高専インタビュー
グローバルイノベーターへの最適解を追求し、英語でSTEM授業、3年生全員のNZ留学、金沢工業大学との共学等を実施しています。
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全国の高等専門学校(以下、高専)は、文部科学省の告示する高等学校学習指導要領の制約を受けないことから、社会実装教育やPBL(問題解決型学習)の大幅な導入など、実践的かつ高度な工学系の高等教育の自在な運用を可能にしています。
そして、大多数を占める国立高専以上にカリキュラム等に関する自由度が高く、それぞれが独自の理念で教育に臨んでいるのが全国に3校の公立高専ならびに私立の4高専です。
特にオリジナリティあふれる個性豊かなグローバル教育の実施で知られているのが、石川県の金沢市と白山市にキャンパスを構える国際高等専門学校(以降、国際高専)です。同校の前身は金沢工業高等専門学校であり、国際高専に生まれ変わる平成29年までは国立の各高専と近似した学科編成やカリキュラム内容でした。それが、平成30年に行った国際高専という名称変更に相応しい、世界に視野を広げた大胆な教育改革が行われてきたのです。同校がどういった想いから何をどう刷新し、どのような教育が誕生したのか。同校の鹿田校長に伺いました。
(掲載開始日:2023年6月7日)
国際高専の概要をご紹介下さい。
白山麓の自然豊かな中で先進技術の基礎を英語で学ぶ1年生と2年生。全員がニュージーランドに1年間の留学をして世界中から集まった学生たちとともに学ぶ3年生。帰国後は金沢市郊外の金沢キャンパスに学び舎を移し、金沢工業大学(以下、金沢工大)と連携した授業や研究で専門性を高める4年生と5年生。…そんなユニークなスクールシステムを2018年の名称変更時点から導入している国際高専の現在の姿は、2014年にルイス・バークスデール前校長が本校の前身である金沢高専の校長就任にあたって述べた所信表明演説にて基本理念が示されました。
新しい国際高専となる教育機関がどのような存在であるべきか、果たすべき役割は何か、そしてどのように進むべきか、行動と指針となる「金沢高専2020 Vision」に、そのコンセプトが明確に取りまとめられていたのです。
バークスデール前校長が教育目標に掲げたのは、「個を輝かせ、他と協働し、新たな価値を創出するグローバルイノベーターの育成」でした。そしてこの目標を達成するためのキーワードに、「人間形成」、「CDIO*」、「グローバル」、「金沢工大進学」、「最上の教育」の五つを挙げました。そして本校はグローバル人材を育成する教育機関のフロントランナーの気概を持ち、学生の能力向上、社会貢献、学園の発展に向け、学校全体のグローバル教育の遂行に着手したのです。
そうして、日本では初めてとなるCDIOへの参加や、金沢工大との連携体制の構築、さらに工学で英語を、英語で工学を学習する機会の拡大、そして新しいタイプの海外派遣プログラムや海外協定校の協力を得た海外インターンシップなどの実施を一つ一つ手掛け、今日に至りました。
*Conceive(考え出す)、Design(設計する)、Implement(実行する)、Operate(操作・運用する)の略で、工学教育の改革を目的として1990年代後半にマサチューセッツ工科大学がスウェーデンの3大学と一緒に考案した教育の枠組。現在CDIOには、36か国、130以上の高等教育機関が加盟し、工学教育の世界標準となっている。
白山麓キャンパスで学ぶ1・2年生の教育について教えて下さい。
本校は国際理工学科の単一学科であり、1学年定員35名の少人数教育が目指すのは「持続可能な未来社会の創造に挑戦する理工系人材」です。そのために白山麓で学ぶ1〜2年生には、サイエンスとテクノロジーを英語で学ぶ「English STEM教育」と、世界標準の工学教育であるCDIOに創造的問題解決のためのデザインシンキングを取り入れた「エンジニアリングデザイン教育」が、国際理工学科長の松下臣仁教授をリーダーとする教員たちによって実施されます。
1〜2年生のEnglish STEM教育に向けて、教員の半数以上に外国人教員を配し、工学の専門教育も基本は英語で行います。エンジニアリングデザイン教育では、AIやIoT、ロボティクス、データサイエンスなどの先端技術の基礎に触れる一方で、問題発見解決プロジェクトの創造的チーム活動を通して、モノづくりやコトづくりのデザイン手法やプロセスを具体的に実証・検証していきます。
また、白山麓に設立された広大な全寮制のキャンパスで学ぶ1〜2年生は、個室を与えられながらも1日の授業を終えた後に共有する時間が多いことから、教員が学生たちの学習を積極的にサポートする取り組みも行われています。平日の16時半から18時頃の放課後の時間や週末に行われるのが白山麓の自然環境体験やロボコン・プロコンといったコンテストの準備、地域の伝統文化体験などに充てられる各種課外活動。
そして平日の19時半から21時半まで行われているのが「ラーニングセッション」です。これは、毎日3名のラーニングメンターとなる教員が、学生一人ひとりの授業の予習・復習、英語発表やレポートの作成、宿題、それに数学や物理など専門基礎科目の英語表記の確認などを手厚くサポートするものです。向学心や夢を持った学生たちに学校側が寄り添う姿勢が端的に表れているグループセッションだと言えるでしょう。
英語学習や3年生のニュージーランド留学について教えて下さい。
南米ガイアナ出身で米国の大学院博士課程を修了され、現在は白山麓に移住して学生たちを指導しているポーリン・ベアード教授は、STEM教育を英語で行うことが本校の英語教育の基本であると語っています。さらにブリッジイングリッシュの授業では、理工系特有の表現やボキャブラリーを学び、理工系の技術をグローバルに探求・習得できるスキルを身につけます。
本校入学時の学生たちの英語力は千差万別であり、帰国子女や中学時代から英語力を磨いてきた学生など、入学時に既にハイレベルの学生が少なくない一方で、英会話が得意ではない学生ももちろんいます。しかし、英語に自信のない学生でも、この学校に入学したからには本気で英語を習得したいと考えています。
ベアード先生によれば、そんな学生の場合、最初はジェスチャーを使ってでもなんとかコミュニケーションを取ろうとするそうですが、1年生の終わり頃にはジェスチャーも少なくなり会話だけで十分にコミュニケーションが取れるようになるそうです。そして2年生の後半には、誰もが留学先のニュージーランド現地で様々な国から集まった学生たちと会話ができるレベルに到達しているそうです。
また、本校の外国人の先生たちは多国籍であることも学生たちに有利に働いています。
ベアード先生はガイアナ出身で本人によればカリビアンアクセントだそうですが、他の先生はイギリス、米国ニューイングランド、エジプト、ニュージーランド、チュニジア、タイなど、それぞれの出身国で話される英語のアクセントであることから、どんな英語アクセントでも聞き取れるようになるということです。こうした英語学習の成果の一つとして、令和3年に高専英語プレゼンテーションコンテストで全国優勝した学生も誕生しました。
3年生に進級すると、提携校であるニュージーランド南島南東部の国立オタゴポリテクニクに、全員が1年間にわたって留学します。同校は本校と平成14年から協定を結んでいる歴史のある国立の高等教育機関です。現地では一般の家庭にホームステイし、海外での生活文化も吸収。学校では世界各国から集まった学生と交流します。カリキュラムは多彩で、英語力をさらに上達させる授業に加え、「工学基礎実技」、「エンジニアリングデザイン」なども行います。専門科目としては「数理工学」を必修科目として履修。それに加え選択科目として、「コンピュータスキルズ」、「プログラミング基礎」、「電気基礎」、「工業力学」、「材料科学」の中から2科目を受講します。
金沢キャンパスで学ぶ4・5年生の教育をご紹介下さい。
ニュージーランド留学から戻った学生たちは、新たに金沢市郊外の広大な金沢キャンパスで、専門性をより高める授業や研究に取り組むことになります。手厚い技術者育成で産業界から高く評価されている金沢工大ですが、同大学と同一の敷地内にあることから、単位互換のある共通の授業を受ける機会は少なくありません。4年生から同大学の研究室へのインターンシッププログラムも開講するなど、金沢工大との間に垣根のない修学環境があり、4年生時から研究室選択を見据えた学び方が可能になるため、同大学へのスムーズな編入学が実現するのです。
そうして5年生になると、海外の企業で社員の一員となって実際の業務に関する問題発見や解決活動に取り組む「コーオププロジェクト」が用意される他、5年生の専門ゼミでは国際高専・金沢工大によるクラスター研究室(分野融合型研究室)の一員となり、AIやIoT、ロボティクスの分野で大学生とともに研究に取り組んで、専門分野のイノベーション創出に挑むことになります。このクラスター研究室の取り組みは実に多彩で、VRを用いたチェアスキーシミュレータの開発、日本遺産(石文化)を活用した街づくり、日本舞踊の流れるような美しさを自動採点するシステムなどの研究室に、本校の学生が加わって活動しています。また、金沢工大は地域企業との課題解決に向けた共同研究や開発を盛んに行っていますが、そこにも本校の学生が加わって活動することもできます。
国際高専の地域連携活動や学生たちの活躍をお聞かせ下さい。
自然に恵まれた白山麓キャンパスの周辺では、地域の方々が農林業などで生計を立てています。社会実装教育を重点的に行うことを掲げる高専ですが、本校も例外ではありません。本校の学生と地域の方々が手を携えて行った課題解決への取り組みの数々が成果を上げています。令和4年では、同地に初夏から秋にかけて飛来する蝶のアサギマダラを地域の活性化に役立てるべく、2年生たちが「エンジニアリングデザイン」の授業の一環でアサギマダラオリジナル商品を企画・製作しました。
同様に、地域の休耕田を活用して「高専紅はるか」の焼き芋販売を、「蕎麦山猫とキジトラコーヒー研究所」とのコラボ商品として高専紅はるかを使ったソフトクリームを共同開発しました。金沢キャンパスの上級生では、4年生の畠中義基さんが「第4回リバネス高専研究費Garage Ota賞」に採択され、研究費の助成を得て小規模農家向け小型自動運転耕耘機(こううんき)の社会実装を目指すことになりました。高専ロボコンでは4年生3名のチームが東海北陸地区大会で優秀な成績を残して全国大会に駒を進め、出場した全国大会でもローム株式会社より特別賞を受賞しています。
そして令和5年のこの春、国際高専1期生の9名が、新たな未来に向かって卒業しました。進学者は5名。このうち4名は希望する金沢工大の学部に編入学しています。そしてもう1名がオーストラリアのニューサウスウェールズ大学に入学しました。同大学はQS世界大学ランキング2023にて世界45位に入る大学として知られ、今後のグローバルな活躍を期待しています。就職は4名。それぞれ希望通りの進路です。1名は地元のカフェを継ぎ、医療機器メーカーで活躍したいと考えていた学生名は第1志望のキヤノンメディカルシステムズ株式会社に入社。そしてヘリコプターに興味を持ち全日本学生室内飛行ロボットコンテストに3位入賞を果たした学生は入学時より憧れていた自衛隊に入隊。そしてビジネスに興味を持った学生はEC支援総合サービスの大手である株式会社Eストアーに入社しました。私が嬉しかったのは、5年間をともに過ごした彼ら彼女らが、揃って卒業旅行にタイに行ったこと。それが5年間の充実ぶりを何よりも表していると思ったのです。
鹿田先生のご経歴を簡単に振り返って頂けますか。
昭和58年に金沢工大学大学院工学研究科の修士課程を修了した私ですが、同大学の学部を卒業した昭和51年からそのまま助手の勤務を始めていました。そして平成2年に工学博士の学位を取得して翌年からは講師、さらに平成6年に助教授となっています。以後、平成12年に教授、平成17年に教務部副部長、平成28年に副学長、平成30年にライブラリーセンター館長を歴任するなど、金沢工大でキャリアを積み重ねてきました。そんな私が本校に副校長として異動したのが令和4年のことです。
専門はリモートセンシング、全地球測位システム、地理情報システム、測量学、空間情報工学で、主に衛星測位システムについての研究を続けてきました。こうした専門内容の関係で、以前には日本写真測量学会常務理事なども務めています。日本水泳連盟公認測量者であり、この任務は現在も続いています。また、平成28年の第12回CDIO世界大会(フィンランド、トゥルク)で平成30年第14回世界大会の日本招致に成功し、翌々年に大会委員長として30か国300名の参加を得て成功裏に終えることができました。
長らく金沢工大で多くの学生を指導してきましたが、国際高専の教育改革が大きな成果を上げつつあることを大学側から肌で感じていました。この4月から校長の重責を担うにあたり、バークスデール前校長が取り組んできた教育改革を踏襲し、さらに発展させるのが使命であると強く認識しています。
高専の在学生および卒業生へのメッセージをお願いします。
本校に限らず、高専は一般の理系の大学以上に、技術の基礎をしっかりと学べます。その上に理論や先端技術に関する知見を積み重ねていくのですから、皆さんが社会に出てから、高専で学んできたものが大きな価値を持つことをきっと実感されるでしょう。卒業生の方は、それを基盤に産業界やアカデミアで大いに活躍していることと思います。
本校はグローバル教育で注目を集めていますが、これからはどのような技術分野においてもグローバル化が進み、実践的な英語力がますます重要になっていきます。高専出身の方には、磨かれた技術力を活かすべく世界に目を向け続け、大きな成果を残されることを期待しています。