高専インタビュー
高専OGが校長に就任した鹿児島高専。熱量の高い校風を活かし、 学生の自己肯定感を高める高専教育を実践。
-
昭和37年に第1期校が設立されてから60年以上が過ぎた高等専門学校(以下、高専)。
設立当初の日本は高度経済成長期であり、工業が急速に発展する中、高専は主に製造現場の技術を支える人材を育成するという社会的要請に応えていました。その後、高専出身者が活躍するステージは企業の開発・設計領域やアカデミアへと広がり、グローバルに躍進するエンジニアも増え、近年は著名企業やスタートアップの経営を担う卒業生も見られるようになりました。
もう一つ、この60年余りの高専の歴史の中で大きく変化してきたのは、女子学生の増加です。
昭和の時代は男子学生が大半だったところ、平成から令和へと時代が進むにつれて高専の女子学生比率は高まり、近年は学生の約23%が女性となっています。
そして令和5年には鹿児島高専に高専OG初の校長として上田悦子先生が就任されました。
上田先生は奈良高専を卒業後、大手電機メーカーに就職し、その後に奈良高専の専攻科に戻ってから奈良先端科学技術大学院大学に進学。
博士課程を修了後に同大学院の助手、奈良産業大学の准教授を務めた後に奈良高専の教授に就任しています。
さらにその後、大阪工業大学ロボティクス&デザイン工学部の教授を経て現在に至ります。
今回は、そんな上田先生に鹿児島高専の特徴的な取り組みと、高専の学生への先輩としての想い、そしてOGの立場で上田先生が目指す次世代の高専について語って頂きました。
(掲載開始日:2024年6月6日)
鹿児島高専の概要をご紹介下さい。
昭和38年に設立された鹿児島高専は、本科(5学科)と専攻科(3専攻)を有し、鹿児島県では数少ない工学系の高等教育機関としての使命を果たしています。
他の国立高専にも同様な取り組みが見られますが、技術者や研究者としてデジタル社会を歩んでいく中で必須のリテラシーとなりつつある「数理・データサイエンス・AI教育プログラム」や、イノベーションを引き起こすアントレプレナーを育む「鹿児島高専スタートアップ教育環境整備事業」等を通して、世界に向けて未来を築いていく人材を鹿児島県から送り出していく一翼を担っているのです。
また、イノベーティブなものづくりなどによって今後の社会を牽引していく人材は技術の複合領域・融合領域から輩出されるとの考えから、学科を横断した授業や学生たちの相互交流を進めています。
すでに1年生はそれぞれの学科から8名ずつ集まった40名で編成する混合クラスとなっていますし、技術領域の垣根を超えた横断的な教育がいっそう可能になるような仕組みづくりも構想しています。
鹿児島高専らしさや特徴的な取り組みについて教えて下さい。
本校が次代の期待や要望を先取りした工学教育を追求する一方で、過去60年の歴史の中で積み重ねてきた特徴ある文化も尊重し、継続していかなければならないと私は考えています。
私の着任前から本校は「ウェルビーイング指向の教育」に学校全体で取り組んできました。
ウェルビーイングとは心身ともに満たされた状態のことを言いますが、学生に本校の一員であることに満足や納得を感じてもらえることを重要視した学校運営を行なってきたのです。
学生一人ひとりがウェルビーイングになるには…それは自己肯定感を保つことに他なりません。
この自己肯定感を学生に持ってもらえるよう、私たち教員側は多様な評価軸を持って学生に接しています。
試験結果だけではなく、授業中の発言や実験内容、レポート…それに部活動やコンテストなどの課外活動での頑張り、さらに休み時間の教室や寮生活で発揮されるキャラクターも含めて、あらゆる角度から “ その人 ” が認められる雰囲気が醸成されているのだと言えます。
高専の新入生は、中学生時代はクラスでトップを争う上位の成績を収めてきた優秀な人ばかりです。そんな学生が高専入学後に成績順位で下位になってしまうと、自分を見失いかねません。
しかし、こうした学生一人ひとりを取りこぼすことなく尊重していくには、学生指導を行う先生方、更には職員方の中に、一人一人の学生を見守り、支援するという途轍もない熱量が必要になります。
実際に鹿児島高専の先生と職員の方々には、学生たちのためになるのなら何でも取り組もう、すべての学生たちを支えようという熱さが息づいています。
そしてこうした学生全員を暖かく見守り、未来へと送り出していく風土こそが、鹿児島高専の最大の特徴だと、就任してから私が感じてきたことなのです。
そんな教職員たちに支えられた学生たちの日々の活動はポジティブなものになります。
令和4年度高専英語プレゼンテーションコンテストで特別賞を受賞し、過去にはロボコンの全国大会優勝経験もあるなど、各種高専コンテストで数々の好成績を収めてきた本校ですが、何と言ってもスポーツ系の高専大会では特に優秀な結果を残しています。
特にサッカー、バドミントンの競技では高専各校から強豪と目されています。
こうしたスポーツ活動についても教職員の熱意は相当なものであり、ここでも多くの学生に自己肯定感をもたらしています。
そんなスポーツが得意な本校だけに、10月に行われる高専祭の中の体育祭にどの学生も例外なく熱中します。
体育祭は学科ごとにチーム分けされ、同じ学科の学生たちは一体となって他の学科と競います。
各学科はチームカラーを有し、機械工学科は白、電気電子工学科は緑、電子制御工学科は赤、情報工学科は青、都市環境デザイン工学科は黄色の衣装に応援団が身を包み、髪を同色に染め、各種競技に挑む仲間たちを鼓舞するのです。
見逃せないのが、応援席の後方に組まれた櫓に立てかける数メートル四方の巨大な板に描かれた櫓絵(やぐらえ)です。
この櫓絵の前で、応援団たちは一糸乱れぬ演舞を披露します。この応援団に入りたいがために入学してくる中学生もいるほどです。
鹿児島高専の地域連携についてお話し下さい。
本校を支援頂いている産学官交流組織が鹿児島高専テクノクラブ(通称 KTC)です。
南九州地域の有志企業と地域との交流推進による教育・研究成果を地域に還元することを目的に平成10年に設立されました。
現在では南九州に本社や研究開発拠点、製造拠点を持つ約100社の企業に加え、鹿児島県商工労働水産部、鹿児島県工業技術センター、かごしま産業支援センター、鹿児島市、霧島市、日置市(ひおきし)等19の公的団体が特別会員として加入しています。
教員との共同研究や社会実装教育での連携はもちろん、学生の長期休暇時に工学的な業務のアルバイト機会を提供するインターンでもご支援を頂いています。
地場の優良企業はもとより、トヨタ車体、ソニーセミコンダクタマニュファクチャリング、京セラといった有名企業の参加もある他、KTC企業間の交流も盛んであり、本校を軸に様々な地域産業活性化が進められています。
学生たちの活躍をご紹介下さい。
各種高専コンテストや高専スポーツ大会以外でも、本校の学生は外に向けて様々な活動で成果を上げています。
ここでは代表的な2つの成果を紹介しましょう。
一つは、奈良先端科学技術大学院大学が主催する「NAIST STELLA プログラム」に本校から5名の学生が参加したことです。
NAIST STELLA プログラムとは、高校の生徒と高専の学生を対象にした人材育成プログラムで、参加者が興味を持っている領域の知の探求を奈良先端科学技術大学院大学の教授や大学院生が支援し、新たな価値を共創していくという内容です。
本校から参加した、電気電子工学科3年生の礒道 宥与(いそみち ゆうと)さんと、同じ学科・学年の安部 流騎士(あべ るきと)さん。
礒道さんは脳波の解析をしたいという興味をきっかけに、時間の経過によって価値の大きさが変化する「時間割引」について掘り下げた内容で、環境問題の進め方に役立つのではないかと考えてトライしました。
安部さんは、AIを用いたアプリケーションを作りたいという意欲から、NAIST STELLAプログラムでAIに関する研究を進め、3目並べ※の最善手をAIが生成するプログラムを仕上げました。現在勝率は9割5分となっています。
礒道さんは2年目に入って論文化を目指す一方、安部さんは将来の留学を目指した準備に入りました。
もう一つは、起業クラブでの2人の学生の成果です。
電気電子工学科4年生の谷 黎音(たに れお)さんと情報工学科2年生の留盛 凛香(とめもり りんか)さんが令和5年の9月にスタートしたプロジェクトが軌道に乗り、起業に向けてMVP(Minimum Viable Product:顧客のニーズを満たす最小限のプロダクト)のサービスを試しているところです。
その内容は、その日の天気、気温、シチュエーションに合わせて、最適な服をAIがLINE経由で教えてくれるというサービスです。
事前に持っている服を登録しておくことで、ユーザーは毎朝の服選びに困らずに簡単にお洒落ができるというサービスで、谷さんがプログラムや通信機能を、留盛さんがデザインを担当し、アイデアは2人で持ち寄って完成しました。ユーザー数は確実に増えているようです。
※3目並べ:3×3の格子に交互に「〇」「×」を書き込んで3つ並べるゲーム
上田先生のご経歴を簡単に振り返って頂けますか。
大阪府出身の私は中学時代に数学の面白さに目覚め、将来コンピュータに関わる職業に就きたいと考えるようになり、高専への進学を考えました。
奈良高専を選んだのは家から通いやすい場所にあったからです。
私は電気工学科に入学しましたが、女子学生は私だけで、同学年には他に化学工学科に3人いるだけ。でもそれ故にとても仲良くなれました。
当時の高専に女子学生は珍しく、今では約2割を超える女子学生という現状は、隔世の感がありますね。
授業はかなりレベルが高く、難しい内容を学ぶことへの楽しさを感じていました。
その一方で、先生が黒板に書いた数式の間違いを見つけるのがすごく楽しく、弓道部にも属し全校大会に出場したことを含め高専生活を満喫していました。
その後、シャープ株式会社のインターンシップに参加したことをきっかけに、卒業後は同社に就職しました。
そこではCADを使ってプリント基板のソフトウェアを開発していました。
そして結婚と出産を機に正社員を辞めて同社のアルバイトになったのですが、技術の第一線に戻りたくなって学位を取るために奈良高専の専攻科に35歳で入り、奈良先端科学技術大学院大学に進学。そこで博士課程を修了しました。
その後に奈良産業大学の准教授になり、2010年に母校である奈良高専の教授に就任したのです。
奈良高専では、バレエや日本舞踊の優美に見える身体表現を数式で表してロボットに応用していく研究を行いました。
その後、研究をさらに究めるために大阪工業大学のロボティクス&デザイン工学部の教授として転職しました。
そして、本校への校長としての着任は、当時の奈良高専の校長だった後藤 景子先生にお声を掛けて頂いたのがきっかけです。
その頃には高専に恩返ししたいと思うようになっていたのですね。
高専の在学生及び卒業生へのメッセージをお願いします。
私は高専に本科においても、専攻科においても、教員としても、育ててもらったと感じています。
高専の中に居ると他の学校と比較するのは難しいかもしれませんが、私のように様々な学校で学生や教員を経験してきた立場から見ると、高専はとてもユニーク且つ高度な教育と人間形成の機会を手厚く受けられる場所に思えます。
素晴らしい教育機関であり、ここで学ぶことを皆さんは誇って良いと思います。
また、せっかくそうした学校に入学した在校生の皆さんには、ぜひ目一杯、高専の醍醐味を満喫してほしいと思います。
卒業生には、高専で得た価値のある経験やスキルを堂々と社会の中で活かしてほしいですね。
最後に、女子学生やOGの皆さんに言いたいのは、皆さん一人ひとりが、女性研究者や女性エンジニアとしてのロールモデルになれるということです。
数学や理科を好きな小中高生がこれから目指したくなるようなキャリアを歩んでもらいたいのです。
卒業して何年か経ち、技術の現場から遠ざかっている方であっても、リカレント教育の機会は必ず探し出せるはずです。
私はシャープを退職後、35歳の時に専攻科に復学しました。
最初から最前線である必要はありません。
理系女子として活躍したいという意欲を、母校も、高専の仲間も、それから多くの企業やアカデミアも、きっと応援してくれることでしょう。