姿を見た日本人学生たちが影響を受け、勉強で奮起しているのを何度も見ました。

大蔵:私は福井高専の寮で、社会に出てから必要になることの全てを学びました。
15歳の入寮時、5年生は大人に見えました。そんな先輩たちから何でも指導を受けられた古き良き時代だったように思います。時には理不尽なことも… (笑)。
今は寮内でも個人の尊重が進んでいるので、誰でも以前よりも溶け込みやすいと思います。

新潟:実践的な教育に、上級生・下級生との交わり、さらに国際交流…  その他に高専で学ぶ魅力はどこにあるのでしょうか。

大蔵:本校では学生が高い専門性を身に付けつつも、いろいろな分野を幅広く知ることを重視しています。
高専は、高校の3年間と大学の4年間合計7年分の学習を5年間で終えます。学習速度はかなり早いといえるでしょう。
この短期間で多くのことを学んだ成果は、社会に出てから確実に体感できます。例えば技術的に困った時に、そう言えばあの授業で学んだ公式が使えそうだなどと、気づくことが多いのです。
また、他分野にも視野を広げた経験は、技術を組み合わせてイノベーションを起こす時に大きな力となります。

三浦:京セラが鹿児島高専と連携して受け持っている授業は、ただでさえ密なカリキュラムの中の重要な1コマを預かっているので、他の授業とどうマッチさせるか、カリキュラム全体に注目しています。

三日月:皆さんのお話を聞いて、学生にとっても社会にとっても素晴らしい高専をつくらなければならないと、改めて思いました。
ありがとうございました。

イベント後インタビュー


写真右:滋賀県総合企画部高専設置準備室 室長 藤ノ井 優ふじのい まさる
写真左:同副主幹 堀 康典ほり やすのり
新しい時代にふさわしい高専を作りたいと準備に奔走されています。

講演とトークセッションによるイベントは15時30分に終了。
主に滋賀県内の企業関係者や教育関係者で開会前から満席となっていた会場は時が進むにつれて熱気を帯び、最後は盛大な拍手で締めくくられました。
滋賀県立高専にかける期待の大きさが、登壇者のみならず参加者からも発せられたのです。

その後、イベント内では語られなかった開校準備の進捗状況について、滋賀県総合企画部高専設置準備室で室長を担う藤ノ井 優 氏にお聞きしました。

教員の採用状況と候補者イメージを教えて下さい。

藤ノ井:来年度後半には具体的な募集活動を開始し、2028年の開校まで十分な時間的余裕を持って教員が授業や研究に向けて必要となる準備を進めていく予定です。
令和の時代に誕生する高専の教員にふさわしい、社会の変化を先行して捉え、そこに生じる研究ニーズと教育ニーズに沿った行動を起こせる人材に期待しています。新設高専であることから、就任直後から様々なチャレンジができるはずです。
現在も高等教育機関で教員をされている方、民間で活躍されている博士人材、ポスドク等で将来のキャリアを検討されている若手研究者などが候補です。
若手でもベテランでもキャリアの年数は問いません。それよりも人材育成に熱い思い入れを持った専門性の高い人物を多方面から採用したいと考えています。その中でも国公私立の各高専卒業者は大歓迎です。

県内の小中学生や留学生へのアプローチはいかがですか。

藤ノ井:入学は最短で5年先になりますから、現在の小学校5年生以下が第1期生以降の学生候補になります。
まだまだ将来の進路が固まっていないでしょうから、まずは高専がどのような学校なのかを広く知ってもらう周知活動を、教育委員会等と連携して進めていく考えです。
また、学習塾への広報活動も有効だと捉えています。意欲ある多くの子どもたちに選んでもらえる学校を目指します。

留学生に関しては、学生寮などの施設を整備しますから、初年度から迎え入れることは可能です。
まずは開校して一般の学生に対する指導環境が落ち着いてから募集に本腰を入れることになりそうですが、留学生を受け入れる仕組みづくりには開校前から取り掛かります。
多様な学生が学ぶことで互いに切磋琢磨し高めあえる高専となることをしっかりと視野に入れています。

県内企業、各経済連合団体等からの反響はいかがですか。

藤ノ井:県内各企業の皆様におかれては、大手も中小も県立高専に相当な期待を持っておられると感じています。
待ちに待った滋賀の地に生まれる我々の高専の開校に、ぜひとも協力したいという熱意も伝わってきます。
2023年11月下旬にこの共創フォーラムの創設を発表したところ、1ヶ月足らずで100社近くが県立高専と一緒に活動したいという反響がありました。その数は今も増え続けています。
企業からは、高度専門人材の育成だけではなく、新技術の研究開発等でのコラボレーションもかなり求められているように感じます。
県立高専は、開校後早期に滋賀県における産学の新たな連携・共創機関としての重要な役割を果たすことができるのではないかと感じますし、そのようにしていきたいです。

近年、全国で高専の評価や知名度が一層高まっています。
しかし、既存の各高専をならうばかりでは滋賀県らしさが出せません。高専教育を進化させる、新しい令和の高専を創出する意気込みで取り組んでいきます。

イベント終了直後のお忙しい中、ありがとうございました

※この記事の所属・役職・学年等は取材当時のものです。