高専インタビュー
佐世保高専は、日本のものづくりの根幹を支える高等教育システムの理想を追求し続けています。
-
高等専門学校(以下、高専)は、15歳から20歳に至る学生の多感な成長期に、実験や演習を伴った実践的な技術教育を施す教育機関です。本科5年卒業後は、就職や専攻科への進学に加え、大学の主に3年次に編入するというケースも多く、さらに専攻科修了後は、就職ばかりでなく大学院進学も増え、その進路は多様化しています。高校から大学への進学と比較すると、広範囲の科目を網羅しなければならない大学受験勉強とは距離を置いて、高専では専門性の高い学習に集中できるという特徴を持ちます。
こうした教育機関としての特性は、どのような意義を持つのか。一般的な6・3・3・4制の進学区分とは異なるポイント並びにそこから導き出される成果はどのようなものか。そうした観点を中心に、長崎県内で学業に秀でた中学生の数多くが進学を希望する佐世保工業高等専門学校(以下、佐世保高専)の東田校長に、同校の教育施策について伺いました。
(掲載開始日:2019年6月11日)
佐世保高専の概要と高専教育への想いについてご紹介下さい。
佐世保高専は、昭和37年に開校した最初の国立高専12校のうちの一校です。長崎県第二の都市である佐世保市は古くから天然の良港として発展した都市で、漁業に加え造船業でも栄えています。本校は、そうした佐世保市及び長崎県北部の発展に寄与する技術教育機関となるべく誘致され、高専一期校として開校しました。現在は、機械工学科、電気電子工学科、電子制御工学科、物質工学科の準学士課程の学科及び、複合化した工学分野で創造性豊かな応用力を養成する学士課程の専攻科を設けています。
私は本校の11代目の校長として2016年に着任しました。これは私自身が心の奥底から望んでいたことでした。
発端は2人の学生との出会いです。
数年前、私は九州大学の教授であり、構造材料としての鉄の研究を担っていました。研究室には20名弱の学生が所属しており、指導を行なっていく中で、ある日2人の学生が「先生、こんなものをつくってみました」と、私の名前を彫ったオブジェのようなものを嬉しそうに目の前に持ってきたのです。それは実験用に導入したばかりの金属加工機械をさっそく使って製作したもののようでした。
私は深く感心しました。2人の自発性や創造性、それに何よりも、ものづくりを心から楽しもうとする純粋さに心を打たれたのです。実は、最近の学生は素直で優秀なのだが、感情の発露という点では少々物足りないなと懸念を抱いていました。それを覆してくれたのですから、嬉しさは層倍でした。2人は他の学生とどこが違うのだろう……そんな私の疑問に答えてくれたのは研究スタッフの一言でした。
「彼らは高専の出身なんですよ」と。
私はこの時点から高専教育に興味を抱き、その実践的な技術教育や、早期から専門的な技術体系を修得できる事実を知れば知るほど、教育に携わる者として感銘を受けました。さらに、具体的な対象物を元に教育が展開される高専教育だからこそ、学生の一人一人に「技術を磨き、社会で役立たせたい」というモチベーションが生まれるのだと痛感しました。そして、これこそ今の日本に足りない人材を生み出せる、日本のものづくり文化に欠かせない教育機関であると確信したのです。
佐世保高専の特徴的な取り組みを教えて下さい。
以上のような背景を持って本校の校長を拝命した私は、高専教育に敬意を持って従来の方針を踏襲しつつ、さらに今の時代にアップデートさせる施策を進めてきました。
そうした一つに、「AI時代を先導する人材育成~データサイエンスを通じて~」という取り組みがあります。これは、AI及びIoTが急速に発展する中、あらゆる技術領域においてデータサイエンスを活用し、新たな価値を創出できる人材の育成を図るものです。
本校ではこのコンセプトに従って、平成27年10月に九州大学マス・フォア・インダストリ研究所* と包括的連携協定を締結。本科の全学科横断で1年生から5年生まで段階的に数学を活かしたものづくり教育を実施し、専攻科では専門工学分野で高度な数学的考察・処理能力を発揮できるプロフェッショナルの養成を念頭に置いた「産業数理技術者育成プログラム」を導入しています。
*マス・フォア・インダストリとは、純粋・応用数学を、産業界の発展に寄与する未来技術の創出基盤とするべく融合再編させた数学の新研究領域のこと。九州大学マス・フォア・インダストリ研究所は、佐世保高専第10代校長 中尾充宏先生らが九州大学教授時代に立ち上げたもの。
地域社会との連携についてお聞かせ下さい。
これまでに地域の産業界と様々な取り組みを行ってきた本校ですが、前述のデータサイエンスの指導領域で、早くも数々の地域貢献の成果が見られるようになってきました。
一つの例は、魚の自動仕分けシステムの開発です。佐世保近海は天然の生簀(いけす)のごとく多くの魚種に恵まれ、全国2位の豊富な水揚げ量を誇ります。ところが、様々な魚が網にかかることが、かえって魚種の選別・仕分け作業の負荷を増大させるという問題をもたらしていました。さらに現場では、仕分け作業者の高齢化による人材不足・技術継承の断絶といった問題が喫緊の課題となっています。
仕分け作業には熟練が必要であり、手が足りないために休漁するといった本末転倒の事態もあるのです。これまでにも背びれの形状や色・柄といった特徴抽出による自動選別機がありましたが、選別精度が低いことから実用性に欠けていました。
そうした状況を知った当時電子制御工学科の5年生であった志久寛太(しく かんた)さんが「ディープラーニング」を活用し、約2000枚の写真を用いて魚種を学習させ、ベルトコンベアに流れてくる魚種を瞬時に自動判別するシステムを開発しました。漁業関係者からは「極めて精度が高く実用的であり、人手不足を一気に解消できるどころか、全国でも需要があるはずだ」と高く評価されました。
他にもディープラーニングの活用において、本校の坂口彰浩准教授が、養殖魚に被害を及ぼす赤潮の発生原因となるプランクトンの自動検出システムの開発で成果を上げています。これまでは海水を収集し、専門家が顕微鏡で赤潮をもたらすプランクトンの種類や個体数を確認していました。ところが、それでは検査結果が判明するまでに約半日の時間がかかるため、事前に赤潮対策を取りたい養殖業者は、より素早い検査結果を求めていました。坂口准教授は、専門分野の砥粒(研磨に用いる硬い粒子)研究の知見を応用し、数あるプランクトンの中から赤潮を引き起こすプランクトンをわずか15分で検出できるという、養殖業者の期待に十分に応えられるシステムを実用化したのです。
AI以外では、サイバーセキュリティに関するボランティアも活発に行っています。この活動では、長崎県のサイバーセキュリティ研究会に参加する本校が、長崎県警と連携して小・中学生にネットに潜む危険性やその対処法を教えています。実際に本校の学生が県内各地の小・中学校を訪問し、生徒に寸劇を交えるなど分かりやすくインターネットでのトラブルを未然に防ぐことの大切さを伝えています。
グローバルにはどのような取り組みをされていらっしゃいますか。
高専の教育システムの有用性と意義を高く評価しているのは、国内の産業界だけではありません。技術振興に向けた人材育成を図る海外各国の中に日本の高専教育を注視している国が少なくないのです。
国立高専機構は近年、タイ、ベトナム、モンゴルにおいて教育機関における高専システムの普及に協力してきました。この中で、モンゴルの高専はいよいよ2019年6月に卒業生を社会に送り出すところまで来ました。その新モンゴル高専の学校長であるシルネン・ブヤンジャルガル氏は、実は本校の卒業生です。ブヤンジャルガル氏にお会いした際、「高専で受けた教育は、私が人を育てる理念の根幹となっています。ですから、日本式の高専を母国でつくりたかったのです」と、おっしゃって頂けました。
この縁もあり、本校は新モンゴル高専との間で教育、研究の分野について相互に協力することを目的とする学術交流に関する覚書を締結しています。学生や教員の相互交流は、今後ますます活発化することでしょう。またタイでは、本年5月に教育省の胆入りで新たな高専が開校されました。これには日本の高専から派遣された教員が直接、その立ち上げに関わるなど今後の発展が期待されます。
佐世保には米軍基地があることから多くの米国人が居留しています。学生たちが県内の小・中学校で科学の面白さを伝える出前授業を定期的に行っている本校は、アメリカンスクールにも足を運んでいます。言葉の壁などありません。米国人の学生たちも、本校の学生が拙い英語で行う科学の授業に目を輝かせるのです。学生たちも国際交流の第一歩として、米国の学生たちとの科学を通したコミュニケーションに、十分な手応えを感じているようです。
東田先生のご経歴を簡単に振り返って頂けますか。
私は京都大学工学部を卒業後、同大学院工学研究科に進学し、修士課程と博士課程を終え、研究生を経て京都大学工学部助手として在籍中の昭和59年に、工学博士となりました。その後、平成4年に九州大学工学部助教授に昇任し、平成19年からは九州大学工学研究院教授として教育と研究に当たりました。そして、平成28年に現在の佐世保高専校長に着任しました。平成30年からは国立高専機構の理事も兼務しています。
研究者としての専門分野は、先にも申した通り材料工学です。主な研究内容・テーマは、結晶性材料の力学物性・転位論に基礎を置いた、加工硬化機構、高靭性化機構、強度と延性の両立を目指した新たな加工組織に関する理論と実験研究となります。平たく言えば、鉄などを中心とする金属の組成を電子顕微鏡で観察し、より有用な材料を現出するための理論の検証と構築を進めていくというものです。一般の方々の関心を引き寄せるような研究領域ではありませんが、産業界の発展を支える重要な学問だという自負を持って取り組んできました。
昨今は、「選択と集中」という言葉の意味を曲解し、成果が目に見えやすい技術領域ばかりに世間の耳目が集まり、若い研究者の関心もそこに集中し過ぎる傾向にあるような気がしてなりません。日本が世界に誇れる技術の厚みや深みは、多彩な領域でたくさんの研究者が地道に取り組んできた蓄積に由来するはずです。私自身としては、本校の学生に、誰も手がけていない領域に果敢に挑む重要さを訴求したいと思います。
高専の在学生および卒業生へのメッセージをお願いします。
全国に51校を展開する国立高専は、当初から地方との結びつきを重視してきました。今もたくさんの卒業生が、出身地・卒業地における中核人材を担っています。一方で、中央の産業界にも優れた多数の人材を輩出し、大手企業の技術開発で大きく貢献した卒業生や経営のトップを務める卒業生も珍しくありません。
いずれも、高専教育に大きな意義を感じている私にとっては、とても心強く喜ばしいことです。ただ、人材の流動化がいっそう進むと考えられる今後は、中央での成功をめざす在学生にも、都会で活躍する卒業生にも、人生のどこかのタイミングで出身地を振り向いてもらう機会を持って欲しいと考えます。
地元企業への転職とは限りません。リタイア後の再スタートでも良いのではないでしょうか。高専で培った「真の技術力」と「ものづくりへの熱いマインド」は、その時でも十分に発揮され、故郷に大きな貢献ができるでしょう。