高専トピックス

全国高等専門学校ディープラーニングコンテスト(以下、DCON)は、高専生が日頃培った「ものづくりの技術」と「ディープラーニング」を活用したビジネスプランの「事業性」を、ベンチャーキャピタリスト(VC)が企業評価額として算出し、競います。
今年度は、昨年度の1.3倍となる95チーム42高専がエントリーしました。
その中から一次審査・二次審査を勝ち抜いた10チーム11高専(※)が本選へ出場しました。
今回は、2025年5月9日(金)・10日(土)に開催された第6回大会における、高い技術力とそれを活かしたビジネスプランで競い合った高専生の活躍の様子を、上位チームを中心にお伝えします。
※ 10チームのうち1チームはDCON初の岐阜高専と福島高専の連合チーム
(掲載開始日:2025年5月29日)
コンテストの概要
本コンテストの審査は 一次審査(書類選考)→ 二次審査(プロトタイプ制作・面談選考)→ 本選(技術・プレゼンテーション審査)の3段階で実施します。
【一次審査】
複数の審査員が下表の 3 視点・計 8 項目を YES/NO で評価し、プロトタイプ制作に進むことができる作品であると判断されたチームが二次審査へ進出します。
審査視点 | 主なチェック項目(YES / NO 評価) |
---|---|
A. 事業コンセプト | 1. 事業がもたらす効果が明記されているか 2. 新規性、差別化ポイントが明記されているか、ユニークかどうか 3. 解決すべき社会課題ともたらされる効果予測を設定できてるか |
B. ものづくり | 4. ハードウェアを含む工業的なものづくりを伴い、単なるアプリやソフトウェア開発だけに偏っていないか 5. 技術面・法的側面・コスト面を総合的に考慮し、計画が実現可能であるか |
C. ディープラーニング | 6. データ取得方法が現実的で、どのようにデータを入手するかが具体的に示されているか 7. 作品にディープラーニングが用いられているか 8. ディープラーニングの導入が最適で、具体的な機能イメージがあり、実装に無理がないか |
【二次審査】
プロトタイプ制作と面談審査を経て、合格が出たチームは本選へ出場することができます。
通過チームには、面談審査を担当した起業家がメンターとして伴走し、本選に向けたプレゼン資料作成を全面サポートします。
【本選】
技術審査及びプレゼンテーション審査が行われます。
※技術審査はプレゼンテーション審査の前日に行われます。
<技術審査>
●技術審査員3名に対し、実機を用いて作品の技術的特徴を紹介します。
●各審査員は説明を踏まえ、技術の「信頼性」と「新規性」をそれぞれ5段階で評価します。
<プレゼンテーション審査>
●5分間のプレゼンテーションと、審査員である現役VCとの質疑応答を行います。
●事前の技術審査結果、ビジネスプランのプレゼン内容、質疑応答を総合してVCが投資するか否か判断します。審査員の内、1人でも「投資する」と判断した場合、企業評価額の審査に進むことができます。
●事業性の評価方法
現在のチームが「会社」だと想定した場合の企業評価額を、実際のベンチャー企業を評価する基準に基づいて具体的な金額で算出し、その金額により順位が決まります。
※「投資する」と判断したVCの中で最も高い評価をした審査員が決定した金額が企業評価額となります。
※同じ企業評価額の場合、「投資する」と判断したVCの数が多いチームが上位となります。それでも同数の場合は企業評価額の合計で決定します。
※企業評価額の判断材料は、売上や利益の見込み、事業の意義、市場規模、経営者の意欲や資質、従業員の能力などです。
●表彰について
・1位に選ばれたチームには起業資金として100万円が授与されます。
・2位と3位のチームにはそれぞれ起業資金として50万円と30万円が授与されます。
・その他、経済産業大臣賞、文部科学大臣賞(技術賞)、農林水産大臣賞などの大臣賞や、各パートナー企業からの企業賞が用意されています。
学校名・チーム名 | 作品名 | 概要 | 企業評価額 | メンター | 受賞 |
豊田工業高等専門学校 NAGARA | ながらかいご | 腕装着端末で介護会話を記録するシステム | 7億円 | 福野 泰介 氏(株式会社jig.jp 取締役 創業者) | 最優秀賞 |
鳥羽商船高等専門学校 ezaki-lab | めたましーど〜ノリ養殖を食害から守る〜 | 海苔養殖を食害から守るプロダクト | 1億5000万円 | 佐藤 聡 氏(connectome.design株式会社 代表取締役社長) | 経済産業大臣賞 アクセスネット賞 ビズリーチ賞 三菱電機エンジニアリング賞 |
富山高等専門学校 本郷キャンパス Wider | Smart Care AI | 育児の負担軽減を目的としたAIカメラシステム | 8000万円 | 河瀬 航大 氏(株式会社フォトシンス 代表取締役社長) | NECソリューションイノベータ賞 セブン銀行賞 ソフトバンク賞 日本ガイシ賞 ロジスティード賞 |
仙台高等専門学校 広瀬キャンパス Morinomiyako Oral Wellness | Properio AI | 歯磨き習慣を可視化し歯周病を予防するシステム | 7000万円 | 渋谷 修太 氏(フラー株式会社 取締役会長) | トヨタ自動車賞 丸井グループ賞 ライオン賞 |
茨城工業高等専門学校 明日のDCON楽しみだね | Locker.ai:LLM×スマートロッカーによる自動応対遺失物管理サービス | 拾得・遺失時の負担を減らす遺失物管理サービス | 5000万円 | 折茂 美保 氏(ボストン コンサルティング グループ マネージング・ディレクター&パートナー) | トピー工業賞 日立産業制御ソリューションズ賞 Quick賞 |
沖縄工業高等専門学校 沖縄マリンレジャーレスキュー隊 | 海難事故防止の必須アイテムRiCAS | 海面画像から離岸流を予測・可視化するシステム | 3000万円(企業評価額の合計金額:6000万円) | 田中 邦裕 氏(さくらインターネット株式会社 代表取締役社長) | 文部科学大臣賞(技術賞) フソウ賞 |
一関工業高等専門学校 Innodroid | FlexFit | 個人の筋電特性に応じた動作が可能な筋電義肢 | 3000万円(企業評価額の合計金額:3500万円) | 柳原 尚史 氏(株式会社Ridge-i 代表取締役社長) | アイング賞 さくらインターネット賞 日本電技賞 村田製作所賞 |
大阪公立大学工業高等専門学校 IdentiX | Worm Farmer | 飼育・繁殖・収穫を自動化したミールワーム装置 | 2000万円 | 高橋 隆史 氏(株式会社ブレインパッド 取締役会長 CO-Founder) | 農林水産大臣賞 |
群馬工業高等専門学校 合成音声研究会Dチーム | アバタードーム | 3DCGと本体の駆動を一体制御するモーショントラッキングシステム | 2000万円 | 岩佐 琢磨 氏(株式会社Shiftall 代表取締役CEO) | |
岐阜工業高等専門学校・福島工業高等専門学校 Rebounder | AgriNode | AIを用いた農家負担軽減システム | 投資判断なし | 岡田 陽介 氏(株式会社ABEJA 代表取締役CEO) |
第1位:豊田工業高等専門学校/NAGARA [愛知県]
作品名:ながらかいご
企業評価額:7億円
本チームは、わずか4か月という短期間で事業を推進し、一次審査突破後には介護業界へと大胆にピボットしました。2025年3月には、STATION Ai(※)で開催された学生ビジネスコンテストで最優秀賞を受賞するなど、確かな実績を持ってDCONに参戦しました。
介護現場では、入所者から「介護士が会話してくれない」という不満が多く、その主な要因は介護士の業務の約3割を占める煩雑な事務作業にあります。「ながらかいご」は、こうした現場の声に応え、事務作業を大幅に効率化する音声特化型AIサービスです。自作のウェアラブル端末を活用し、介護作業や会議中の会話をリアルタイムで記録・文字起こしします。記録内容は即時に表示・修正可能で、この機能は特許も出願済みです。
「ながらかいご」は自動記録作成機能に加えて、月間報告書の自動作成、介護用語に最適化した自動議事録生成、AIチャットによる報告書・議事録の検索サポートの機能も備わっています。これにより従来、平均的な規模の介護事業所で約2万時間かかっていた事務作業を50%程度に短縮し、人件費換算で年間約1,000万円以上の削減効果が期待できます。
全国40か所以上の介護事業所でデモを実施、3か所で実証実験を行うなど、現場ヒアリングを重ねて開発を進めてきました。
価格面では、競合ソフトが年間100万円以上を要する中、ウェアラブル端末の原価は6,000~7,000円と低コストに抑えられており、初期費用はバンド・デバイス込みで50万円、サブスクリプション保守管理費は5万円/月(介護職員75人規模の施設想定)と、導入コストを大幅に削減できる価格設定となっています。
今後は、3年後に年商11億円、5年後に33億円、10年後には109億円を目指し、さらには21.7兆円の市場規模を有する全世界スマート介護IT市場でのシェアの獲得も見据えています。審査員VCからは、現場ニーズに即した製品開発と、ITに不慣れな介護現場でも使いやすい音声インターフェースが高く評価されており、今後も現場に寄り添ったソリューションの進化が期待されています。
※ STATION Ai:スタートアップの創出・育成やオープンイノベーションの促進を目的として、2024年10月に名古屋市鶴舞公園南側に開業した、日本最大級のインキュベーション施設・オープンイノベーション拠点のこと。
第2位:鳥羽商船高等専門学校/ezaki-lab [三重県]
作品名:めたましーど〜ノリ養殖を食害から守る〜
企業評価額:1億5000万円
第2位に選ばれたのは、海苔養殖におけるカモの食害問題に対する革新的な対策装置「めたましーど」を開発した鳥羽商船高専です。
近年、海苔養殖は病害やクロダイによる食害、そしてカモによる被害などにより、生産量が10年間で約40%も減少しています。特に、現在有効な対策手段が無いのが、カモによる被害です。カモは夜行性であることから、夜間に海苔を食べられてしまうことが多く、生産者はすぐに対応することが難しい状況です。また、カモは「初摘み」と呼ばれる質が高く値段も高い海苔を好んで食べてしまうことが、この問題を一段と深刻化させています。三重県内の50人の海苔養殖業者に実施したアンケートでは、約8割がカモの食害を問題視しており、有効な対策が求められていました。
こうした現状を打破するべく提案されたのが、「めたましーど」です。本装置は、ソーラー給電・バッテリー内蔵のパン・チルトカメラ(※1)、そして高精度のレーザーモジュールを搭載した海上設置型のカモ追い払いシステムです。全方位360度の監視が可能で、夜間においても93.8%の精度でカモを検出できます。カモの検出には深層学習による物体検出モデルを用いており、ノイズの多い夜間映像においても高精度な検出を実現しています。また、群れで行動するカモの特性を踏まえ、1羽の検出でも群れ全体を推定するアプローチをとることで、精度の向上を図っています。検出後は、警戒音とレーザー照射によりカモを効果的に追い払います。追い払う方法として、警戒音とレーザー照射を用いているのは、同一の刺激に対する慣れを防ぐためです。実証実験においては100回中すべてのケースでカモの追い払いに成功し、高い有効性が確認されています。
本装置はソーラー給電式ですが、日照が不足し、十分に給電できない場合でも、最大3日間の稼働が可能となっており、映像の撮影も、3か月間にわたり安定して行うことができます。また、安全面にも配慮し、人間を検出した場合にはレーザー照射を行わない設計が施されています。1生産者あたり平均3台で海苔養殖場をカバーできるよう調整されています。
ビジネスモデルは1漁期(※2)カメラ1台あたり30万円のレンタル方式で展開します。初年度は地域密着型企業として伊勢湾の70人の生産者を対象に、1生産者あたりカメラ3台をレンタル形式で提供し、売上は6,300万円を見込んでいます。その後は、有明海や瀬戸内海へと順次シェアを拡大し、2030年には売上高7.2億円規模の達成を目指しています。
審査員VCからは、「海苔養殖というニッチな分野でありながら、海上での害鳥対策という未開拓領域に挑戦し、困っている生産者を本質的に支援するプロダクトである点を高く評価できました。売上面でも早期に成果が期待でき、社会的意義も大きいです。」との講評を受け、2位の入賞となりました。
※1 パン・チルトカメラ:カメラの向きを上下左右に動かすことができるカメラ。監視カメラ等に利用され、1台で広範囲の映像を撮影することができる。
※2 1漁期:海苔養殖における1シーズン(通常は10月~翌年4月頃まで)のこと。海苔の収穫は年に一度だけ行われるため、1年間の生産活動はこの1漁期に集約される。
第3位:富山高等専門学校 本郷キャンパス/Wider [富山県]
作品名:Smart Care AI
企業評価額:8000万円
共働き世帯が7割を超える現代日本において、子どもの安全を守るための見守りカメラの需要は高まっています。このチームが製作した「mamorun」は、従来のベビーベッド専用監視にとどまらず、0歳から6歳までの子どもを部屋全体で見守る次世代型AIエージェントです。
既存の代表的な見守りカメラであるCuboAi(※)は、主にベビーベッド内が監視対象であり、0~1歳児のうつぶせ寝や顔が覆われるリスクをAIで検知します。一方で「mamorun」は監視対象が部屋全体に広がり、成長に伴う多様なリスク(転倒・挟まれ・誤飲・やけど・転落・感電など)にも対応しています。これにより、0~6歳という最も事故リスクが高い時期の子どもを守ることが可能です。
危険検知AIの開発には、実際の危険映像を収集することが倫理的に難しいという課題がありました。そこで「mamorun」では、生成AIを活用して1,000件の危険映像データセットを作成しました。さらに、保育歴30年のベテラン保育士が、生成した危険映像を確認して危険性を判断し、その判断をもとに作成した教師データをAIで学習させた結果、危険検知精度は約96%を実現しました。
また危険検知だけでなく、日常の様子を撮影する機能も備わっており、AIによってピックアップされたベストショットはギャラリーに自動保存され、祖父母などの離れて暮らす家族とも簡単に共有できます。
製品価格は、CuboAiなどの競合と同等の本体49,800円です。サブスクリプションは、「危険検知のみ:1,280円/月」、「危険通知+思い出共有機能付き:2,380円/月」の2種類のプランとなっています。
見守りカメラの市場規模は、国内の富裕層向けで約240億円、国内全体で約1,200億円、世界では約1.2兆円と見込まれています。競合製品であるCuboAiの累計販売台数が25万台を超えていることからも、この分野の需要拡大の可能性と市場成長性の高さが窺えます。
さらに、見守りカメラは介護施設や工場など、子ども以外の分野にも横展開が可能であり、同様の危険検知ニーズを持つ多様な現場への導入が期待されています。これにより、見守りカメラの活用領域は家庭内にとどまらず、BtoB領域へと広がり、マーケットはさらに拡大していくと見込まれます。
今後の展望として、危険検知の精度を99.9%まで高め、3年目で黒字化、5年目に海外進出、7年目には年間利益70億円を目指します。審査員VCからは、0歳から6歳までの新たな需要開拓や、将来的には対象を全年齢に拡張できる点が高く評価されました。
※ CuboAi:台湾発の雲云科技(Yun Yun AI Baby Camera Co., Ltd)が開発し、2018年に台湾でクラウドファンディングを開始、2019年以降グローバル展開を進めているAI搭載スマートベビーモニターのこと。
おわりに

豊田高専は、すでにビジネス展開が可能な具体的なプランを提示し、企業評価額7億円という高い評価を受けて最優秀賞を獲得。その技術力の高さと、短期間でこれほどまでの成果を出す行動力には、深く感銘を受けました。
今年のDCONも、ITとスタートアップ文化が融合する都市・渋谷のランドマーク「ヒカリエホール」にて開催されました。
この都市は次世代イノベーションの中心地であり、そこで発表された高専生たちの提案は、日々の研究成果とビジネス視点を融合させた極めて完成度の高いものばかりでした。
特に印象的だったのは、ChatGPTをはじめとする生成AIの応用にとどまらず、2025年以降加速する「AI×リアル産業」の融合に向けた取り組みです。
製造業や福祉、農業など、現実社会の課題に即したアプローチを行い、単なるプロトタイプに留まらない、社会実装を見据えた構想力と実行力が随所に見られました。
生成AIは誰でも手軽に利用できるようになりつつありますが、その本質を捉え、実務レベルで設計・運用に活かすには、モデルに対する深い洞察が不可欠です。
高専生たちは、プログラムの表層をなぞるのではなく、その仕組みや限界、倫理的側面にまで踏み込んだ提案を行い、まさに「実装できるエンジニア」としての力量を発揮していました。
DCONを契機に起業する高専生は着実に増加しており、2025年にはAIスタートアップのエコシステムの一部として大いに注目を集めています。
こうした動きは、日本発のディープテックやソーシャルテックの新潮流を生み出し、グローバルな産業変革の起点となりつつあります。
DCONは単なる学生向けのプレゼン大会にとどまらず、新たな価値と産業を創出する場として、その存在感を増しています。
未来を担う高専生たちの挑戦は、今後もさまざまな産業分野において革新を起こす起爆剤となることでしょう。
※本コンテストでの高専生の活躍は、日本ディープラーニング協会のYoutubeチャンネルにてご覧頂けます。
第6回DCON2025本選(ライブ動画配信)