高専インタビュー
地域特有の期待を一身に受け、 県を代表する工学系高等教育機関の責務を果たしています。
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本科5年一貫の教育によって高度な専門性を持つ人材を育むことを目指して、昭和37年に第一期12校が設立された高等専門学校(以下、高専)。その後に国立の高専は51校まで拡大し、今や日本の産業界に欠かせない高等教育機関としての役割を担っています。その60年間の歴史の中で培ってきた成果は、製造業を中心とした国内有数の大手企業への新卒社員輩出、地域企業及び自治体との産学官連携による共同研究開発や取り組んだ技術の社会実装、多数の卒業生の各大学3年生への編入学や大学院進学など、多岐にわたります。高専発の先端技術や、経営者やトップエンジニアとなって産業界を牽引する高専卒業生も少なくありません。
そうした全国各地の高専の教育方針やカリキュラムは、現在では決して画一的なものではなく、各高専は独自の取り組みを進めています。そして、立地するエリアの特性によって存在意義も変わります。例えば、多くの大学のキャンパスがある大都市圏と、大学数の少ない地方の県では、高専の果たすべきミッションが異なってくるのです。県内に純粋な工学系の学科を持つ高等教育機関が極めて少ない島根県にある松江高専は、後者の典型例です。今回は松江高専の大津校長に、島根県における高専の価値や役割、責任、そして地元からの期待、さらに未来を見据えた取り組み等について伺いました。
(掲載開始日:2023年1月4日)
松江高専の概要についてご紹介下さい。
国立高専三期校として松江高専は昭和39年に開校しました。当初は機械工学科、電気工学科、土木工学科(現環境・建設工学科)の3学科でスタートし、昭和44年に生産機械工学科(現電子制御工学科)、平成4年に情報工学科が追加で設置されて、現在は5学科体制になっています。学生たちが将来、創造性と実践力を兼ね備えた国際的エンジニアとなって将来にわたって活躍していけるように、「(ま)学んで(つ)創れる(え)エンジニア」をキャッチフレーズに教育に取り組んでいます。
そんな本校は島根県の県庁所在地である松江市にキャンパスを構えています。県庁所在地にキャンパスを構えることは国立高専では珍しいことであり、51高専中では本校を含め8高専しかありません。この島根県の中心地に本科5学科の約1000名が学んでいます。大半が県内の中学校出身者で、県外出身者は1割以下です。
校風は自由闊達。高校の生活指導が厳しいとされる島根県にあって校則は緩いほうで、授業に使用するためでもありますがスマートフォンの校内での使用が認められており、2年生からはバイク通学も可能としています。教員の先生方も、勉強を押し付けることを良しとせず、学生の自主性を尊重する風土が根付いていると言えるでしょう。それでいて、学業や普段の生活から逸脱するような学生はごく稀であって、向学心や向上心はすこぶる旺盛であるように感じられます。それが、様々な技術コンテストやスポーツ大会で上位に入るケースが多いという成果につながっているのだと思います。
松江高専を取り巻く環境についてお聞かせ下さい。
島根県といえば、隣の鳥取県と並んで早期から人口減少が進んできたことで知られますが、確かに過去20年間で15歳の人口は約30パーセントも減少しています。当然のことながら県内の小中学校や高校では入学者数が激減しており、近年は生徒の確保に難渋している学校が多いと聞きます。ところが、本校の志願者数は以前と比べてもほとんど変わっていません。入学の難易度も高く、県内トップクラスの入試偏差値をキープしており、毎年のように優秀な中学生が受験し、合格者が4月に進学してきます。この背景には、まずは女子学生の人気上昇が挙げられるでしょう。10年前、本校の女子学生比率は約14パーセントに過ぎませんでしたが、令和4年のデータでは約24パーセントと、10パーセントも増加しているのです。理工学分野への女性進出が進み、また高専への注目が全国的にも高まっている昨今、女子学生の比率は30パーセント前後まで伸ばしたいと考えています。
そして本校の入学志願者が減少しないもう一つの理由に挙げられるのが、島根県内では本校以外に工学系の学部・学科を持つ高等教育機関が国立の島根大学のみということです。そもそも県内には島根大学と島根県立大学の2校しか大学がなく、島根県立大学に設置されているのは文系の学部と看護系の学部しかありません。もう一校の島根大学には、理系の学部は医学部と生物資源科学部に加え、基礎理論から先端技術への応用まで幅広く扱う学際的教育・研究システムを特色とする総合理工学部の3学部がありますが(令和5年に材料エネルギー学部を新設)、県内で工学について学びたいと考えたら、島根大学総合理工学部以外では機械、電気・電子、土木に加え、情報の各技術領域について深く学べる学科を擁する本校に限られるのです。そのため若くして高度なものづくりを学びたいと想う中学生の多くが、本校を目指すことになります。
本校が、島根県内で数少ない工学系の高等教育機関であることは、志願者数の安定維持に反映されるだけではなく、様々な存在意義を生み出しています。例えばこの10年で女子学生が増加していると言いましたが、そこには土木系の環境・建設工学科を卒業した学生の多くを、県内の自治体の土木課や地場のゼネコンが新入社員として受け入れているという事実があります。県内、つまり親元で安定した就職先を確保しようと考えたら、本校を卒業することがモデルコースの一つになっているのです。
実際に、本校全体でも地元企業への就職率は約30パーセントと比較的高い水準です。国立高専51校で令和2年度卒の平均は26.7パーセントらしいのですが、それは首都圏や中京圏、近畿圏といった人気大手企業を数多く抱えるエリアの高専を含んでの数字です。数パーセントでも上回っている本校は、地元貢献度で大いに健闘していると言えるのではないでしょうか。
松江高専の地域との連携についてお聞かせ下さい。
私は本校の校長への着任が決まった際に、是非とも進めたい施策が2つありました。1つは国立高専機構も進めてきた国際化を、本格的に進めていくことです。ところがこれはコロナ禍が続いたことによって留保せざるを得ませんでした。
もう1つが、地域連携です。本校は以前より島根県や松江市とは包括連携協定を結んでいましたが、これを他の自治体にまで広げ、さらに深耕していこうと考えたのです。着任以前に県内からの本校に対する注目度は大きいと聞いていましたが、改めて松江高専の校長の立場で動いてみると、本校に対して工学系人材の育成と県内就業者の輩出や、地域社会の諸課題の解決といった役割を求める声は想像以上でした。実際に私は県の人材コンソーシアムなどへの出席をしばしば要請されます。技術課題についての検討会をはじめとする各種会合などにも県内に2校しかない工学系高等教育機関の長の立場で呼ばれます。もちろん本校の教授が招かれることも少なくありません。このように、島根県の各方面から本校が期待されていることを様々な場面で認識しています。松江高専は地域からの大きな期待を背負う存在と言えるのです。
この2年少々の間でも、島根県西部にある益田市(ますだし)との連携・協力に関する協定を、島根県中部にある邑南町(おおなんちょう)とは農業に特化した協定を締結しています。益田市と締結した内容は、ものづくり人材の育成に関して相互に連携・協力する包括協定であり、地域の未来を担う「ひとづくり」を通じて地域課題の解決に取組むことになります。同市の小中学生を対象に工作教室や同市の企業でのインターンシップを実施するなど、すでにいくつかの施策がスタートしています。
一方の邑南町は持続可能な農業の振興を進めており、本校はIoTを活用した「畦道(あぜみち)の草刈りロボットの開発」や「ビニールハウスの遠隔温度管理」などを進めていきます。島根県に限らず国内の中山間地域における農業は過疎の問題を抱え、ICTによる農作業の省力化や自動化は差し迫ったニーズとなっています。これから本校と邑南町がタッグを組んで行う取り組みの成果は、全国の中山間地域への展開が可能な意義の大きなものになり、本校は中山間地域を活性化させる人材を育む機関になっていくはずです。
また、令和3年11月には本校と島根県の間で、企業のデジタル技術高度化推進事業に関する覚書を締結しました。そして翌年の2月に、さっそく社会人向けのDXに関わるリカレント講座を実施しています。これは令和8年度まで続けられる予定で、島根県内の企業在職者や学生を対象にDXの推進を担う人材を育成し、企業の競争力強化と学生の県内就業を図ることで地域経済の発展を目指すものです。令和4年は本校の教授が講師となり、IoTプログラミング、IoTデータ取得演習、AI基礎演習、シミュレーション基礎演習の4講座が行われました。
学生たちの活躍についてお聞かせ下さい。
自主性や自発性が高く、向学心も旺盛な本校の学生は、各種コンテストやスポーツ大会で優秀な成績を修めています。まず、レスキューロボットコンテスト2022において、本校レスコンチームがレスキュー工学大賞を受賞しました。(※)このコンテストは災害救助をテーマにしたロボットコンテストで、被災した建物を模した競技フィールドから要救助者であるダミー人形をロボットのカメラ映像を頼りに救助するという内容です。他にも第33回全国高等専門学校プログラミングコンテスト本選での3位入賞や、TBSで放映された「東大王クイズ甲子園2022」では松江高専クイズ研究会が見事優勝しました。
令和2年には男子バレー部が、バレーボールの甲子園大会とも言われる春高バレーに高専では初めて出場しました。他にも高専大会ではいろんな運動部が上位入賞を果たしています。
卒業生の活躍に関して言えば、地盤調査業界のリーディングカンパニーである基礎地盤コンサルタンツ株式会社の代表取締役社長の柳浦良行(やぎうら よしゆき)さんは、本校を卒業後に長岡技術科学大学大学院の修士課程を修了された方です。また、技術関連ではありませんが、“ヒゲダン”の愛称で親しまれているバンド「Official髭男dism(オフィシャルヒゲダンディズム)」のギタリスト、小笹大輔(おざさ だいすけ)さんは、本校の専攻科の卒業生です。
※受賞した学生のインタビュー記事はこちらから
大津先生のご経歴を簡単に振り返って頂けますか。
私は1979年に京都大学工学部土木工学科を卒業後、京都大学大学院工学研究科で土木工学を専攻しました。その後、大成建設に入社し、地盤関係の専門家として原子力発電所や石油備蓄基地の工事に係る基礎工事の計画や地盤解析、リスク調査に携わりました。大成建設の在籍中に、カナダ・ブリティッシュコロンビア大学客員研究員として1年間留学しました。大成建設復職後は、1997年に京都大学助教授に着任しJICAの派遣で1年間タイのアジア工科大学で助教授を務めています。本校の校長に着任する直前までは京都大学大学院工学研究科の教授を務めていました。
高専の在学生及び卒業生へのメッセージをお願いします。
私は京都大学技術士会会長を務めており、最難関の国家資格の一つとされる技術士の合格者に関する資料から、そこにかなり多くの高専出身者がいることを知っています。高専卒業生の実力の高さは、明らかなのです。これからの時代は終身雇用的な働き方は一般的ではなくなり、職務に対しての技能や知見を評価して登用するジョブ型雇用が主流になるでしょう。そうした時代を迎え、高専卒業生の活躍の場はいっそう広がっていくと考えられます。その一方で、技術革新のスパンはますます早くなっていくはずです。確かな実力をベースに、学び続ける姿勢を持ち続けるなら、きっと望んでいたキャリアを築けると確信します。