高専インタビュー
15歳から高度かつ実践的な技術教育を施す高専は、健康的に社会を発展させ未来を創造する「社会のお医者さん」を輩出する役割を担ってます。
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2024年4月に、独立行政法人国立高等専門学校機構(以下:高専機構)の谷口功理事長が、文部科学省より再任されました。谷口理事長は2016年に熊本大学の学長を退任されて高専機構の理事長に就任以来、今回の再任に至るまで8年間に亘って全国51の国立高等専門学校の運営を牽引されてきました。その間に高専は60周年を迎えましたが、谷口理事長からの高専・「KOSEN」の発展に資する取り組みが次々に実行されました。
実際に、ここ数年で高等専門学校(以下:高専)の社会的プレゼンスは飛躍的に向上しました。産業界においては、高専の社会実装を想定した実践的なSTEAM教育に対する評価が高まるとともに、今後の日本の技術の核となるとされるAI・数理データサイエンス、ロボット、IoT等の分野において有能かつ創造的な技術者を輩出する高等教育機関であるという認識が浸透しつつあります。一方、アカデミアの教授や研究者においては、研究室で頭角を表す優秀な学生の出身校が高専であるケースが多いという事実が共通認識となっています。
また、一般の方々には、高専ロボットコンテストをはじめとする様々なコンテストに対する親しみが広まっていることに加え、国立の難関大学に進学する学生が多いことでも知られるようになりました。さらに日本独自の高等教育機関だった高専の実践的教育の仕組みやカリキュラムはグローバル社会からも評価され、今や「KOSEN」のブランドが社会課題を解決に導く力を持つ教育システムとして確立されており、タイやモンゴル等では日本の高専教育を導入した「KOSEN」が設立されています。
こうした高専の躍進を牽引してきた谷口理事長に、高専が今日までどのような改革で社会の技術系人財育成をリードしてきたのか、そして高専が今どのような課題に直面しどのように次代の社会的役割を果たそうとされているのか等について、日本の未来社会における理想の技術者教育のあり方まで大所高所から語っていただきました。
(掲載開始日:2025年3月18日)
谷口理事長が考える高専生の本質的な価値や潜在能力をご教示ください。
高専の新入生は15歳。つまりこの年齢から、社会に必要となる人財を育む高等教育機関が高専なのです。大学への進学が入学の目的となっている高校の普通科とは異なり、高専には数学や理科が得意な中学3年生が、自分で手がけてみたい技術領域をイメージして入学してきますから、学ぶこと自体に最初から意味を感じています。そして社会実装を念頭に置いた技術教育が施されていくうちに、自分の取り組んでいる勉強が社会に役立つ実感を得ることになり、それが益々勉強する意欲を掻き立てます。
このように専門性を極める意義を体感した高専の学生たちは、その経験を活かして専門領域以外にも手を延ばすスキルを身に付けていきます。近年、欧米で一般化しているJOB型の教育や就業が注目されるようになってきましたが、それは専門領域を極めれば他の業務はできなくても構わないというものではありません。
その本質は全く逆で、一つの専門を基礎からしっかりと極めた人財には、世の中の変化に柔軟に対応しながら専門性の幅を広げ、社会に役立つ価値を重層的に発揮するスキルが備わっているのです。これは、高専生の将来像そのものです。今後益々オープンイノベーションが社会を動かす時代になりますが、そこでは学んできた専門性をベースに、多くの人や様々な技術と出会う機会を利用し、革新的な成果を追い求めていきます。産業界に進み、あるいは大学に進学した高専生が活躍できるステージは益々広がっていると考えられるのです。最近になって本科を卒業する高専生の採用を拡大する大手企業が増えてきましたが、技術革新の最前線が高専生の価値に気づいたと言えるのではないでしょうか。

2024年5月、第5回ディープラーニングコンテスト2024の閉会後の記念写真(中央に谷口理事長)。本コンテストでは、高専で培ってきた「技術」と「ディープラーニング」を活用し、事業性を競い、起業を支援しています。このコンテストに代表されるよう、高専ではアントレプレナーシップ教育も基軸としています。
高専で最新の技術に触れ、社会に出てからさらに専門を極めた、あるいは専門性の幅を広げた高専の卒業生は、そのスキルをより高次で発揮することを求めるようになります。それはグローバル、もしくは起業というステージにも移行する選択に繋がっていきます。高専の卒業生は、企業のグローバル戦略や世界に通用する技術革新の先頭に立つ、もしくは新たなテクノロジーやビジネスモデルでスタートアップを図るアントレプレナーとなり、日本の産業界やアカデミアの世界で戦う競争力を生み出す存在になり得るのです。
このような高専生の「高い技術力」、「社会貢献へのモチベーション」、「自由な発想力」から生み出される高い起業力に文部科学省も期待し、アントレプレナーシップ教育に取り組む全ての国公私立高専を支援する「高等専門学校スタートアップ教育環境整備事業」を、2022年度第2次補正予算で開始しています。
日本の社会が抱える課題に、高専はどう関わっていくのでしょうか。
「失われた30年」という言葉に代表されるように、平成以降はそれまで世界のトップを歩んでいた日本の国際競争力が徐々に低迷していきました。その原因の一つに、産業界においてもアカデミアにおいても、世界で戦おうという意識が薄れてしまったことが考えられます。だからこそ、高専在学中に培われた課題解決力や社会実装力によってもたらされる理論のみではない、手を動かすことができるという競争力が益々求められるようになっています。高専の卒業生は、国家が抱える重要な問題を治し、健康な発展に導くことのできる、言わば「社会のお医者さん(Social Doctor)」だと私はことある毎に広報しています。
さらに日本には本格的な少子化の波が押し寄せ、内需の拡大は見込めなくなりました。この少子化は日本を支えていく人財の減少にも直結します。事実、近年の1学年あたりの人口は大幅に減少。1960年頃には250万人を超え、その後の進学や就業で高度経済成長期に活躍した中学卒業者の数が、現在では100万人前後になり、いずれ70万人台にまで落ち込むことが確実視されています。日本がこれからかつてのような存在感を世界で復活させるには、1人が3倍のパフォーマンスを発揮する必要があると言っても過言ではありません。このような教育の曲がり角で、卒業後に「社会のお医者さん」となって日本の競争力を回復させる高専生の育成をしっかり行わないと、日本の産業競争力は今以上に揺らぐことになってしまいます。

神山まるごと高専の校舎「OFFICE」の様子。同校は、アントレプレナーシップ(起業家精神)の育成に力を入れており、卒業生の4割が起業することを目標に掲げています。2023年4月、徳島県名西郡(みょうざいぐん)神山町に全国58番目の高専として開校しました。
現実に地方では小中学校の閉校が各地で見られます。入学志願者が減少している大学も少なくありません。そうした波に高専が巻き込まれることは現段階ではありません。それどころか2023年に徳島県に神山まるごと高専が開校し、2028年には滋賀県に滋賀県立高専が新たに開校する予定です。今の時代に日本の社会が高専教育に期待している証左だと言えます。それでも子供の数は益々減っていきますから、高専も影響を受けざるを得ない時期が到来するでしょう。
国立高専は元より、公立・私立の高専とも密な協力関係にある高専機構としては、1学年50万人という時代になろうとも、現在の全ての高専を合わせた1学年1万人という学生の数は守りたいと思います。人口減少に逆らう事が出来ず、それが無理となっても、58という現在の国内の高専の数(滋賀県立高専の開校により59校)は絶対に減らしてはならないと考えます。もしも、高専の志願者数が減るような事態になったとしても、学校の数も教員の数も削減しなければならないというのは、消極的な発想で、1クラスあたりの学生数のみを減らせば良いのです。一方で、教員志願者の数が減っていく事も想定されますが、そこはオンラインによる高専間をまたいだ同時授業や、録画された映像による補完で十分に対応が可能です。
現在の世界の1クラスの標準は20人。日本の学校の学級人数はまだ減らせます。現在の高専の40人学級が20人学級2クラスになれば教育の中身は確実に濃くなり、定評のある高専の質の高い指導は、一人ひとりの学生に一層深く行き渡ることになります。少子化という逆境を逆手に取り、少人数学級を導入すれば高専教育のパフォーマンスが高まるのは間違いありません。今以上により世の中の役に立つ人財に育んでいく環境を実現できるでしょう。
高専のグローバル化についての構想をお聞かせください。

2022年11月高等専門学校制度創設60周年記念式典の翌日には、国際学長フォーラムが行われ、谷口理事長はじめ、各国の政府機関、大学、高専、ポリテク等の代表間で、新たな時代に求められるエンジニア育成の在り方について、活発な討議がなされました。
日本の高専教育制度を本格的に導入したタイ王国初の高専(KOSEN-KMITL)が2019年5月に、2校目の高専(KOSEN KMUTT)が2020年6月に、それぞれ開校しました。タイ以外にも、モンゴルに3高専を設置し、ベトナムではベトナム商工省が管轄する3つの工業短期大学等の教育高度化支援を行い、高専教育システムの導入に向けて準備中のエジプトからは高専の教育現場視察やカリキュラムに関する意見交換等を行うために2025年の1月に視察団が来日しました。また、全国の高専各校は多くの国々から留学生を受け入れています。“KOSEN”は、世界各地で社会を牽引する高等教育制度であるという認識が広がっているのです。
こうしたグローバル展開の推進により、2024年3月時点で高専機構が学術交流協定を締結した海外教育研究機関は448機関(各国立高専において延べ417機関、高専機構本部において31機関)に達しています。こうした高専のグローバル展開は各国への貢献はもちろんのこと、世界のテクノロジー開発における日本のプレゼンスを高め、日本の技術を世界に波及させる足がかりにもなるでしょう。
それ以上に高専のグローバル推進を通して重要視しているのは、日本の高専生の海外との交流です。高専の卒業生がグローバルな環境で頭角を表すような活躍を見せていくための国際コミュニケーション能力を磨くことを目的とする、留学や海外インターンシップを推奨しています。現在は年間で約4000〜5000人の学生を海外に送り出していますが、その数をもっと増やしていく考えです。
2019年には、グローバルに活躍できる技術者を育てるため、「グローバルエンジニア育成事業」を開始しました。この事業では、高専各校が取り組む学生の国際的なコミュニケーション能力や、海外で積極的に活動する意欲の向上を支援しています。いずれも、高専卒業生が日本の国際競争力に寄与する存在へと育むための一環であることに間違いありません。
また、近年は国籍や性別を問わず多様性を尊重する社会に向かっていますが、高専機構は2011年に早くも「ダイバーシティ宣言」をして、2024年には「ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン(DE&I)推進宣言」を策定し、多様な一人ひとりの学生が、自他の違いを尊重し、相互理解を深められる風土を醸成してきました。その成果としては、本科の女性学生比率が24.6%にまで増加したことなどが挙げられます。
谷口理事長が自ら課しておられる役割やミッションをご説明いただけますでしょうか。
高専機構は時代に即した高専教育の最適解を考え、学習指導要領にとらわれない独自のカリキュラム作りや、研究活動の推進をサポートしています。そうした積極的な取り組みには年間予算で充当される額以上の活動費が不可欠になります。高専機構は、高専各校にアグレッシブな教育を求めるだけではなく、外部予算の獲得に尽力することでも各校を支援しなければなりません。実際に私は、文部科学省はもちろん有力政治家や産業界に対しても、積極的に訴求する場を設けて、研究予算や施設予算について数々の要望を申し上げてきました。その成果としては、幾つかの外部予算獲得につながっています。
ただ、全ての予算要求が通る訳ではなく、多くは希望通りとはなりません。高専だから必要、高専にこそ必要という理由を明確に訴求していく必要があります。そうした高専ならではの予算獲得の事例に、商船高専5校(鳥羽、広島、弓削、大島の商船高専4校に加え富山高専商船科を含む)の練習船を新造して更新する予算を獲得できたことが挙げられます。練習船を航海や機関に関する実習の場としてだけではなく、災害時には被災地へ飲料水や食糧を供給する役目(かつて同様な実績があります)や、携帯電話の移動基地局としての活用を御理解いただいた事が認められたのです。
先にも述べましたが、高専教育には日本の国際競争力を再生に導く可能性があります。国が用意したファンドや研究予算のみならず、産業界からの支援にも期待しています。中には高専卒業生が入社後に大活躍をして経営に大きく貢献したので寄付を申し出ていただいた企業もあります。これからは益々外部に対して、時代に先駆けて独自に取り組む高専教育の価値を積極的にPRし、研究費や設備費を外部から提供していただくことで教育現場の努力を最大限バックアップしていきたいと考えています。
高専の在校生と卒業生への応援メッセージをお願いします。
在校生の方には、自分の好きな技術分野を極めて、その成果を遠慮することなく大いに発信して欲しいと考えています。各種コンテストや地域産業との連携、海外渡航交流など、様々な自己表現の場があることは皆さんもご承知でしょうが、決して一部の限られた学生さんのために用意されている機会ではありません。どの学生さんでもしっかりと準備して臨めば、そうした場面で主役になれるチャンスがあるはずです。さらに言えば、コンテストに勝ったらそれがゴールではなく、そこからが将来に大きく飛躍するスタートとなるはずです。
産業界でご活躍されている高専の卒業生の方々には、カリキュラムの面でもすこぶる中身の濃い5年間を全うされたことに誇りを持って、世の中に貢献していただきたいと望みます。最終学歴が大学や大学院となった卒業生の方であっても、高専で培った学びの体験は現在の実力の礎になっているはずです。学歴とは最終学歴を表すものではなく、学習歴です。高専の5年間の学習歴を是非とも多くの人にアピールしていただきたいと考えています。
皆さんのご活躍が、今後の日本の発展に大きな影響を及ぼすのは間違いありません。産業界の発展への貢献のみならず、日本の未来を担う子供たちが高専に入学して優れた研究者やエンジニアへと育ち、同時に幸せな人生を獲得するロールモデルになっていただくことを期待してやみません。