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高専トピックス

幻と消えた優勝
徳山高専 准教授 藤本 浩 先生

徳山高専ロボコンチームは1990年の第3回大会からロボットコンテストに参加していますが、翌年の第4回大会「ホットタワー」では「白猫号」で競技に挑みました。簡単にこの競技を説明すると、試合終了時点で自陣の段ボール箱が床から一番高いところにあるか又は相手よりも高く積み上げたチームの勝利となります。その際、相手の箱の上に自陣の箱を置いてもよいし、相手の箱に触っても構わないが、相手のロボットに故意に接触して妨害した場合や、相手の箱を床に落下させた場合は失格となります。白猫号は地方大会で優勝、全国大会で準優勝の成績を収めています。この準優勝は曰く付き裏話がありますので、これについては文末で述べるとします。


1991年、第四回「ホットタワー」大会から地区大会で選ばれたチームが両国国技館で開催される全国大会に進出する競技ルールとなった。

さて、ここで白猫号の特徴を少し説明しておきます。ロボットの名称については、当時ヤマト運輸の宅配便の名称である「宅急便」のイメージキャラクターが黒猫であったことから、段ボール箱を運ぶ競技であることに由来して「白猫号」としました。
 試合においてこの白猫号は私達が期待する以上の結果を叩き出すこととなりましが、その裏付けとなった2つの特徴的な構造・機能を紹介します。まず、移動メカニズムについて前輪と後輪が駆動力とステアリング機能を合わせ持った4WSを採用したことで複数の段ボール箱を保持しながら、極小半径で自由に移動できる足回りであったこと。もう一つは、制御回路をプリント基板で開発して競技中の故障発生をなくしたことです。当時のロボコンの技術はまだまだ未成熟で、地方大会・全国大会を通して多くのロボットが競技回数を重ねる毎に回路の不具合によって途中で競技を断念したり、十分な実力を発揮できないケースが散見されていました。そこで、私達は他のチームに先駆けてプリント基板回路によって制御の信頼性を高めました。今日においてはプリント基板回路の設計に専用のフリーソフトや安価なプリント基板の外注先もあり、プリント基板による回路製作が決して珍しいものではなくなっています。しかし、1991年当時は汎用CADでさえ高価格で販売されていましたのでロボットの製作費6万円以内の制約内ではどの高専も同手法による回路設計にはハードルがかなり高かったように思います。これに対して私達は独自の工夫1),2)によりこれらを克服して他高専に先駆けてプリント基板を導入したことで、ロボットの信頼性を格段にアップさせることができました。回路の信頼性は操縦者の安心感に繋がります。これ以降最近まで、徳山高専では制御回路の製作にこの手法が引き継がれて使われていきした。

1)藤本 浩・杉村 敦彦:簡易CADを使用したプリント配線基板の製作、徳山工業高等専門学校研究紀要 第15号(1991)
2)藤本 浩:パーソナルCADを活用した両面プリント基板製作法、トランジスタ技術3月号、pp.469-476、CQ出版(1992)


「白猫号」は、4WS採用により小さい半径で移動できるようにし、また当時では珍しいプリント基板回路を導入して制御回路を作ったのは、新しいメカニズムだった。

高専ロボコンの創世記においては競技ルールが単純であったため、その攻略は比較的容易なものでした。しかし、苦労したのは競技ルールよりもロボットのサイズ制限と重量制限、電源の制約や製作費の縛りでした。と言うのも、競技設定の多くはこれらロボットの制限に比べて比較的大きな物体(段ボール箱やバレーボールなど)を扱うことが多々あることから、電源を含むロボットの全重量を8[Kg]以内に納めるには複雑な機構や機体の剛性を考えると問題は多く、軽い素材を見つけてはそれをアイデアと工夫で如何に構造材として活用するかと言った今日のロボットづくりよりも難しい一面がありました。また、電源に単一マンガン電池の指定があったため、大きい電流が取り出せないばかりか、電圧を上げようとすると沢山の電池が必要となるために重量がかさみ、そのことによって機構に割ける重量の余裕が圧迫されることから、最終的にロボットづくりは重量との戦いとなっていました。映画「ロボコン」をご存じの方であれば、計量オーバーとなり徹夜してアルミフレームに1円玉程度の穴を沢山あけて軽量化しているシーンは正にその通りです。1円玉の重量が1[g]とされていますので、穴の数は推して知るべしとなりますし、あけた穴の数だけ強度が落ちます。また、競技では充電可能な2次電池の使用は許されておらず、試合を想定して操縦練習を重ねる度に大量に貯まってくる単一電池の処分が悩みの種であると同時に、消耗する電池の購入予算により練習回数もかなり制限されました。


最近の大会の重量制限は30[Kg]だが、第4回大会時は8[Kg]であり、電源外動力源の使用も禁止されていたため、現在よりも制約が厳しかった。

とは言え、この年は私の指導歴を振り返ってみても、他のどの年よりもロボットが早く仕上がっていたため、割と多くの練習に時間を費やすことができました。その結果、練習の度に戦略を考えてそれに向けたメニューをこなし、その練習量は操縦者と白猫号の一体感により後退走行での高速なスラロームができるほど思い通りに動かせるようになっていました。また、練習の毎に改良点が見つかり、その都度、白猫号の改良・改善を重ねることができたのですが、ほぼ重量制限一杯で仕上がっていた白猫号の改良・改善をすることは結構難しく、ここにもアイデアと工夫が必要となりました。例えば、競技では相手の箱を床に落とさなければ取り除いても構わない事になっていましたので、白猫号では取り除いた箱を自分の背中に乗せられるようにアルミのL材を骨組みとした極めて軽量な台を用意していました。しかし、操縦が熟練して移動速度が増すとその勢いでどうしても箱が落下するケースが多くなりました。かと言って、モータなどにより箱をロックする機構を取り付けるにはモータの重量が問題となります。そこで、箱の自重を利用して台の両サイド4カ所からズレ防止のための爪が回転して現れるようにしました。この機構により箱の落下を気にすることなく操縦に集中できるようになりました。また、多くの箱を一度に運ぶ際に重量バランスの関係でタイヤが浮いてしまい、箱4段積重ねての移動が不安定であったため、重量制限の側面からデメリットであった単一電池の取り付け位置をロボットのサイズ制限のギリギリまで後ろに下げて箱を掴むアームとの重量バランスを最適化したりもしました。他にも改善した点は沢山ありますが、これらのことにより箱をより安定して運べるようになったことで、白猫号は益々信頼性の高いロボットとなりました。


徳山高専は中国大会で2チームが決勝に進出し、結果として全国大会にも2チームが出場するという、未だかつてない唯一の実績を残した。

このように、練習量の多さとロボットの改良を重ねた結果、この年から導入された地方大会(中国大会)では徳山のA,B両チームが順当に勝ち上がり、順決勝での同校対決の末、白猫号が勝ち上がって決勝戦では危なげなく優勝して全国大会への出場を決めました。現在もそうですが、エキシビションでの招待を除けば、同校2チームでの全国大会出場は暗黙の了解としてその実績はなく、そのため、地方大会においては勝ち進んでも必ず準決勝で対戦するようにトーナメントが組まれていました。現在は決勝戦での同校対決が認められるようになっていますが、優勝、準優勝であっても双方が全国大会に出場できることは未だに実績がありません。


競技ルールにより東京高専が反則負けとされたが、観客の再試合要求に応じて試合がやり直された。再試合で徳山高専が敗れ、その事実は触れられずに結果のみが記録に残された。

さて、いよいよ冒頭に述べた全国大会準優勝での回顧録となります。練習量とロボットには自信がありましたので、それなりの期待を持って全国大会に臨みました。大会では期待通り順調に勝ち進んで決勝まで上り詰めたのですが、唯一白猫号が負けるとしたら白猫号が積み上げられる箱8段の上に箱を置けるロボットの存在です。決勝戦ではこの機能を持った東京高専との対戦となりました。試合の中盤、徳山の箱の上に自陣の箱を置こうとした東京高専が失敗して崩れ落ちる箱につられて徳山の箱が一つ落下してしまいました。競技ルールでは東京高専が反則となり徳山が優勝となります。ところが地元東京高専の圧倒的多数の応援席から、再試合を望むコールが巻き起こり、番組構成上の盛り上がりも考慮してか、結果的に再試合をすることとなりました。即座に動画レベルで拡散される現在であれば、社会の批判と教育上の取り組みであることを考慮すると決して再試合はあり得ませんでしたが、当時はそれが許されてしまいました。再試合では、憂慮していた9段目に相手の箱を積まれてしまったのです。白猫号で5段目を掴んで箱を浮かせる手段はあったのですが、間に合わずに再試合では勝利することができませんでした。その年の師走に放送されたNHKの全国放送では再試合のことには一切触れない番組構成がされていましたので、このことを知るロボコニストは少数であると思います。


年が明けて、主催者であるNHKが再々試合を設定してくれた。放送はされなかったが、競技結果よりも相手チームと率直に語り合えたことが大きな収穫となった。

年が明けて、主催者であるNHKは決勝戦の再試合についての謝罪の意味もあったのか、NHKホールを会場とする「青春メッセージ」の中で放送はされませんでしたが、再々試合を設定してくれました。実際の所、操縦練習もしてない上に試合に対するモチベーションも上がらない中での試合だったので、淡泊な試合となり結局敗戦となりましたが東京高専のメンバーとはその後お互いのロボットの説明や決勝戦での思いなどを率直に語り合い青春メッセージの舞台裏で大いに盛り上がっていました。このときのNHKホールでの思い出は、対戦よりもデビュー前の「シャランQ」の出演や女優の「石田ひかり」さんとの廊下でのすれ違いなどの方が印象に残っています。







藤本 浩
徳山工業高等専門学校 機械電気工学科 嘱託准教授
創造・特許教育を担当、二重螺旋ポンプ、電動車椅子用着脱可能な安全停止装置、乳幼児うつぶせ寝検出装置など数々の開発及び応用と、高専ロボコンには第四回大会から指導者として参加し、全国大会優勝、準優勝、ロボコン大賞、技術賞、アイデア賞等幾多の実績を有する。

『SolidWorksによる3次元CAD -Modeling・Drawing・Robocon』(共著)



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(掲載開始日:2024年5月14日)

※この記事の所属・役職・学年等は取材当時のものです。