高専インタビュー
多様化する社会に対応する人材の育成に向け、明石高専は先駆的な教育施策を推進しています。
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技術系の人材として、製造業や建設業ばかりか、近年は学術分野においても高い評価を得ているのが高等専門学校(以下、高専)の出身者。その中でも、世界的な企業の重職や数々の受賞歴を持つ建築家を輩出する等、際立った人材育成で知られるのが、兵庫県の明石工業高等専門学校(以下、明石高専)です。
今回は同校の様々な施策を牽引する校長・笠井秀明先生にインタビュー。明石高専の教育・指導の特徴と、実績そして、そこに込められた想いや明石高専を取り巻く状況・課題について、率直に語っていただきました。
(掲載開始日:2018年1月22日)
明石高専の概要についてご紹介下さい。
明石高専は、機械工学科、電気情報工学科、都市システム工学科、建築学科の4つの学科と、機械・電子システム工学専攻、建築・都市システム工学専攻の2つの専攻科で構成される高等専門学校です。
開校したのは昭和37年。「国立学校設置法の一部を改正する法律」により、最初の国立工業高等専門学校12校の一つとして設置されました。
当初は、機械工学科、電気工学科、土木工学科の3学科でスタートし、初年度は仮校舎にて開校式および第1回の入学式を執り行ったそうです。それ以来、明石高専は兵庫県内で最も入学難易度の高い進学先の1つとして、トップクラスの学力水準を持った中学校卒業生を受け入れてきました。
また本校は、5年間の学科を卒業した後に旧帝大をはじめとした難関大学への編入学を果たす卒業生が多いことでも知られています。
卒業生が社会に出てからの活躍も目覚ましく、実際にトヨタ自動車(株)や川崎重工業(株)、(株)大林組、関西電力(株)、大阪ガス(株)、全日本空輸(株)(ANA)、西日本旅客鉄道(株)(JR西日本)等といった有名企業に多数の卒業生が就職します。加えて、入社後は事業の軸となるような根幹的な技術を任せられているケースが多いと聞きます。
各界のリーダークラスとして活躍する卒業生も少なくありません。
数例をあげれば、2009年度日本建築家協会中国建築大賞を受賞した神家昭雄氏や、高砂市副市長として技術部門や地方自治行政全般の舵取りを行っている冨田康雄氏、インバウンド向けインターネットサービス企業として注目を集めるeConnect Japan(株)社長の小山修平氏、落語家で2009年の第4回繁昌亭大賞を受賞した笑福亭銀瓶氏が本校の卒業生です。
明石高専が注力して取り組んでおられる施策を教えて下さい。
学生が能動的に学習に取り組む「アクティブ・ラーニング」の導入があげられます。(独)国立高等専門学校機構から、本校はアクティブ・ラーニングの推進校に指定されており、文部科学省の大学教育再生加速プログラム「テーマⅠアクティブ・ラーニング」にも採択され、国内外から視察にお見えになる教育関係者が増加しています。
従来の教員が学生に対して一方通行的に知識や情報を伝達する教育ではなく、学生が主体的に動き、問題解決体験や調査・発見体験を通して理解を深める学習方法がアクティブ・ラーニングです。本校では通常のカリキュラム内でも、学生の自ら考える力を引き出すことを重視していますが、アクティブ・ラーニング自体を通常の授業から独立させ、その成果を充分に引き出すことを目標に、「Co+work(コプラスワーク)」と名付けた授業を個別に実施しています。“Co+”とは、“Communication(コミュニケーション)”、”Consensus(コンセンサス)”、”Cooperation(コーポレーション)”、”Connection(コネクション)“といった力をプラスするという意味を込めています。
Co+workは、2年生から4年生の全学生、約500名を学科・学年横断で60のグループに振り分け、8名構成の1チームが一体となり、1年間にわたり自分たちで決めたテーマに従って活動していく授業です。
Co+workの目的は、本校を卒業後に学生たちが社会に出て、考え方や生活文化が異なる多様なタイプの人々と接しながら生きていく中、目的に向かって主体的に仕事を進めていく能力を身につけることにあります。
実際に、学生が他学科・異学年のチームメンバーと深く関わることによって、自立、協働、創造の能力を養成することに主眼を置いています。だからこそテーマの領域は限定せず、社会の諸課題の一つを取り上げ、その解決策を検討していくような内容がメインです。また、チームで取り組んだ活動内容は、報告会で発表されます。
産業社会や地域との連携についてお聞かせ下さい。
日本標準時子午線の通る明石市は、平野部に国内有数企業の工場や研究所が集積する一方で、穏やかな瀬戸内海に面する風光明媚な場所です。
このようなエリアに創設された明石高専は、地域企業や自治体と連携した様々なプロジェクトを推進しています。
平成25~26年度には、高等専門学校改革推進経費「地域特性を活かした地域貢献プロジェクトによる教育研究の質の向上 ―地域貢献・研究・教育の融合による地域の協創―」が採択され、東播磨地域を中心として様々な地域貢献活動を行ってきました。その際の地域貢献プロジェクト事業は終了しましたが、「竪穴住居復元プロジェクト」や「明石まちあるきマップ」の作成等、現在も継続中のプロジェクトが多数あり、活発に活動しています。
他にも、産業界との共同研究として「燃料電池の電解質膜の劣化機構および電極触媒における反応過程の解明と材料設計」や、「医療・福祉現場で活躍する回診ロボットテラピオの研究開発」等に携わりました。他にも川崎重工業(株)明石工場からの受託で「モーターサイクル工場のディスプレイ製作」、兵庫県建築士会明石支部ならびに稲美町と「阪神淡路大震災を語り継ぐ地域防災教育」等、ここでは紹介しきれないほどのプロジェクトを実施しています。
プロジェクトにおいてはOB・OGが起点・媒介者となっている場合が少なくありません。それは本校から数多くの卒業生が、地域の有力企業や自治体に就職しており、柔軟かつ迅速な連携の橋渡し役を担っているからです。
このように毎年、産官との協同プロジェクトに数多く取り組んでいますが、一方で現状の共同研究や受託研究のスケールは、本校の学生のポテンシャルからすれば、まだまだ十分に拡大することが可能だと考えています。
日本全体の共同研究費や受託研究費を見ても、グローバルな水準に追いついているとは言えません。イノベーティブな成果を社会全体から引き出すという観点から、国内企業は欧米のように巨額の研究開発費を国内の高等教育機関に投下し、コラボレーションを活発化するべきだと考えています。入学当初から研究と実験を重ねて実践的な技術スキルを養っている高専生は、有用な人材として組み込まれて然るべき存在です。
現実問題として、国内の大学等で欧米ほど企業との共同研究や共同開発が進まないのは、依頼先(国内の大学等)の研究・開発を遂行する実力を、各企業が勇気を持って評価・検証する目利きの力を保持していないからだとも聞きます。共同研究等の企業側の実施者のみならず、この評価・検証を担う存在としても、高専出身の技術者社員が力を発揮できるのではないでしょうか。
グローバルにはどのような取り組みをなさっていますか。
前項でも申し上げましたが、明石高専は社会の多様性を柔軟に受け止め、自己の実力を遺憾なく発揮しつつ能動的に社会と関わっていける異文化適応力を持った人材の育成を重視しています。そのため、学生にグローバルな環境に自然に触れられる機会を整えることの重要性を深く認識しています。
高校留学(フィリピン、カナダ)や海外インターンシップ(アメリカ、シンガポール)、国際ボランティア(カンボジア)等、本校では国内外の多様な学びの機会を提供する他、自主参加の「トビタテ!留学JAPAN」(文部科学省事業)といった自ら選択し、深い学びに身を置く機会を段階的に提供しています。
また、世界中の協定校から短期留学生を受け入れ、プロトタイプハッカソン等、本校学生と協働でプロジェクト活動を行うことで、学生がわざわざ海外へ行かなくてもグローバルマインドセットを醸成できる環境も整備しています。
本校は、国立高専として初の海外大学への編入学制度を確立した学校でもあります。そのため、海外留学、編入学の受け入れ先となる海外の大学との連携についても、一層の充実を図っています。
2017年11月には、メルボルン郊外にあるオーストラリアトップクラスとされるモナッシュ大学と編入学の協定を締結しました。調印式の冒頭では、George Simon工学部副学部長より挨拶があり、「本校との提携がこれからの未来と世界を担うエンジニア育成の絶好の機会になる。」との力強いお言葉をいただきました。モナッシュ大学側は、明石高専の技術教育レベルを厳しく精査し、結果、高く評価いただいた上での合意だったと伺っています。
この提携により、オーストラリアのもう一つの有力大学とされるクイーンズランド工科大学、イギリスで最も研究力が高いと評されるサウサンプトン大学に続く、3校目の海外編入学先となりました。
また上記以外にも、私が大学の研究職時代に縁を持ったドイツのアウグスブルグ応用化学大学からも、短期留学生の受け入れプログラムが届いています。
笠井先生のご経歴を簡単に振り返って頂けますか。
私は大阪大学で博士号を取得後、同大学に在籍する研究者として「物質の構造的・電子的・動的特性の理論的モデリング及びシミュレーションの研究」に邁進してきました。特に水素には継続的に着目し、物性理論の追求・構築とともに、その工学的応用においても幾つかの実績を残しています。
2001年にはトヨタ自動車(株)との共同先端技術開発に臨み、「水素貯蔵」をテーマに一定の成果をあげることができました。この時は燃料電池の研究開発を進めている研究者とも密に接触しましたから、公道を走り始めたトヨタのFCV(燃料電池自動車)である「MIRAI」にも幾何かは貢献できているのかもしれません。
また、大阪大学では指導担当教授として45名の学生の博士号取得を支援しました。彼らは現在、大学の中枢を担う研究者となっているだけではなく、国内外の企業、民間の研究機関、中央官庁等でも活躍しています。
高専の在学生および卒業生へのメッセージをお願いします。
国境を越えて産学官の広範囲な領域に人脈・ご縁をいただいている私ですが、一つ大いに誇りに思っている点は、旧知の仲と再会すると彼らは決まって、「高専出身者は極めて優秀だ。どのような教育を施しているのか。」と、口を揃えることです。
お世辞ではありません。
具体的な技術に関する所感や実績を引き合いに出して、その実力を賞賛するのです。社会は高専生の真の優秀さに気付き始めたと言えるでしょう。
高専在校生の皆さんも、高専卒業生の皆さんも、技術者としてのキャリア形成と実力面に確たる自信を持ち、学習や研究開発、設計等に邁進していただきたいと願っています。