高専インタビュー
未来の高専像の創造に向け、潜在的なポテンシャルの表出に挑む小山高専。
-
-
今から60年と少し前、高度経済成長期にあって工学系技術者の採用拡大が急務となった産業界のニーズを背景に、15歳から専門教育を施すことで有能な人材の輩出を担うことになった高等専門学校(以下、高専)。「ものづくり教育」並びに「手と頭を動かす教育」という、その教育基本コンセプトは変わっていませんが、時代の変化に先行して具体的な指導内容や卒業生のキャリアモデルは変遷しています。 今回取材させて頂いた小山高専の鶴見校長によれば、最初の12校が設立された昭和37年から十数年の初期の人材育成イメージは、「即戦力の中堅技術者」であり、殆どの学生が卒業後に就職していたそうです。しかし、高専生自身にとっては10代の若さで取り組む高度な研究や技術の研鑽は、次第に向学心へと結びつき、大学への編入学を希望する学生が増えていきました。昭和51年には高専本科卒業生の受け入れ先として、豊橋技術科学大学と長岡技術科学大学が開校。平成の時代に入ると専攻科の設置が行われ、加えて大学側の編入枠が拡大したことにより高専卒業後の大学進学率も大きく伸長。そして高専出身者の管理職・研究者・起業家がその後、世の中に数多く輩出されることになりました。 令和に入ってからは未来技術の創出を担う人材を育む高等教育機関としての地位を確立したことや、学生の海外交流や海外高専の開校などグローバル化が進展していることなどは、もはや周知の事実と言えるでしょう。 では、そうした社会における存在価値をますます高めている高専は、この先さらにどのような社会的使命を果たそうとしているのか、この高専の未来像について鶴見校長に伺いました。
(掲載開始日:2025年10月17日)
小山高専の概要をご紹介下さい。
小山高専は栃木県南部の小山市に、昭和40年に設立されました。以来、幾度かの学内組織の変遷を経て、現在は機械工学科、電気電子創造工学科、物質工学科、建築学科の4学科からなる本科課程と複合工学系の専攻科課程で構成され、時代の要請を捉えた高専教育の高度化に対応出来る陣容を整えています。
小山市が位置する栃木県は、自動車や輸送機械、医療機器・医薬品等の大手企業の工場が数多く進出し、部材や設備を供給する企業が集結していることもあって、製造業がとても盛んな県であり、製造品の出荷額では全国でも上位にランクしています。その中で小山市は南北では首都圏と東北、東西では群馬県と茨城県を結ぶ交通の要衝でもあり、北関東工業地域の中心に位置しています。そのため小山高専と人的交流や共同研究等で関わる企業は歴史的にも多く、実際に小山高専地域連携協力会の法人会員数は238社にも上ります。本校の学生にとってみれば、地元企業と実践的な技術取得や共同研究を目指して交流する機会に恵まれた環境と言えるでしょう。
北九州高専の前校長でもある鶴見先生が感じる小山高専の特徴を教えて下さい。
私は本校の校長に2025年4月に着任したばかりですが、それ以前は北九州高専で3年間にわたって校長を務めていました。赴任からしばらく経過し、北九州高専と異なるカラーが見えてきました。先進且つ実践的な技術教育を施す高等教育機関であることは、どの高専も同じです。ロボットコンテスト・プログラミングコンテスト・デザインコンペティション・英語プレゼンテーションコンテスト・ディープラーニングコンテストなど、様々なコンテストに多くの学生が挑んでいることも、各校で共通しています。さらに、どの高専も就職希望者のほとんどが希望企業に入社していることや、女性学生の比率が増えていること、進学率が4割~5割程度あることも共通しています。しかし、全国各地に幅広く立地する58校の高専(国立51校、公立3校、私立4校)は、校風や学生の雰囲気においてそれぞれの地域の特色や文化的背景を色濃く反映しているのです。
本校も小山市や栃木県南部の中庸さが息づく土地柄が見えます。例えば北九州高専の学生は荒削りな元気さが魅力であった一方で、本校の学生は良い意味で大人しく、自分を主張し過ぎずに周囲と協調して大きな成果を目指そうとする気質を有しています。こうしたメンタリティーの学生たちは吸収力が高く、熱い指導を授けることで驚くほどの成長を見せてくれます。ポテンシャルが高い学生が多いのです。例えば本校は2020年と2021年に高専ロボコン全国大会で優勝(2021年はロボコン大賞も同時受賞)し、近年も関東甲信越地区大会で連覇していますが、全国の高専の中でもこうした突出した成績は電気電子創造工学科教授の田中昭雄先生が30年にわたって学生たちを全霊全魂で指導してこられた成果に間違いありません。
以上のようにロボコンで顕著な成績を挙げてきた本校ですが、北九州高専もロボコンで優秀な成績を収めていました。その北九州高専のロボットへの取り組み方と本校の取り組み方には大きな違いが見られます。まず、北九州高専のロボットは機能重視の設計でしたが、本校のロボットはデザイン性が豊かで見た目も魅力的なのです。また、北九州には安川電機など産業ロボット大手やロボットベンチャーの本社が存在し、交流や刺激を得ることができました。しかし本校は異なり、むしろ自分たちが地元のロボット技術を盛り上げていこうとする気概があります。北九州高専の校長の時代にも推進したことですが、地域連携には小山高専に赴任してすぐに動き、栃木県の福田富一知事をはじめ、地元の各企業との会談を行い、今後は様々な面で地元を盛り上げる提案を行いたいと考えています。
もう一つ、本校の特徴として挙げられるのが、女性の活躍です。まず、日々の授業はもちろん、各種コンテストや発表で女子学生の活躍が目立ちます。本年のロボコンAチームのリーダーは女性ですし、本校が発行している小冊子の『ミネルバ』では数多くの女子小中学生に理工系分野の勉強の面白さや魅力を広報しています。女子の活躍は学生だけではありません。本校の副校長(総務主事兼広報戦略室長)、事務部長、図書情報センター長の3名も女性が務めており、本校の運営に多大な貢献をしています。世間で様々な要職への女性活用が叫ばれている今、本校はジェンダーバランスの確立に向けて他校よりも前を進んでいると言えるでしょう。
鶴見先生が主導なさる高専の未来への取り組みについて教えて下さい。
近年の高専は、GEAR 5.0(未来技術の社会実装教育の高度化)、COMPASS 5.0 (次世代基盤技術教育のカリキュラム化)の二つのプロジェクトを進め、AI・数理データサイエンス、サイバーセキュリティ、ロボット、IoT、半導体、蓄電池、再生可能エネルギーなどを担う技術者の養成に注力してきました。しかし、そうした先端技術の中には時間とともに陳腐化し、新たに生まれたテクノロジーに置き換えられるケースもあるはずです。そこで私は、学生の未来像を確かなものにするために、三つの面から本質的な教育を強化していこうと考えています。
一つは「アントレプレナーシップ教育」です。これは起業家を輩出することが目的ではありません。起業に不可欠な「パッション」と「ビジョン」を持つ人材を涵養しようとしているのです。自分自身の “やりたいこと” を見つけ出し、その実現に向かって挑戦する気概を応援しようとしているのです。そのために校内に3Dプリンターやレーザー加工機が配備されたモノづくり工房「思索Factory」を設け、学生が自由にモノづくりに挑む環境を準備しました。
二つ目は「グローバルエンジニア教育」です。高専機構のグローバルエンジニア育成事業にも採択され、海外短期派遣の実施、留学生受け入れ、ネイティブ教員の採用などを通して、学生に世界で通用するコミュニケーション力や自己表現力、価値観の多様性を理解する力を身につけてもらおうと考えています。
三つ目が「STEAM教育」です。Science、Technology、Engineering、Arts、Mathematicsの5つのポイントを余すことなく横断的に指導する教育ですが、これによってイノベーションを促す想像力と創造力を引き出し、未来技術を牽引する人材を育もうと考えているのです。
このSTEAM教育とジュニア技術者育成の実践的な観点から、Pythonを独学で習得して小学校の全国プログラミングコンテストで1位を獲得した栃木県在住の小学4年生(受賞時は3年生)の女子児童を本校にお招きし、教員から先端技術に関するレクチャーを行い、科学実験の面白さにも触れてもらいました。
鶴見先生のご経歴を簡単に振り返って頂けませんか。
私は本校に赴任する2025年4月まで、北九州高専の校長を務めていました。福岡県から栃木県への異動は大変だったように見えるかもしれませんが、栃木県真岡市に生まれた私にとっては帰郷であって土地勘もあり、地元に貢献したいという意欲も湧き出ることから、教育者としての集大成を極める地としては大変にありがたい異動だったのです。
そんな私の現在に至るまでの経歴を申しますと、まずは地元の高校を卒業後に隣県にある茨城大学に入学し、そこで修士課程まで終えました。それから名古屋大学の博士課程に進学しました。私は、理論物理が専門だったこともあり1989年に群馬高専の一般教科の物理の助手に就職しました。
そして1993年から2年間にわたり豊橋技術科学大学の知識情報工学系の助手に就任。フラクタル理論を用いた画像符号化技術を研究するとともに、修士学生の学位取得指導を行いました。群馬高専に戻ってからは一般教科の数学の講師になり、1997年に同高専の電子情報工学科の助教授に就きました。一旦、2002年に1年間ほどカナダ国ウォータールー大学の数学学部応用数学科に客員准教授として招かれています。そして2005年からは群馬高専電子情報工学科の教授に就任し、数学のアフィン変換を使った画像の符号化に関する研究を行いました。
転機となったのは、2019年に八王子市にある国立高専機構の本部への異動でした。一つの高専の中で学生の教育に携わる立場から、全国51校の国立高専全体を視野に入れて大規模な高等教育機関として高専を捉えることが求められます。この本部勤務で、高専教育の本質的な良さやアドバンテージ、そしてそれを更に伸ばすための施策について、深く掘り下げることができたように思います。そして2022年の北九州高専の校長着任後、2025年4月から小山高専の校長を任されることになったのです。
高専の在学生及び卒業生へのメッセージをお願いします。
本校の入学式でも語りましたが、私は機会のある度に学生たちに「チャレンジしていこう」と訴求しています。時に失敗があるかもしれません。それでもチャレンジを重ねることで、その先に道が開けてきます。言い換えれば、高いポテンシャルを持った高専生の可能性を自ら引き出すことになるのです。
私自身、現在のやりがいと責任のある職務に至るまで、高専の教員として様々なチャレンジを行ってきました。理論物理を専門としていたのに数学の教員を拝命したり、情報系の研究を期待されたりと、専門領域を広げる際は新しい領域に足を踏み入れるチャレンジそのものでした。高専に来てからは一般教科の教員も専門学科の教員も経験していますし、国立高専機構本部にも勤務しています。しかし、その度に私の経験は積み重なり、次に挑戦する新たなテーマが見えてきたのです。
高専生の5年間は、若い学生の皆さんには短い時間ではなく、多様なチャレンジに立ち会えるチャンスがたくさんあります。専門の技術分野を極めることをベースに、高専内で幅広い交友関係を持つことで多彩な技術領域に触れられますし、各種コンテストやサークル活動、寮生活等を通して、今までの自分を何段階も成長させられるチャレンジに恵まれます。また、そうした高専生活を満喫された卒業生の皆さんには、掛け替えのない経験を獲得されていることでしょう。高専は自らを飛躍させられる場所です。高い壁に挑んで、是非大きく飛躍して下さい。