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高専トピックス

2019年、全国高等専門学校ディープラーニングコンテスト(以下:DCON)のプレ大会が行われ、翌年以降2025年まで6回にわたって本大会が行われました。エントリーする高等専門学校(以下:高専)とチーム数は年々増加し、当初プレ大会では12校18チームだったのが、2025年開催の第6回大会では42校95チームにまで増加しています。
今日のAIの急速な成長を促すディープラーニングと共に世間の注目度も高まってきたDCON。このコンテストは、各種高専コンテストと体育大会を主催してきた全国高等専門学校連合会、及び一般社団法人日本ディープラーニング協会によって創設され、現在はNHK及びNHKエンタープライズも主催を担っています。
そこで、DCONが創設された背景やそこに込められた理念や構想、さらにどのような理由から高専の学生を対象者と定めたのか等について、DCON実行委員会の事務局長を務める日本ディープラーニング協会の専務理事である岡田 隆太朗さんと、同協会のマネージャー且つDCON実行委員会でシニアプロデューサーを務める海野 紗瑶さんにお話を伺いました。
(掲載開始日:2025年11月12日)

最初に日本ディープラーニング協会の創設理由と活動内容をご紹介下さい


(左)一般社団法人 日本ディープラーニング協会 専務理事
全国高等専門学校ディープラーニングコンテスト実行委員会 事務局長
岡田 隆太朗(おかだ りゅうたろう) 氏

 (右)一般社団法人 日本ディープラーニング協会 マネージャー
全国高等専門学校ディープラーニングコンテスト実行委員会 事務局シニアプロデューサー
海野 紗瑶(うんの さよ) 氏

岡田:機械学習の一つであるディープラーニングは、10年ほど前から画像認識や音声認識の精度を飛躍的に向上させ、AIを急速に進化させてきました。ここ数年のAIは認識技術の領域を超えて、適切な状況判断や最適選択、情報収集/編集などの価値を創出する技術へと発展し、あらゆる産業や社会全体の躍動のベースとなりつつあります。今やAIは社会の中で欠かせないジェネラル・パーパス・テクノロジー(汎用技術)になったと言えるでしょう。そのAIを今もなお、深化させている基盤技術がディープラーニングです。

私は2012年にDXやAIの導入を支援する「デジタルプラットフォーム事業」を展開する株式会社ABEJA(アベジャ)(※)を共同創業しました が、当時から前述のようにディープラーニングが世の中の仕組みそのものを大きく変革させるAIの進化の可能性を予見していました。同時にこの技術が産業界における国際競争力を大きく左右する存在になると考え、日本にディープラーニングへの理解や活用を担う人材を数多く輩出する必要性を深く認識していました。そこで、ディープラーニング技術を日本の産業競争力に繋げていこうという意図のもとに、当協会の設立を企図したのです。

海野:現在の具体的な活動内容は大きく二つに分かれます。一つは、AI関連の最前線を歩む企業や様々な業界の有力企業、全国30箇所の自治体、アカデミアや産業界で活躍するAI/ディープラーニング分野の有識者で構成される会員を中心に、カンファレンスやワークショップ等のイベント開催によって行われるディープラーニングの産業活用促進活動です。そしてもう一つがディープラーニングに関する人材育成事業であり、AI/ディープラーニングの活用リテラシー習得のための検定試験であるG検定や、ディープラーニングの理論を理解し、適切な手法を選択して実装する能力や知識を具備しているかを認定するE資格の試験を実施しています。そしてG検定やE資格の実施事業と共に人材育成事業の中核となっているのがDCONなのです。

※会社名:株式会社ABEJA
本社所在地:〒108-0073 東京都港区三田一丁目1番14号 Bizflex麻布十番2階
設立:2012年9月10日
代表者:代表取締役CEO  岡田 陽介
市場名:東証グロース

日本ディープラーニング協会が、高専生に着目した経緯を教えて下さい


高専生は取り組むべき課題に対して、すぐに手を動かして形に出来るスキルと試行錯誤を厭わない姿勢があり、ディープラーニングを社会課題解決へ有効に活用出来ると確信しました。

岡田:実は日本ディープラーニング協会の設立以前から、高専生の優秀さを目の当たりにする機会が度々ありました。ABEJAに在籍していた社員の一人がものすごく優秀で、その彼が久留米高専の出身だったのです。それに加えて、当協会の設立に際して現在の理事長を務めている東京大学の松尾 豊教授は、東京大学大学院工学系研究科の松尾研究室に編入してくる高専出身の学生が実に優秀だと語られました。取り組むべき課題に遭遇した時に、すぐに自ら手を動かして試したり形にしたりする試行錯誤の姿勢が確立されているとおっしゃるのです。次に、そうした評価から高専生のものづくりのスキルがディープラーニングを前進させる大きな原動力になるという考えを、松尾先生と共有するに至りました。そして高専生をディープラーニングの分野に誘い、さらに現実の社会課題を克服する成果を導き出す有効な手段として、DCONを構想したのです。

海野:今後、AI/ディープラーニングが挑む対象は、現在主流の膨大なテキストデータや画像データを学習して確度の高い情報を生成する「生成AIモデル」から、現実の環境を認識・理解して目的に即した複雑な動きを実現する「フィジカルAI」に向かっていきます。この、ものづくり×AIの世界で、ハードウェア開発の基本スキルを磨いた高専生は、その価値を遺憾なく発揮出来るポテンシャルを持った存在と言えるでしょう。

DCONで高専生の可能性を引き出す仕組みを教えて下さい


DCON2025で最優秀賞となった豊田工業高等専門学校チームNAGARAには、審査員5名全員が投資したい札を掲げました。このチームには最終的に7億円という高額な企業評価額が付きました。

岡田:DCONはディープラーニングに関する技術力を単に競うコンテストではなく、「ものづくりの技術」と「ディープラーニング」を掛け合わせて社会に実装することを想定した作品を制作します。事業化を含めて発表することで作品のもたらす「事業性」が企業評価額に換算され、最終的にその金額の高さを競います。本戦でこの企業評価額を決める「審査員」は、現役のベンチャーキャピタリスト(VC)ですから、社会実装の価値をリアルに算出することになります。DCON2025で最優秀賞を受賞した豊田高専のチーム「NAGARA」が出品した介護者の腕に装着するウェアラブル端末「ながらかいご」には、その事業化価値として7億円の企業評価額が付けられました。

このように、点数ではなく「円」という金額を競うことにしたのは、DCONを通した高専生たちのディープラーニングに関する取り組みが社会実装にダイレクトに発展することを最大の目標に置いたからです。そして、社会実装に向けた有効な手段として、DCON作品をベースに起業することを推奨しています。多くの現役の起業家に1次予選を勝ち上がったチームのメンターを務めてもらっているのもこうした理由からです。企業評価額をベンチャーキャピタリストが明確に示すことで、勝ち上がったチームのメンバーは起業することを現実的に感じられるようになります。現時点でDCONを起点に起業したチームの数は12に上ります。

一方で、起業をせずに入賞作品のアイデアが有力企業に受け継がれて社会実装された例としては、DCON2022の本選に出場した豊田高専チームによる熱中症リスクを可視化する作品があります。このDCON作品がベースとなり、株式会社ポーラメディカルにて暑熱対策AIカメラ「カオカラ」の商品化実証が進んでいます。

また、高専生たちが初期に構想した作品像が結果的にアイデア倒れで起業や社会実装とは程遠い内容にならないように、DCON事務局ではエントリー前からエントリー後まで、様々な段階で高専生たちへ無償のサポート活動を提供しています。

まず、10月のエントリー前では、7月にDCONの起業家メンターやベンチャーキャピタルの審査員たちによる「DCON講師陣」が各高専を訪問し、DCON参加の面白さ・魅力・起業やものづくり・AIについて語る「特別講義」を行なっています。2025年は20弱の高専から講義依頼があり、日程調整を経てその中の9高専で実施しました。
8月から9月にかけて行うのが、オンラインでデータサイエンス及びおよびディープラーニングの基礎から生成AIまで、プログラミング実習・コンペを交えながら実践的に学ぶ「AI実践ブートキャンプ」です。

同時期にさらに2つのプログラムが始まります。ひとつは、「課題発見・アイディア創出 オンラインワークショップ」。社会課題の事例紹介、DCONで取り組むテーマ・課題探しの具体的な方法、ディープラーニングの活用ポイントを学び、DCONエントリーシートの作成支援やアイデア出しに繋げます。もうひとつは、DCONで取り組むテーマ・課題探しの参考とするために、企業が取り組む課題やディープラーニング技術での解決方法について協賛企業社員が語る「企業課題オンライン講義」です。

そして10月1日のエントリー締め切り後、1次審査に通ったチームに対して翌年1月の2次審査の対象となるプロトタイプの製作資金や、計算資源・開発ツールなどを無償で提供する「資源提供」を実施。プロトタイプの製作期間中には、ものづくりやディープラーニングの実装方法の悩み、ビジネスプランの壁打ちなど、いつでもオンラインで相談出来る「テクニカルアドバイザー」と「ビジネスアドバイザー」を配置しています。ここでアドバイザーの力を引き出したチームが翌年5月の本戦で優れた成果を残しています。

海野:岡田の紹介した以外の数々のサポート活動により、DCONは年間を通じてディープラーニングについて深く広範囲に学べる仕組みとなっています。今後も事務局はサポート活動の充実やブラッシュアップを続けていきます。DCONの趣旨はディープラーニングに関する高専生のスキルやアイデアによる競技イベントの開催ではなく、AI/ディープラーニングでイノベーションを引き起こし、社会課題の解決を担っていく人材の養成にあると考えているからです。

高専生への応援メッセージをお願いします。


技術は年々進化して変化しています。このタイミングで高専生がAIを学ぶことは、イノベーションを起こす当事者になるチャンスなのです。

岡田:私はDCONの実行委員会の事務局長の立場を仰せつかっていることから、これまでに全国の数多くの高専を回ってきました。その数は30校を超えています。そうした訪問先でいつも感じるのは、そこで出会う高専生の皆さんがピカピカ輝いていることです。皆さんが世の中を先端技術でより良い方向に変えていく可能性を持っていることが伝わり、DCONを通して自然と高専生が本来の実力を発揮したり高く評価されたりする状況をつくりたいという想いが一層高まってきました。

DCONは高専生の皆さんの未来を開くことに貢献出来るディープラーニング教育のプラットフォームです。そこには成功への可能性を妨げる制約がなく、自由な創造世界です。外部の設備やサポートサービスを活用しても構わないですし、オープンAPIや生成AI等もどんどん使って頂いて結構です。作品の製作にどのような手段を使ってもチートにはなりません。ですから私自身も上手く使って欲しいと思います。アイデアのみならず、思い切った行動こそが大事です。

海野:私は中学生の頃に携帯電話が急速に普及し、インターネットを通じて誰とでも会話やメールが出来る社会が到来したことで、新しい技術が世の中の仕組みを劇的に変えたのを実体験しました。それがきっかけで世の中を動かす仕事がしたいと大学でマーケティングを専攻し、卒業後に広告代理店に就職して営業企画の仕事に就きました。それからしばらく経ってディープラーニングが世の中に出てきた時に、近い将来にAI/ディープラーニングが世界を大きく変える力になると直感的に思い、当協会に転職したのです。

そしてAI/ディープラーニング分野の数多くのエキスパートと交流するうちに、この直感は確信に変わりました。現在高専に在学しAIを勉強している高専生の皆さんは、世の中を変える当事者になれる大きなチャンスに恵まれています。是非、この機会を見逃さずにDCONを活用して果敢にチャレンジして下さい。

DCON実行委員会委員長 松尾 豊 氏メッセージ

高専生はDCONを経て世界を動かす存在へ


日本ディープラーニング協会理事長
DCON実行委員会委員長
内閣府「AI戦略会議」座長
東京大学大学院工学系研究科人工物工学研究センター/技術経営戦略学専攻 教授
松尾 豊 氏

私が主宰する東京大学の研究室には、高専から編入学し、大学院に進んだ学生たちが顕著な活躍を見せています。工学に関する基礎技術を15歳からの5年間でしっかりと学んできたことに加え、自ら手を動かしてものづくりを進めていく実践的なマインドとスキルが身についているからだと思います。
こうした高専生の特長は、「ディープラーニング×ハードウェア」という形で、先進的なAI/ディープラーニングの技術を用いた新しい時代の知的なマシンの実現がさまざまに試みられている時代のなかで、今後ますます高く評価されていくはずです。
この先、DCONに参画した数多くの高専生がアカデミア進学や企業への就職を経て、世界中での多種多様な社会課題を解決に導くことでしょう。またグローバルの中で日本の産業界を牽引していく役割を担っていくと信じています。

一方で、全国各地に設置され地元企業との連携も深い高専ですから、DCON参画後にその地域の優良なものづくり企業と連携し、同地でスタートアップを創業することにより、地方創生においても大きな役割を果たすことが期待されます。実際に、過去のDCON入賞チームの中から、地元での起業に至る事例が続々と生まれています。
DCONを起点に、高専生自身が今の時代に発揮できる自分たちの潜在的な価値に気づき、自信をもって世界を大きく動かす新たなイノベーションを生み出してもらいたいと思っています。


※DCON2025大会の様子   
※DCON2026大会概要    
※日本ディープラーニング協会 
※過去のDCONレポート(当社サイト) 

皆様、本日はお忙しい中、長時間に亘りご協力して頂き、ありがとうございました。

※この記事の所属・役職・学年等は取材当時のものです。