高専インタビュー
国内有数の工業地帯と連携する一方で、 航空宇宙分野で高専全体を牽引する役割の一端を担っています。
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昭和37年に国立の第一期校が開校して以来、全国に国立51校、公立3校、私立4校と拡大を続けてきた高等専門学校(以下、高専)。令和5年4月に徳島県に神山まるごと高専が開校し、令和10年には滋賀県立高専の開校が準備されています。
このように少子化社会においても新設校が誕生するなど、高専が社会的要請を獲得している理由はいくつか挙げられます。中でも地域産業と密接に結びついて即戦力となる人材を供給している点や、共同開発・共同研究といった技術交流が高く評価されています。
愛媛県東予地域にキャンパスを置く新居浜高専も、地域の産業と緊密な連携を継続してきました。しかも新居浜エリアと言えば、日本の重工業の一大拠点。化学、非鉄金属、機械、造船、製紙(分野)の大手企業ならびに、取引上で関係の深い中堅中小企業が集積しています。新居浜高専が、そうした地域特性の上でこれまでにどのような実績を残し、未来に向けて何を目指しておられるのか、同校の鈴木校長に伺いました。
(掲載開始日:2023年5月12日)
新居浜高専の概要をご紹介下さい。
新居浜市を中心とする愛媛県東予地区は、住友化学株式会社や住友金属鉱山株式会社、住友重機械工業株式会社などの住友グループ、エリエールで有名な大王製紙株式会社、そして国内造船最大手である今治造船株式会社の大規模な製造拠点が設けられており、四国最大級の工業地帯となっています。こうした著名企業各社は全国的にも就職人気度が高く、子会社などの関連会社や重要技術・必要資材などを供給する地場の協力企業の存在感も大きいことから、本校の学生は高い地元就職意欲を持って入学してきます。実際に、地元就職率は約3割と、高専の全国平均である2割弱を上回っています。東京や愛知、近畿中心部の高専は、そもそも周辺に大企業の本社が多いことからから全体平均を押し上げており、四国に位置する新居浜高専の3割という数字は、際立って高いと言えるでしょう。
学科については、機械工学科、電気情報工学科、電子制御工学科、生物応用化学科、環境材料工学科の5学科制で、地域の製造業各社のあらゆる製品領域や技術領域をカバーしていますが、もちろん地元企業だけにフォーカスしている訳ではありません。主な就職先を見れば、全国区の大手製造業やサービス業の名称が並び、また毎年多くの卒業生が国公立大学に編入学しています。
グローバルな取り組みに関しては、毎年数名の留学生を受け入れている他、海外の高等教育機関との交流も活発です。令和5年の夏には、日本と台湾の学生が技術交流を図る「日台カンファレンス」を松山市で開催しますが、本校が主幹校として取りまとめることになっています。また本校はタイ高専学生の1ヶ月研修の受け入れ校の1つになっており、今年も1ヶ月にわたって本校だけで20名もの学生を迎えます。
新居浜高専の地域連携についてご紹介下さい。
東予地区が製造業の一大集積地であると申しましたが、実際に沿岸部には数多くのプラントが林立しています。地元に就職した卒業生の多くは、これらのプラントの操業要員(オペレーター)ではなく、新たな製品つくるため、生産性を高めるため、安定操業を維持するためのプラント技術の進化を担っており、各企業からもそうした高度なスキルを磨いていくエンジニアの育成と輩出が本校に求められています。こうした期待に応えるべく、高度技術教育研究センター 地域連携部門長を務める機械工学科の吉川貴士教授が中心となって様々な産学官連携を進めています。
具体的な取り組みの一つが、「次世代型プラント技術者育成特別課程」の実施です。これは平成29年度の文部科学省KOSEN4.0イニシアティブに、本校の「社会実装教育を基盤とする地域の次世代型技術者(人財)の育成」事業として採択されたものであり、プラント技術に関するエキスパートエンジニアによる講演や実習を実施する他、
「えひめ東予産業創造センター」のプラントメンテナンス人財育成事業ともコラボレート。一流のものづくりの一端に触れることで、その真髄を受け継ぐとともに先進技術やマネジメントについても学び、将来の幹部候補生への土台を築くカリキュラムとなっています。
同採択事業からもう一つの特別課程が生まれています。それが、「アシスティブテクノロジー技術者育成特別課程」です。この課程も、かつて地域の工業・鉱業の事故で障害を負った方々に対応してきた愛媛労災病院や松山リハビリテーション病院と協働で行う地域連携です。単に医工分野の技術者を育むのではなく、「一人の患者、障がい者を笑顔にしよう!」をモットーに、工学のみならず生理学や疾患に関する「知識」、ものづくりに関する「技術」、対象者に応じた「戦略」、壁にぶつかっても的確に対処できる「メンタル」を持った学生の養成を目指し、それを支える探究心や倫理観、信念など「人間力」が備わる教育を進めていきます。また、両特別課程ともにいずれかを選択して受講する4年生になるまでは地域の児童・生徒に向けて行う学生主体型出前授業を実施。SDGsの要素を取り入れた活動を行うことで、持続可能な社会を実現するためのマインド形成と技術者としての基礎能力を養います。
大手企業ばかりが本校の地域連携の対象ではありません。中堅・中小企業や自治体とも数々の施策を進めています。そのバックボーンとなっているのが、法人会員68 社、官公庁等16団体が参加する「新居浜高専技術振興協力会」、通称「愛テクフォーラム」です。
また、愛媛県は東から東予、中予、南予に分けられますが、東予に本校、中予に愛媛大学工学部がある一方で、南予には工業系の高等教育機関が実在しません。そこで本校は南予の宇和島市ならびに鬼北町(きほくちょう)と連携協定を結び、同地域における工学連携ニーズに積極関与しています。具体的には、本校にはバイオテクノロジーを専門とする教員がいることから、この分野での農業支援を進めています。他にも、遠隔であることからローカル5Gの技術・設備を取り入れ、オンラインによるプログラミング等の出前講座を開催しています。
地域連携・社会実装の対象は製造業以外にも広がっています。四国は全国的に見ても人口の減少率が高く、それを食い止めるための産業振興が重要なテーマになっています。幸いなことに東予地区の減少率は四国の他の地域に比べると低いのですが、四国全体を考えると産業の集積している東予が果たすべき役割は大きいものになります。そこで地元の伊予銀行と連携協力協定を結んで本校と地元産業界の間を取り持ってもらい、産業界が抱える技術的な課題を協力して解決していく施策を掘り起こしています。山口銀行とも、今治のタオル産業との間を取り持ってもらい、新しい繊維の開発に本校が貢献しました。
スタートアップやベンチャーに目を移すと、本校には専攻科が設置された30年も前からベンチャービジネス概論があり、イノベーティブなマインドを持ったアントレプレナー育成に注力してきました。こうした教育の成果の一例ですが、プラスチックの画期的な再生利用技術を開発した地元ベンチャーで、本校の卒業生が技術部門の中心的な存在として活躍しています。
新居浜高専の特徴的な取り組みについて教えて下さい。
地域の産業と深く結びついている本校ですが、そうした地域連携とは別に、全国の国立高専と連携して進めている特徴的な取り組みが、人工衛星開発です。すでに1号機であるKOSEN-1がJAXAのイプシロンロケット5号機により、令和3年11月9日に打上げられました。本校では次の2号機となるKOSEN-2及び衛星開発に関する様々な取り組みに、電気情報工学科の若林誠准教授を中心に深く関わっています。残念ながらロケット側の理由により、KOSEN-2の軌道への投入は叶いませんでしたが、KOSEN-2Rとして再開発を進めています。
この高専の進める航空宇宙分野への挑戦は、先進技術の複合領域である航空宇宙技術を専門とする学科がどの国立高専にも存在しないことから、逆手をとって各校が多彩な得意領域を持つ全国の高専の連携で進められることになりました。それが平成23年頃のことです。そして平成26年に文部科学省の宇宙人材育成プログラムに採択されたという経緯を辿ってきました。
本校でもこの航空宇宙へのチャレンジに当初から関わっており、平成27年から毎年、新居浜市内で宇宙に興味のある高専生を対象に航空宇宙に関する技術交流を推進するイベントである「高専スペースキャンプ」を開催。宇宙理工学関係の講座などの開講や学生たちの技術発表を行ってきました。令和4年の高専スペースキャンプ2022では、JAXA(宇宙航空研究開発機構) 宇宙輸送技術部門 H3プロジェクトチームの尾崎祥梧さんによるオンライン特別講演『新型基幹ロケットH3 ~高専から宇宙開発へ挑む~』を開催しました。尾崎さんは本校の卒業生であり、在学時に宇宙へ興味を持って以降、JAXAに入社する経緯や、現在携わっているH3ロケット開発について分かりやすく説明して頂きました。
高専スペースキャンプに加えて、本校では平成30年から全国の高専と連携して宇宙工学に関する基礎的な講義や実習をオンラインベースで行う「高専スペースアカデミア」を開催し、令和3年度からは本校が主催しています。ここでは、地上で実験するために衛星を模したモデルキューブサットを用いて、各校の参加者が独自のミッションを考え、実装してその成果をプレゼンするという、衛星開発の縮図のような内容のイベントを行っています。
さらに本校は、KOSEN-1、2に続く超小型人工衛星のミッションアイデアを競う「全国高専宇宙コンテスト」を主管校として開催しています。これは、高専の航空宇宙分野への取り組みがまだまだ教員主導であり、もっと多くの学生に参画してほしいという想いからスタートしたコンテストで、学生たちの宇宙への想いとアイデアで未来のKOSEN-X衛星をつくっていくためのベースとなっていくはずです。また、今後は衛星開発への取り組みに増して、衛星で得られたデータをどのように活用していくのかといった実用段階の検討が重要になってきます。そこに多くの高専生が関わっていける余地は限りなく大きいと考えられます。1回目の令和3年のコンテストでは本校から参加した学生が、衛星のスピン回転数検出を行う仕組みについてプレゼンし、見事に優秀賞を獲得しました。他にも、令和5年3月3日から3日間かけてJAXA種子島宇宙センターにて行われた、第19回種子島ロケットコンテストで、本校「宇宙工学研究会」のメンバーである、電気情報工学科4年窪田葵さん、大川響さん、同学科3年菊池良治さん、寺尾空さんが「種目⑤CanSat部門 自動制御カムバック」に出場。他のほとんどが大学チームである中、宇宙工学研究会は見事に準優勝に輝いています。
また、本校の屋上には直径2.4mのパラボラアンテナが設置されています。KOSEN-3以降の衛星の地上受信局として機能させる予定であり、東京大学等に納入されたものとほぼ同じ仕様の、小型ながら高性能のアンテナで、他の高専からもリモートでアクセスできるようになります。このように本校は航空宇宙分野への取り組みで中心的な役割を果たしていますが、単独ではなくあくまでもオール高専で連携し、技術を持ち寄ることで成果を上げようとしているのです。
新居浜高専の学生たちの活躍をお聞かせ下さい。
令和4年度の高専体育大会では、テニスのダブルスで優勝しました。コンテストに関して、先ほど紹介した航空宇宙関係以外では、福井高専が中心となり信越化学工業武生工場の協力を得て平成7年度から実施している「マグネットコンテスト」に、本校から環境材料工学科1年の木村遥さんがエントリーし、「地球を守る!水質浄化マグネット」という発表で優秀賞を頂いています。
鈴木先生のご経歴を簡単に振り返って頂けますか。
私は琉球大学大学院 農学研究科で農芸化学を専攻し農学修士の学位を取得し、その後のキャリアのスタートは民間からでした。東洋醸造に就職をして、社内留学制度を使って北里研究所大村智先生のもとで研究員も経験しました。数年後に合併により旭化成に所属することになりますが、その間に発表した論文を取りまとめて広島大学大学院で薬学博士の学位も取得しています。そして平成10年から茨城高専の教員に採用されたのです。それから24年間は茨城高専で学生を指導しました。その間の平成17年にはパリのパスツール研究所で在外研究員も務めています。研究者としての専門は応用生物化学・分子生物学です。
高専の在学生および卒業生へのメッセージをお願いします。
高専は、入学者受け入れ方針の「アドミッションポリシー」、教育課程編成・実施の「カリキュラムポリシー」、卒業認定方針の「デュプロマポリシー」が明確に定められており、それを満たして卒業証書を授与された学生は、自信を持って世の中で活躍できるはずです。すでに卒業から年月が経っている卒業生の方々は、基礎からしっかりと学び、実践的なノウハウから高度な理論まで、在学中に身につけたスキルを、日々の仕事の中で存分に活かしていることと思います。本校に限らず、高専出身者たちの活躍が、これからもっと耳に入ってくることを期待しています。