高専インタビュー
地域トップクラスの高等教育機関としての期待に、鶴岡高専は数多くの挑戦で応えています。
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全国各地の高等専門学校(以下、高専)の大半は、県庁所在地ではなく域内における第二もしくは第三・第四の都市に設置されています。大学レベルの研究設備、卒業後に即戦力と評価される実践的なカリキュラム、博士号を取得した教師陣による質の高い授業等に起因する教育レベルの高さ故、ほとんどの高専が周辺地域の中学校に在籍する優秀な学生たちの第一志望校として選ばれ続けています。
また、そうした環境は結果的に高等教育機関が中心都市のみに集中することを防ぐ役割も担っており、その地域における優秀な人材の供給のみならず、共同研究を通じた地元の産業の活性化への貢献も期待されています。
今回は「研究する高専」「地域に貢献する高専」そして「国際通用性を有するエンジニアを育成する高専」を掲げ、山形県第二の都市である鶴岡市に位置する、鶴岡高専の髙橋校長にお話を伺いました。
(掲載開始日:2020年1月15日)
鶴岡高専の概要についてご紹介下さい。
鶴岡高専は、山形県庄内地方を代表する高等教育機関です。庄内地方は西を日本海に面し、残りの北、東、南を山地に囲まれた平野部ですが、本校は海外教育機関との数多くの連携や、「高専生サミット」への積極的な参加、“KOSEN(高専)4.0”イニシアティブ(※)採択事業を通した地域産業とのダイナミックな連動など、外に開かれた高専であると自負しています。
私自身、学校長として学生たちの自発的なアクションは大いに推奨します。何に挑んでも良いと鼓舞していますし、サポートする教員にも最大限の支援をお願いしています。一つの道を極めた人間は、後年に別の道に進んだとしても成功できます。ですから、学生には何にでもトライさせようと腹を括って日々接しています。
学生たちの中には技術や産業とかけ離れた目標を追いかける者もいます。将棋のプロを目指し、対局や練習に打ち込みたいので休学させて欲しい、と申し出てきた学生や、入学前からスキー選手として研鑽したいので冬のシーズンに公欠を認めて欲しい、と訴えてきた受験生もいました。私は、本校が地域において一芸に秀でた人間を生み出す母体となっても良いと考え、快く了承しています。実際に、前者の学生は正式にプロ棋士と認められる四段まであと一歩のところですし、後者の学生はインターハイで6位の成績を収め強化選手に指定されました。
そんな本校の教育カリキュラムの特色は、年次が上がるごとに自分の進みたい方向を定めやすいコース設定があることです。まず、入学試験では全員が創造工学科を受験します。160名の1年生には、ものづくりを念頭に置いた工学の基礎教育を広範囲に実施。2年生からは情報コース、電気・電子コース、機械コース、化学・生物コースに、それぞれ40名ずつ分かれます。コースの選択は、本人の希望や成績、適性に加え、担任教員の指導によって決まります。
昨年度の場合、160名中154名が第一志望のコースに進みました。それだけ、教員たちが学生本人の個性をしっかり把握して確かな指導を行っているのです。また、同じく昨年度の場合、約30名の女子学生のうち10名程が機械コースを選択しました。入学時点であれば10名も志望しなかったはずです。1年生の時に工学全般を広く俯瞰できたからこそ、機械コースに興味を持てたのでしょう。
4年生・5年生では、4つのコースを基盤とした4つの応用分野(ITソフトウェア分野、エレクトロニクス分野、デザイン工学分野、環境バイオ分野)に加えて、3つのコースを横断して設置された3つの応用分野(メカトロニクス分野、材料工学分野、資源エネルギー分野)の計7つから一つを選択し、問題発見および解決能力といった実践力を養います。
※“KOSEN(高専)4.0”イニシアティブ:「新産業を牽引する人材育成」、「地域への貢献」、「国際化の加速・推進」の3つの方向性を軸に、各国立高専の強み・特色を伸長することを目的として国立高専機構が実施しているカリキュラムの改訂や組織改編の取り組み。
鶴岡高専の特徴的な取り組みを教えて下さい。
本校に限りませんが高専教育の最大の魅力は、学生と教員との距離が近いことです。入学からしばらくすれば、学生一人ひとりの個性を教員たちが共通して知るところとなります。そして、本科の5年間にわたって学生個々に応じた教育が可能になり、学生に合った成長を無理なく引き出すことができるのです。
特に本校の場合は教員の約20%が本校OBです。愛校心もすこぶる強く、教育や指導にも身が入るようです。
また、教員の多くは大学の博士課程を修了しているドクターであり、専門領域を持つ研究者です。そうした教員たちの指導で16歳の時点から学問の本質に触れられる高専の学生は幸せだと思います。
このように、インプットが充実しているとなれば、アウトプットの機会も学校側が用意しなければなりません。
毎回、沖縄高専や一関高専、八戸高専、鈴鹿高専、新居浜高専など10校前後の高専から1~4年生までの学生100名ほどが集まり、研究発表を行う「高専生サミット」には特に注力しています。この高専生サミットでは、優秀な発表内容が最終日に表彰され、日本MRS(The Materials Research Society of Japan)での発表機会が与えられます。
これまでに4回の高専生サミットを開催しており、第1回と第3回、第4回を鶴岡で行いました。鶴岡高専が全国の高専を巻き込み、日頃の研究を発表し、競い合う場を創っていると言えるでしょう。
このように本校は、全国51高専の教育と研究開発のパワーを結集する存在でありたいと考えています。他の学究機関との交流を積極化するための組織として、2015年に鶴岡サイエンスパーク内の本校サテライトキャンパスに、高専応用科学研究センター(K-ARC)を設立しました。高専のネットワークをフルに活用し、企業との連携も推進していく研究拠点を目指しています。
最近のトピックとしては、工学教育における事実上の世界標準である「CDIOイニシアチブ」への正式加盟です。CDIOとは、Conceive(考える)、Design(設計する)、 Implement(実行する)、Operate(運用する)の略で、マサチューセッツ工科大学とスウェーデンの3つの大学により開発されました。2019年の6月にデンマークで開かれた国際会議の席でプレゼンテーションを行い、参加資格を得ました。
地域社会との連携についてお聞かせ下さい。
域内に大規模な工業地帯を持たない庄内地方ですが、製造品出荷額は山形県全体の約20%を占め、主な出荷製品は「電子部品・デバイス」、「食料品」、「生産用機材」です。また農業も米作を中心に盛んで、果物や野菜の生産もバランスよく行われています。こうした産業構造を背景に、本校の教員は様々な地域連携に挑んでいます。
鶴岡市にある鋼材・機材販売の株式会社新池田と本校の高橋淳先生は、発電用風車を防風設備としても使用するための共同研究を実施。その内容を高く評価した同社とその親会社である名古屋市の岡谷鋼機株式会社から、2年間で2000万円という多額の寄付を本校に頂きました。この寄付を原資に、KOSEN版ウェザーステーションのビジネスモデル化に向けた装置の改良や、ワイナリー用ぶどう畑環境モニタリングシステムの構築など、農業ICTの研究を進めています。
KOSEN版ウェザーステーションとは、本校の神田和也副校長が他高専の6名の先生方と共同で開発した装置で、設置箇所の温度・湿度・風速・風向・気圧・降水量・日射量等をモニタリングし、3G通信でサーバに送信。農作業計画に役立たせることを目指しています。学生がこのウェザーステーションの製作に関わり、地域農業事業者との交流の場を経験させることで、実践的なIoT人材の育成が進められます。
こうした域内における次の世代を担う人材の輩出は、まさに本校に期待される役割です。また、農業のみならず防災・観光・福祉分野への展開も見込めることで、地域産業を幅広く多面的に支える人材の育成にもつながります。
グローバルな活動についてお聞かせ下さい。
本校には、4年生に進級する際に、4つのコースから4名ずつ計16名を選抜し、長期にわたり学外で英語による研究機会が与えられる「エリート養成アドバンストスチューデント制度」があります。この制度のベースになっているのが、海外の大学との盛んな交流です。海外の19大学と学術協定を結び、約30の海外教育機関と連携しています。このような環境の中で鶴岡高専の学生の卒業までの海外留学経験率は25%に達します。これは、1学年160名のうち40名も留学している計算になります。
近年は、台湾の長庚大学と学術協定を締結しました。同大学は医学部と工学部を持つ台湾有数の私大です。まずは本校の教員数名が向こうで研究発表を行い、同大学の先生も来校する他、2名の学生が本校で約1ヶ月にわたり研究を行いました。現在は本校の学生を送り込む構想を進めています。
発展著しいタイでは、本校の神田副校長がJICAのプログラムで現地のラジャマンガラ工科大学と共同研究の形で、ウェザーステーション設置による農業のIoT化を支援する準備を進めています。
インターネットの発達した今は、研究論文の参照や技術調査の多くが鶴岡に居ながら可能です。ですが、フェイストゥフェイスの出会いはコミュニケーションを深め、シナジーをもたらします。何よりも外に出ることは学生の成長を大きく加速させる経験となります。本校が庄内地方を代表する高等教育機関という役割を全うする意味でも、海外交流は今後ますます盛んにしていきたいと考えています。
髙橋先生のご経歴を簡単に振り返って頂けますか。
私は岩手県の盛岡第一高等学校から東北大学の工学部に進み、同大学院で博士課程を単位取得退学。東北大学の工学部助手、講師を経て山形大学の講師、助教授、教授と歩を進め、2016年に鶴岡高専の校長に着任しました。このように東北地方で歩んできた研究者のキャリアですが、30歳になる直前の一時期のみ、英国のバーミンガム大学に博士研究員として勤めました。
研究者としての専攻は、「液体混合」です。樹脂の中に金属を混ぜて導通性を持たせるとか、生分解性プラスチックの開発などの応用を目指す研究です。この領域で執筆した論文数は国内で最も多いと自負しています。
ただ、これまでずっと学究機関に所属してきた訳ではありません。47歳の時に山形県庁に出向し、科学技術振興室副主幹、研究・技術振興主幹を務めています。この行政で奉職した3年間は、今でも私にとって大きな意味を持っています。現在の産学連携を推進するノウハウを習得できましたし、問題点を発掘し、分析し、人を動かし、解決に向けた具体策につなげていく力を養えたと思います。
高専の在学生および卒業生へのメッセージをお願いします。
一言に集約するなら「失敗を恐れるな!」ですね。
日本には失敗が許されない風潮が残っているように感じますが、それを意識したら新しいものがなかなか生まれてこない。例えば日本人は新しい学問の分野を創っていくのが苦手ですが、欧米の研究者たちは時に突拍子もない分野を拓きます。彼の地には失敗しても大らかに許される風土があるからでしょう。
失敗を恐れて挑戦に背を向けるのは、可能性を放棄していることと同義なのです。
私も渡英した時には大きなチャレンジをしました。それまでタッチしていなかった「気液混合」に研究をシフトしたのです。行政に出向した際も慣例に影響されずに様々な新施策を立ち上げています。そうした挑戦の数々は、期待以上の成果をもたらしてくれました。
研究者として、技術者として、果敢にチャレンジし、それでも失敗して行き場がなくなったら、高専に戻ってくれば良い、私はそう思っています。