高専インタビュー
神戸市が歴史の中で培ってきた技術と気概を受け継ぎ、 普遍的な価値を身に付けた人材を世界に送り出しています。
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埼玉県、神奈川県、山梨県、滋賀県*、佐賀県を除く、42の都道府県に設置されている高等専門学校(以下、高専)。昭和37年の1期校の開校以来、15歳からの5年間にわたって行われる実践的な工学教育によって産業界に即戦力と評される人材を数多く輩出し、日本経済の発展を継続的に支えてきました。そんな高専はまた、周辺企業との共同研究や技術交流活動が盛んであることでも知られています。地域からの高等教育機関に期待される役割を担い、地元企業が抱える課題に対しての解決を図ると共に、そこに学生を巻き込んだ社会実装教育を進めてきたのです。そうした地域貢献は今も続きつつ、近年は国立51高専内において様々な先端技術領域ごとに複数の高専がグループを組み、それぞれが知見の獲得やカリキュラム作成を受け持ち、その成果を他の高専にも波及させる全国展開が活発化しています。
他方、公立および私立の高専は、それぞれ背景の異なる建学理念を掲げ、国立高専機構が提示するモデルコアカリキュラムを参考に質の高い教育を担保しながらも、自由度の高いカリキュラム編成が可能であることから、より独自色の強い教育を進めています。
神戸市教育委員会所管となっている神戸市立高専は、神戸市という自治体が自然災害や産業振興等、様々な課題に対処してきた中で得た技術やノウハウ、復興に立ち向かっていくスピリットを、後世に引き継いでいくという役割を自認しています。このような身近でローカルな視点から得た知見を、普遍的な社会ニーズに応える未来技術へと昇華させ、数多くの成果を上げてきた神戸高専の取り組みについて、同校の末永校長にお聞きしました。
*滋賀県立高専は令和10年度開校の予定。
(掲載開始日:2023年6月15日)
神戸高専の概要をご紹介下さい。
神戸高専は令和5年4月に創立60周年を迎え、同時に神戸市外国語大学と共に同一の大学法人のもと運営管理することになりました。その歴史は昭和37年度の高専制度の発足より古く、昭和32年の神戸市立六甲工業高校の開校まで遡ります。
この工業高校が母体となり、昭和38年に神戸市立六甲工業高等専門学校が高専2期校として設立の運びとなったのです。現在の名称である神戸市立工業高等専門学校に改名したのは、昭和41年のことでした。
神戸高専が位置し日本を代表する国際港湾都市である神戸市は、沿岸部に国内有数の企業が本社や製造拠点を構える重工業地帯となっています。
このスケールの大きな製造業エリアに、機械工学科、電気工学科、電子工学科、応用化学科、都市工学科の5学科から数多くの人材を送り込んでいます。今後も多くの本校卒業生が、地元の有力企業に加えて東京・名古屋・大阪等の他地域の大手企業やベンチャー、そして国立大学・大学院への進学等へと巣立っていくことでしょう。
一方、起業の社会的な意義や豊かな可能性が盛んに語られるようになってきた昨今の社会状況を背景に、本校においても学生をアントレプレナーに向けて育む環境を整えつつあります。そうした活動を集約したのが「神戸高専アクティブチャレンジ人財育成事業」です。その目標は、一つが学科横断型のPBL(課題解決学習)科目の新規導入や起業論・創業論の講義、起業家等の講演会によってもたらす「全学的なスタートアップマインドの醸成」。そしてもう一つが、学年・学科を問わない起業コミュニティとして新規設立するスタートアップ研究会(仮称)が加速させる「コアなスタートアップ人財の育成」です。これらの観点でアントレプレナーシップ教育の強化に取り組み、学生の創造活動に必要な各種設備を備えた「創造デザイン工房」の設置や、地域産業界・企業団体・神戸市各部局との連携等を通じて、学生たちを持続的かつ確実にサポートしていきます。
神戸高専の特徴的な取り組みについて教えて下さい。
近代に入って目覚ましい発展を遂げてきた神戸市ですが、実はその歴史の中では数々の自然災害に遭遇してきました。平成7年の阪神淡路大震災を記憶に留めている方は多いでしょうが、昭和13年、昭和36年、昭和42年にはいずれも梅雨期に大規模な水害が発生しています。帯状の平野部から急峻に立ち上がる六甲山系に集中豪雨がもたらされると、瀬戸内海に向かう河川が短時間で著しく増水することによって氾濫を招いたのです。
しかし政府及び自治体は昭和13年の阪神大水害以降、おびただしい数の砂防堰堤(えんてい)の設置や河川の改修工事、植林等の治山事業を絶え間なく行い、被害を最小化することに成功しました。
阪神淡路大震災でも神戸市は甚大な被害を受けましたが、震災をバネに官民が力を合わせて復興に尽力し、本校もその一翼を担ってきました。神戸市復興を牽引する人材を育てることを目的に専攻科を充実させたのです。単独校として全国で唯一4専攻を設置しているのはこうした背景があるのです。
また、神戸RT(ロボットテクノロジー)構想の一環として開催されたレスキューロボットコンテストにも、平成16年の第4回大会から毎年参加しています。
以上のように、神戸市は自然災害を官民一体となって乗り越えて発展してきた経緯を持つことから、本校ではクライシスマネジメント(危機管理・危機対応)を教育の中に盛り込んでいます。災害に立ち向かう強い意識、そして防災・減災につなげる技術やノウハウを持つ人材の育成を、神戸市に設置された公立高専の重要な役割や意義として捉えているのです。それを担うのは土木技術に深く接する都市工学科だけではありません。機械工学、電気工学、電子工学、応用化学の各学科においても、今後起こり得る災害に対抗できる強靭な街づくりと社会基盤づくりに工学的な面から積極的に関わっていく人材の育成に注力しています。
神戸高専の地域連携についてご紹介下さい。
本校の地域連携を語る際は、やはり神戸市との強固な関係がベースになります。実際に幾つかの取り組みが、神戸市の行政課題への貢献につながっています。
代表的なのが、異常高温対策として神戸市建設局と共同でクールベンチを開発した実績です。これは電流を流すと一方の面が発熱し反対の面が吸熱することで冷却される特性を持つペルチェ素子を座面に使用したもので、本校の学生が製作し三宮駅や東遊園地、王子動物園等に設置して実証実験を行いました。酷暑の時期にもその効果は良好で、商品化を行いたいという企業からの問い合わせも入っています。神戸市の異常高温対策では、他にもサーモカメラを用いた三宮・京町筋の路面温度のモニタリングとその情報発信についての実証実験も行いました。さらに、本校の複数学科の研究室で構成される神戸高専ロボティクスが、自律移動をしながら水撒きを行う散水ロボットの開発を進めています。
神戸市が進める環境対策についても、本校は様々なプロジェクトに参画。教員の中に水中ドローンの研究者が在籍していることから、須磨海岸で清浄な水質の指標となっているアマモの保全活動にドローン技術の活用で協力している他、海底耕うんロボットを使用した環境改善活動にも取り組んでいます。
また、自律ロボットと海中ドローンの技術を組み合わせて、神戸市が管理する港湾施設における岩壁点検の無人化にも挑んでいます。
もちろん民間企業との連携も緊密で、平成3年からは「神戸高専 産金学官技術フォーラム」を開始。31回目となる令和4年度も「技術をつなげる」をテーマに、本校を中心に神戸市機械金属工業会、神戸市産業振興財団、神戸信用金庫の主催、明石高専の共催、新産業創造研究機構、神戸商工会議所、兵庫工業会等の後援によって行われました。この回では私が神戸高専の今後の取り組みについて講演し、地元神戸の精密部品加工の伊福精密株式会社製造部部長の丹浩幸氏が企業の現場における技術継承や地域との連携を見据えた技術のつなげ方についての基調講演をされました。他にも企業や学生の技術展示をポスター形式で行い、企業関係者と本校学生によるテーブルトークも頗る盛り上がりました。
地元企業と協働して、今後の成長が見込まれる分野における技術者育成を図るのが「成長産業技術者育成プログラム」です。その内容は本校の機械、電気、電子工学科の3年生から5年生を対象に、外部講師の講義、企業・医療施設への見学、関連企業へのインターンシップと卒業研究支援等になります。対象となる成長産業としては、航空宇宙分野、医療福祉分野、ロボット分野にフォーカスしています。
グローバルな取り組みや学生たちの活躍についてお聞かせ下さい。
国際都市神戸に設立されている高専として、本校はかねてからグローバル社会で活躍できる人材育成を教育方針の一つに掲げています。その中核になるのが国際協働研究センターであり、教育・研究面でのさらなる学校間国際交流と、国際社会で活躍できる技術者人材を育成するためのセンターとして2014年に設置されました。
コロナ禍で海外渡航が停止するまでは米国シアトル・ロサンゼルス・オハイオ、ニュージーランドのオタゴ島への短期留学・派遣プログラムを、東・東南アジア各国への研修旅行等を毎年のように実施してきました。今年度からは徐々に再開していく見通しです。さらに神戸市外国語大学と同一の法人となったことにより、同外大の持つグローバルネットワークを活用することも可能になります。これまで以上に諸外国の多彩な教育機関との連携が実現され、留学生の受け入れ・派遣の両面で活発化していくはずです。
学生のコンテスト参加、スポーツ大会においても、本校は優秀な成績を収めてきました。特にスポーツにおいて顕著であり、ソフトテニス部、水泳部、野球部、ラグビー部、剣道部は全国高専体育大会での優勝経験を持ちます。令和4年度も剣道、バスケットボール、バレーボール、水泳等で個人優勝者を輩出しています。平成30年には、過去50年の全国高専体育大会の各競技の大会記録を総合した結果、表彰回数で1位となったことにより表彰もされました。また、同じ兵庫県内にある明石高専とは野球部等が定期戦を行っており、毎年のように学生たちの関心を集めています。
レスキューロボットのコンテストに連続参加している本校ですが、高専ロボコンにも当然のように注力しており、平成29年と平成30年の全国大会では特別賞をいただいています。その時にチームメンバーとして活躍した現在機械システム工学専攻科2年の濱田翼さんは現在、神戸高専ロボティクスを主催する清水俊彦准教授の指導を受けて垂直の壁を登攀(とうはん)できるロボットの開発に取り組んでいます。このロボットは、ワイヤーで吊るしたりプロペラによる上昇力を用いたりせずに、万能真空吸着グリッパによって文字通り壁に張り付きながら昇り降りすることができます。装填された粉体をコントロールすることで強力かつ繊細にモノを掴むことを可能にしたグリッパの開発は清水准教授が進め、壁を掴んで登坂するロボットの機構設計や制御設計を濱田さんが担当しました。壁の表面に凹凸があっても登攀は可能であり高所での無人作業が可能であることから、高層建造物や橋梁の損傷検査等に用いることが期待されており、現場導入にかなり近づいているそうです。
末永先生のご経歴を簡単に振り返って頂けますか。
佐賀県出身の私は、昭和50年に神戸大学工学部土木学科に入学し、昭和56年に同大学大学院土木工学科を修了しています。その年に神戸市役所に就職し、都市開発・建設土木関連の事業に従事してきました。神戸市建設局の局長を務めた後、平成29年に神戸市役所を退職。同年から神戸市道路公社の理事長を務めました。そして令和2年に本校の校長に着任しました。
これまでのキャリアの中で思い出深いプロジェクトは、神戸市に在籍中に本州四国連絡橋公団に出向し、明石海峡大橋の淡路側のアンカレイジ(橋のケーブルの端を定着する巨大なコンクリート構造物)の建設で公団正職員の仲間らとともに現場監督を務めたことです。また、神戸空港建設工事に携わったことも感慨深いですね。
現在は、剣道七段の経験を活かして、地元の子どもたちに指導しています。
神戸高専に来るまでは、神戸大学で非常勤講師を行った経験はありましたが、学校運営の責任者という職務に関しては素人同然です。当然、校長着任の辞令は晴天の霹靂でしたが、これまでに経験してきた数々のプロジェクト管理で培った全てを、学校運営に活かしながら後進に伝えていこうと考えてお引き受けすることにしました。
高専の在学生および卒業生へのメッセージをお願いします。
私が高専の在学生、卒業生の皆さんにお願いしたいことは、失敗を恐れずにチャレンジしてほしいということです。私の経験上、何事も一生懸命にやっていけば、たとえ自分がその時に力不足であっても、必ず周りに助けてくれる人が現れます。そして、その人たちの力を借りて自分が成長していくことになります。
少子高齢化が進む今こそ、若い人の突破力が求められています。日本にはこれからも経済、外交、自然災害等で危機的な困難が立ちはだかるかもしれません。でも、先人たちがそうだったように、それを技術や気概で克服し、未来を築いていって下さい。皆さんのここ一番の突破力に期待しています。