高専トピックス

はじめに

2024年6月時点の県立高専設置予定地。
(「県立高専共創フォーラム」第3回イベント(意見交換会)資料より)
野洲川、近江富士として知られる三上山(みかみやま)を望む自然豊かな場所でありながら、周囲には多くの研究所や工場が進出しています。
2028年4月の開校に向け、教員の確保やキャンパス整備などの準備が着々と進んでいる滋賀県立高等専門学校(以下、県立高専)。先般、元京都大学理事・副学長の北村隆行氏が初代校長予定者に内定しました。
今回の「県立高専共創フォーラム」第3回イベントにおいて、第1部の基調講演では北村氏が県立高専をどのように導いていくのかといったビジョンを表明されました。次に行われた第2部は情報共有・意見交換の場として、滋賀県総合企画部長の松田千春氏から企業等との連携・共創の具体化に向けた取組状況の報告、エイベックス株式会社執行役員の生駒健二氏及び、日刊工業新聞社総合企画部長の篠瀬祥子氏から他高専と各企業との連携事例が紹介されました。最後に、北村氏も交えて、質疑応答及び参加者との意見交換が行われました。
冒頭では、岸本織江滋賀県副知事から開会の挨拶があり、9月の北村氏の初代校長予定者内定をはじめ、12月からキャンパスの造成工事がスタートしていること、教員の募集を開始していること等を述べられました。次いで、櫻本直樹野洲市長から、今回のイベントの開催地であり開校予定地である野洲市を代表して、「県立高専を核に世界に誇る人材・技術・文化を、ここ野洲市から滋賀、日本、そして世界へ発信したい」という夢が語られました。
さらに、独立行政法人国立高等専門学校機構の谷口功理事長からは、社会の課題を解決して発展に導く「社会のお医者さん」を育む存在として世界から注目されるKOSENの一員となる、県立高専への期待を込めた熱い応援メッセージが述べられました。
第2部の後半には、質疑応答の時間が設けられましたが、場内を隅々まで埋め尽くした参加者から次々と質問が寄せられ、登壇者の北村氏、生駒氏、篠瀬氏、松田氏からの回答が続きました。
(掲載開始日:2025年4月24日)
第1部 基調講演
テーマ:未来を共創 「知行合一」のエンジニア育成
講演者:北村 隆行 県立高専総合ディレクター
初代校長予定者に内定した北村氏は京都大学大学院工学研究科で博士の学位を取得、財団法人電力中央研究所研究員から京都大学工学部・工学研究科教員、アメリカ航空宇宙局(NASA)研究員を経て、2016年から京都大学大学院工学研究科長・工学部長、2020年からは京都大学理事・副学長を務められています。2024年6月まで京都大学総長特別補佐を務められた他、文部科学省公的研究費の適正な管理に関する有識者会議委員、科学技振興機構さきがけ「ナノ力学」研究統括等を歴任されてきました。
その北村氏が、県立高専をどのような高等教育機関にしたいのか、そしてどのような学生を育てたいのかについて熱弁を振るわれました。
専門領域の紹介
北村先生の専門は機械工学における破壊の力学です。材料強度をベースに工業製品が壊れる限界を探る技術を研究されてきました。電力中央研究所では発電タービンの力学的強度限界を、アメリカ航空宇宙局ではロケットエンジンやジェットエンジンの特殊条件下による強度限界を研究された後、日本が世界中の電子デバイス市場を席巻していた1990年代は微小電子デバイスの力学的強度について研究され、ナノ力学分野における研究を牽引されることになりました。
「知行合一」の技術者教育
次に、レオナルド・ダ・ヴィンチの残した「レオナルドの手稿」に記された多くの技術に関する基礎検討とそれらから得た科学的な知識、またそれらを実践する行動力の重要性にふれつつ、北村氏の県立高専総合ディレクター就任時に公表された滋賀県立高専のコンセプトである科学的な知識(知)と合理的な行動力(行)をバランスよく涵養する「知行合一」の技術者育成の考えを説明されました。「知行合一」という言葉は元々、中国の陽明学(*)の言葉で、日本では近江聖人と呼ばれる中江藤樹によって広められ滋賀という土地と縁深い言葉です。
*中国の明代に王陽明が興した儒教の一派による思想体系で、実用的・実践的な人生哲学の側面を持つ。
県立高専が目指す教育
「知行合一」の技術者を育てることに加えて、県立高専の開校がゴールということではなく、技術を対象とする学校の宿命として「育ち続ける」ということがあるため、学生と教職員が「共に育つ高専」にしていきたいという展望も表明されました。さらに、県立高専の一番の特徴である、研究所群、工場群、公的施設群等が集積する恵まれた立地環境を生かした協働技術教育を目指すとの考えを説明されました。
県立高専が進める協働技術教育は、1年生時には技術への「驚き」を与えて学習意欲を引き出します。2・3年生時は基礎の必要性に気付かせて学習トレーニングを重ね、4年生時は磨いてきた技術を試していく実践的学習を進め、5年生時には滋賀県の高い工業力を実感してもらった上でプロに負けない技術力へと導くというステップを踏ませる構想です。そうした教育を通じて、卒業後50年以上続くエンジニア人生を幸せに、そして日本の技術を支える骨太のエンジニアを育てたいと話されました。

機械系では新居浜高専で教授をされていた浅地豊久氏、電気電子系も近々確定の候補者1名、情報技術系は神山まるごと高専教授を務められた正木忠勝氏ともう1名の候補者、建設系は群馬高専教授で滋賀県出身の木村清和氏が確定されています。
開校に向けた準備の進捗状況
3DCGによる新キャンパスのイメージを紹介後、専門科目(機械系・電気電子系・情報技術系・建設系)及び一般科目においてコアとなる教員の採用が順調に進んでいる状況が共有されました。
超一流工業県への展望
県立高専の目指すゴールの一つが、既に一流工業県である滋賀県を「超」一流工業県へと県立高専が昇華させる起点になることだといいます。技術も人も循環させるほど深まり高いレベルになることから、卒業生が県外や海外に飛び立っても、いずれ滋賀県に戻ってきて活躍できる仕組みや環境をつくっていきたいと締めくくられました。
第2部 情報共有及び意見交換
登壇者:生駒 健二 氏(エイベックス株式会社 執行役員)、篠瀬 祥子 氏(日刊工業新聞社総合企画部長)、松田 千春氏(滋賀県総合企画部長)
企業等との連携・共創の具体化に向けた取組状況報告:松田 千春氏
滋賀県立高専の設置目的は、
1、滋賀県発の次の時代の社会を支える高度専門人材の育成
2、技術者の育成・交流のためのハブとして地域産業と社会への貢献
であり、滋賀県そのものが教材であり学習のフィールドであるという考えです。また、県立高専の設置・運営を担う滋賀県立大学のモットーが「キャンパスは琵琶湖、テキストは人間」であり、この考え方は県立高専が目指す理想の学びの姿と重なるといいます。
現在(2025年2月時点)、県立高専の応援団の仕組みであるフォーラムへの参画数は206社の企業、16の団体、113名の個人に及んでおり、今回のようなイベントの開催やメールマガジン等による情報共有や意見交換を実施するとともに、昨年8月から個別訪問による県立高専との連携・共創に向けた意見交換を実施。1月末時点で206企業中59社を訪問、各企業の技術、設備、考えを知り、訪問するたびに感動されたそうです。
次に、フォーラム参画企業に連携・共創メニュー(タタキ台)を提示し、1、県立高専と企業等が共に成長を目指すメニュー 2、学生の成長を応援頂くメニュー 3、県立高専のリソースを企業側が活用するメニューの、以上3項目によるアンケートをお願いしたところ、74社から回答があり、その結果が報告されました。
1の、県立高専と企業等が共に成長を目指すメニューにおける人等に関する項目では、PBL教育支援の他、協働型共同研究への関心が高い。資金等に関する項目においては、県立高専内への企業広告やイベント協賛に高い関心が示されています。
2の、学生の成長を応援頂くメニューにおける人等に関する項目では、講演会講師の派遣、企業講座、インターンシップ、1日就労体験に高い関心が示されています。資金等に関する項目においては給付型企業奨学金に対しての関心が最も多く、3の、県立高専のリソースを企業側が活用するメニューでは企業等交流会、業界・企業説明会、企業等PRブック作成、卒業生のUターン就職に関する連携に高い関心が示されています。
そして最後に、いよいよ2025年4月から開設準備教員チームを交えて、連携・共創メニューの個別具体化を進めていくことを表明し、締めくくられました。
他高専と企業との連携事例紹介-1:篠瀬 祥子 氏
続いて篠瀬氏から、他高専と企業の連携事例の紹介がありました。日刊工業新聞は今年で創刊110周年を迎えられる産業総合紙です。高専特集は、2022年の高専制度60周年を記念して始まり、今年で4年目になります。高専生は、産業界からの注目度が高く、その理由として篠瀬氏は、1、ますます深刻化するエンジニア不足 2、プラント関連の老朽化を克服する人材の不足 3、DXやAIといった先端テクノロジー分野の人材ニーズの中で物事を根本から考えて行動できる人材の渇望等が挙げられると語りました。こうした問題に対し、高専生は各種コンテスト等を通じて創造性やチームワークを養い、社会課題と向き合いながら学ぶ等実践的な学習経験が高く評価されています。
また、高専生の採用に至る機会を設けるには、企業との共創の機会や社会課題そのものを探究している教員をサポートすることが有効ではないだろうかと語られました。さらに、寄付の意義も大きく、それによる学生や教員、親世代への社名認知が、高専と企業が連携するきっかけづくりに重要な役割を果たすとのことです。
最後に、これまで取材をしてきた、高専と各企業の連携例を紹介されました。
工作機械製造大手であるDMG森精機は北九州高専との連携を機にデジタルモノづくり教育を開始しています。また、外資系電機メーカーのABBはシミュレーションソフトを使ってロボット技術者を養う教育プログラムを豊田高専等に提供。エプソンは沖縄高専と連携し共同研究の最終アウトプットとして東京ビッグサイトの展示会で学生による発表を行われたそうです。青木あすなろ建設は徳山高専と連携して水陸両用ブルドーザー体験会を開催、防塵マスクメーカーの興研は熊本高専に机サイズのクリーンルームを寄贈、ミシンのジャノメは大分高専の部活動に30万円を寄付。また、国立高専機構はビズリーチとクロスアポイントメント制度で提携し、64名の民間人材を登用。産業界の人材が副業で高専生を教える機会を設けました。その他にも、九州電力が新卒採用した大学卒業生や高専卒業生の奨学金返還サポートを開始する例など、高専と企業の多様な連携事例を挙げられました。
他高専と企業との連携事例紹介-2:生駒 健二 氏
エイベックス株式会社執行役員の生駒氏からは、企業側からの視点による鈴鹿高専との連携事例が紹介されました。
同社は金属の切削技術や研削技術に長けた名古屋市に本社を置くトヨタ系の自動車部品メーカーです。自動車の電動化が進むことにより商品構成の見直しを迫られるとともに、恒常的なエンジニア不足に悩まされていると語り、今一度地域との繋がりを大切にしなければならないというお考えを述べられました。
そうした背景があって、有料の工場等見学事業を強化するなど、産業観光分野にも注力しているそうです。その産業観光事業で関係を築いた同社工場のある桑名市を通じて鈴鹿高専と連携することになり、鈴鹿高専の敷地内に研究室を設置して3年間の共同研究を始めたそうです。
鈴鹿高専との共同研究のテーマは6つ。1、熱処理歪み不良対策 2、AGV無人搬送車の開発 3、RFID(無線タグ)を使った工程間移動履歴の電子処理化 4、設備の振動を抑えるビビり抑制 5、海外の学生と一緒に学び合う学生の産業観光受け入れ 6、総額200万円の出資を実行したケースもある学生への起業支援です。
以上の共同研究の結果については、1のテーマの成果として表面処理技術獲得による仕入れ先依存の改善と、2のテーマの成果である新しい生産設備の自前導入等の成果が挙げられました。一方で残された課題として、テーマを6つから絞れなかったことにより完結できなかったテーマがあったこと、教員との連携がメインとなり学生を巻き込み切れなかったこと等を挙げられました。
今後は、新市場での技術課題の回収並びに連携の中核となる次世代人材の育成に注力することで、顧客中心の経営風土から市場創造型で人材育成にも通じる「地域循環型経営」にシフトしていきたいと考えておられます。
北村隆行滋賀県立高専 初代校長インタビュー
世界的な研究実績をお持ちの北村先生が、県立高専の初代校長として教育に軸足を置こうとなさった理由を教えて下さい。
私は日本の技術に関する1番の課題は、科学的な知識(知)と合理的な行動力(行)のバランスが、「知」の方に偏り過ぎていることだと考えています。技術がどんどんソフトウェア化していて、自ら手を動かしてモノにふれながら知識を身に付けることが減ってきています。これは、先進大学の技術教育が「知」に関する指導に偏りがちであることも一因でしょう。AIや量子といった流行テクノロジーへの過度な反応も気になります。
一方、実践を中心とする高等教育では、PBL(Project Based Leaning)やアントレプレナーといった流行りの言葉に踊らされているように思えるのです。いずれの言葉も、それらに関する表層的な知識だけが一人歩きしていて、多くの人が実践の基礎力を十分に鍛える機会を十分には持っていないのではないでしょうか。
自ら手を動かしながら知識を修得していくのが高専です。日本の技術力の停滞を是正する働きかけは、高専を起点に広げていくのが最適であり、さらにそれを自ら実行したいと考えて、校長就任オファーを嬉しく前向きに受け入れたのです。
北村先生は、京都大学の教授時代に教えていた高専出身の学部生や大学院生をどのように評価されていましたか。
高専出身者は、「知」と「行」のバランスが良い印象でした。そんな高専出身者が研究室に1人でも所属していると、すぐに実験や解析に取り掛かる彼らの姿勢のおかげで研究室全体の雰囲気がアクティブになります。技術の根本である工学を学ぶ上で、今の学生に欠乏している部分を補強する心強い存在でした。また、高専を1度卒業して、さらに学びたいと考えて入学してきたのですから、モチベーションが高く、極めて優秀な学生が多かったのも事実です。
日本がかつてのように世界の技術リーダーとなるには、高専生をどのように育てたいですか。
産業界もアカデミアも、今の最先端の技術を身に付けた即戦力のスーパーマンを求めがちです。そのように考えていては、いつまで経っても理想とする人材は現れません。
高専在籍の5年間でスーパーマンを育てることは出来ません。学生たちに基礎的な知識や実験などの感覚を磨き込む機会を十分に持たせ、10年先、20年先の長期的な視点を持たなくてはなりません。県立高専では、50年続くエンジニア人生が幸せなものとなるよう、そして日本の技術を支えてくれるような存在となるよう科学的な知識(知)と合理的な行動力(行)を磨くことで、基礎力を養成します。
知識や実践力を磨き込む行為は体幹トレーニングのように地道で苦しいものです。しかし、時に各種コンテスト等刺激的な発想やゲームのような面白さを感じられる機会を設ける中で基礎力の重要性を認識し、基礎訓練を続けることができます。
これから高専を目指す小中学生へのメッセージをお願いします。
楽しく、幸せに生きることが人生で最も大切です。そのために高専に入学してエンジニアを目指すのは、お勧めするルートの一つです。エンジニアになってものづくりに携わる。自ら手を動かしてつくれば、そこに楽しさや歓びも加わります。そしてつくり上げた製品を通して、世の中の多くの人々に喜んでもらえる。そんな幸せを、高専で学ぶことで、感じてみませんか。