高専インタビュー
一人ひとりの学生が地域と世界を同等に意識し、 多様な未来を選択できる教育を追求しています。
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全国各地に国立、公立、私立併せて60近い数が設置されている高等専門学校(以下、高専)。昭和37年に第一期校(国立12校他)が開校して以来、商船学科を除いては主に国内製造業や土木建設業、あるいは工学系の大学・大学院への人材の輩出元として、高い評価を獲得してきました。その教育の現場では、機械、電気・電子、情報、化学(化学工学)、建築・土木など、高度な「ものづくり」の技術を学ぶ学科を中心に、実験・実習など実践的な技術を身につける工学系の教育が施されてきたのです。
近年の高専では、工学教育に授業の範囲を限定せず、教育の対象領域を広げつつあります。一つには、科学(Science)、技術(Technology)、工学(Engineering)、芸術・リベラルアーツ(Arts)、数学(Mathematics)の5領域を横断して学ぶ機会を持ち、イノベーションにつながる創造性を引き出そうとするSTEAM教育が重要視されるようになってきたこと。そしてもう一つが、DXに代表されるように情報通信技術を軸とした多様な先進技術が一次産業や三次産業と結びついて新しい社会を引き寄せ始めたことが背景にあります。
そうした社会の趨勢や教育ニーズの変遷をいち早く見越して、高専教育の改革に挑んできた代表的な1校が津山高専です。そこで、改革の内容、目指す方向性、特徴的な取り組みなどについて、3年間にわたって都城高専の校長を務めた後、令和3年に津山高専の校長に着任された岩佐先生にお話を伺いました。
(掲載開始日:2023年4月10日)
津山高専の概要をご紹介下さい。
津山高専は岡山県北部の中心都市である津山市の丘陵地に位置し、当地で唯一とも言える工学系高等教育機関として地域の期待に応えています。例えば、津山市には6ヶ所もの工業団地があり、地場の金属加工業や大手メーカーの製造拠点が集積していますが、こうした企業各社との技術連携や人材交流が盛んです。また、周辺市町村の中学生の中で理数系の科目が得意、あるいは好きで、かつ地元でしっかりと理工系の学問を学びたい生徒の多くに本校の受験を選択してもらっています。
このような背景もあって、いち早く産業構造の変化や社会が求める新たな教育システムの構築に向けて、平成28年度から「総合理工学科」のみとする1学科制を導入しました。これは、既存の機械工学、電気電子工学、電子制御工学、情報システム工学の各学科に生物・化学を含む基礎科学分野を追加して一つの学科に再編・統合したものです。
総合理工学科が目指したのは、学生が低学年のうちから異分野融合力とその基盤となる基礎科学をしっかりと学べるようにすることでした。入学した学生は、1年生では全員が理工学に関する基礎的な内容を学習します。そして2年生進級時に理学の素養を磨く授業を重視する先進科学系、機械システム系、電気電子システム系、情報システム系のいずれかに、本人の希望と学業成績を勘案して配属されます。
さらに4年生進級時に、先進科学系の学生は数学・物理科学プログラムもしくは物質・生命科学プログラムを、機械システム系の学生は機械設計プログラムもしくはロボティクスプログラムを、電気電子システム系の学生は環境エネルギープログラムもしくはエレクトロニクスプログラムを、情報システム系の学生はネットワークプログラムもしくはICTプログラムを選択することになります。
こうして入学から卒業までの5年間に、確かな基礎科学の学習からスタートし徐々に高い専門性を獲得していくとともに、分野横断的な融合力を備え、複雑・多様化する科学技術に対して課題の探求と具体的な解決策を提示できる人材を育くむカリキュラム構成が完成しました。加えて、人間や環境に対してグローバルな視点を有する人間性豊かな人材を育成することが、本校の教育指針となっています。
この学科再編成の導入コンセプトは、共に産業構造の変化への対応を図っていく地域産業の理解を得たのはもちろん、本校への入学志望者にも歓迎されました。近年の多くのイノベーションを産む起点となっている複合・融合領域を学びたいと考える中学生や、工学系よりも理学系の学問を究めたいとする中学生の希望にも沿うことができたのです。実際に、令和4年度に岡山大学の理学部へ編入学した学生は8名に上りました。
津山高専の特徴的な取り組みについて教えて下さい。
時代の変化に先駆ける学科編成の導入と共に、近年の津山高専が注力してきたのが学生と教員の国際交流です。地域密着ならびに地域貢献を重視してきた本校ですが、一方で身近に関心を集めるあまり世界の様々な文化や多様な価値観を知ろうとしなければ視野が狭くなってしまいます。そのため、学生には地域連携と海外展開を同時に意識する「グローカル」なマインドを持ってもらうべく国際交流にも注力してきたのです。以前は豊富な海外研修プログラムが準備され、カナダホームステイや大連短期留学、タイ科学技術研修、シンガポール科学技術研修、海外インターンシップなどを実施していました。コロナ禍によりここ3年は学生たちが現地に足を運ぶ機会は少なくなりましたが、オンラインによって人的な交流が絶えることなく継続しており、令和5年度からは県内企業のベトナム拠点でインターンシップを行う予定があるなど、以前の積極的な交流状況が戻りつつあります。
また、全国の国立高専の中では最も早く令和3年に学生と留学生の交流拠点にもなる国際寮を準備し、現在でも東南アジア各国やモンゴルから20名の留学生を受け入れています。留学生と学生との交流はコロナ禍においても活発で、授業時間以外に留学生と一般の学生の混成で行うイベントである「After School English」を定期的に開催。そこでは国際交流に関心のある学生が主体的に交流活動を推進する学生アンバサダーが活躍しています。
学科編成を紹介する際に、高専本来の工学系の教育に加えて理学系の授業も充実させていると述べましたが、実際に理学系の研究において他の高専には見られない数々の実績を重ねています。一例を挙げれば、先進科学系の前澤准教授の研究室では、イモリやプラナリアを飼育し、生体の再生や生殖に関する研究を、遺伝子や細胞レベルで進めています。
前澤先生によれば、元々は3年生の一般科目の中で教える「チャレンジゼミナール」と呼ぶ研究の授業が出発点だったそうで、そこで学生も教員も研究に熱が入り現在まで続く研究テーマに定着したとのことです。前澤先生はいずれ再生医療に貢献したいとのことですが、現在でも研究レベルは高く、生物系の学術領域に興味を持つ学生たちに人気の研究室です。
ものづくりに関する工学の技術を学びたい学生が多い中、理論を究めたいと考える理学系の勉強をしたい学生も一定数の割合で存在するのは間違いありません。事実、本校には数学クラブがあり、JSEC(高校生・高専生科学技術チャレンジ)の全国大会には数学のカテゴリーで毎年のように出場しており、過去に世界大会に進んだ学生も存在します。
津山高専の地域連携についてご紹介下さい。
本校は津山周辺の企業とは緊密な産学連携関係を築いています。まず、企業との技術交流や共同研究を推進する母集団となる津山高専技術交流プラザの会員企業数は120社に上ります。本校の学生に対する教育支援をいただく強力な応援団です。特に津山市は金属加工業が盛んで、津山ステンレス・メタルクラスター(金属加工企業の集合体)を形成しており、この企業群とは定期的に勉強会を開催しています。
他にも本校内に設置された「地域共同テクノセンター」では最新の計測・設計支援システムを企業向けに開放すると共に、技術相談、技術セミナー、共同研究や受託試験などを実施しています。併設されている「つやまイノベーションセンター」も、本校の研究開発力を活用して地域企業のイノベーション力の向上に寄与。センター内に設置したメタル研究会やロボット研究会などが活動しています。
津山高専技術交流プラザのメンバーの中にはインターンシップを積極的に受け付けていただける企業も多く、令和4年に協定を結んだ某企業からは、専攻科に進むことを予定している5年生の学生1名を最大3年間にわたる給付つきインターンシップに迎え入れていただけることになりました。給付をいただきながら実務を通して学べる機会であり、本校の修了に必要な単位も取得できるように対応しました。
まさに産学が一体となって人材を輩出しようとする先駆的な試みと言えるでしょう。こうした長期間の給付つきインターンシップは今後も予定されていますが、このことは決して新卒採用のための青田買いではありません。県外の他社に就職が決まっている学生も快く受け入れていただけるとのことです。もちろん、就職活動がこれからの4年生を対象とした一般の短期間のインターンシップについては、数多くの学生を受け入れていただいています。
このような地域の協力企業への人材供給は、地元就職を希望する本校の卒業予定者に限ったことではないと私は考えています。本校を卒業後に東京や大阪の大手企業に就職し、豊富な経験を積んだ後に地元に帰って再就業したいというOBやOGも、有益な人材に相違ありません。私の個人的な考えなのですが、そうした人材に対する就業支援として専攻科に社会人枠にリスキリングの機会を提供するようなリカレント教育の仕組みがあっても良いように思うのです。現実はJABEE(日本技術者教育認定機構)の認定基準を満たすのが難しいといった公的な教育機関として乗り越えなければならない課題がありますが、何とかOB・OGと地元企業を結びつける仕組みがつくれないかと模索しています。
産学官の官に当たる津山市との連動も活発であり、津山市が開設した「つやま産業支援センター」には運営協議会のメンバーとして参画し、センターと協働で数々の企業元気化プロジェクトを推進する他、交流会や研修会、セミナーなどの開催を支援しています。市の職員に本校のOBやOGは多く、つやま産業支援センターでも彼ら彼女らの活躍が目立っています。
津山高専の学生たちや出身者の活躍についてお聞かせ下さい。
本校は高専連合会の主催するコンテストや体育大会には積極的に参加しており、特に生活環境関連のデザインや設計等を競うデザコン(デザインコンペティション)では、毎年のように全国大会に出場しています。ロボコンにおいても平成17年の大会で優勝、平成20年の大会でロボコン大賞、平成24年の大会で技術賞を獲得するなどの実績を残してきました。高専体育大会では、ラグビー部が10年連続で全国大会出場を継続し、令和4年の大会は準優勝の栄誉に輝いています。
卒業生は様々なステージに進出しています。平成17年度に本校の情報工学科を卒業し、筑波大学を経て京都大学法科大学院を修了後に弁護士資格を取得した山田邦明さん。そして平成11年度に本校の電子制御工学科を卒業して東京大学工学部に編入後、同大学大学院を修了して著名企業に就職後、スタートアップを成功させた清水敦史さんが、卒業後の活躍の代表例として高専制度創設60周年記念誌に紹介されました。
合計で14名が紹介された中で、2名が本校出身者だったのです。山田さんは弁護士として筑波大学時代の友人が立ち上げたベンチャーで法務部の設置やIPOなどを担当。約6年で上場に成功させています。その後は地元に戻り自身が代表を務める法律事務所を開設しています。一方の清水さんは、羽のない風力発電機の開発に成功し、特許を取得して現在も代表取締役CEOを務める株式会社チャレナジーを創業。島国の日本や世界中の離島の風力発電環境に合った「垂直軸型マグナス風力発電機」で再生エネルギー業界に進出しています。
岩佐先生のご経歴を簡単に振り返って頂けますか。
私は徳島大学の情報工学研究科で工学修士の学位を1982年に取得後、松下電器に入社。その後に大阪府立大学で工学博士の学位を取得しました。教育者のキャリアをスタートしたのは、松下電器を退職し地元の徳島に戻ってからです。最初は工業高校と徳島県教育員会を経て、阿南高専では28年間にわたって学生を指導しました。そして都城高専の校長として3年間の赴任を経て、令和3年に本校の校長に着任したのです。
実は私と津山の地、そして高専との出会いは、松下電器入社時に遡ります。最初短期間ですが津山工場で、システム設計の業務に就きました。大阪本社では新人の頃は先輩や同僚たちに教えてもらうことばかりで、その中に鈴鹿高専のOBの方と呉高専のOBの方がいたのです。その時に高専教育のレベルの高さを、身をもって実感したのでした。
高専の在学生および卒業生へのメッセージをお願いします。
在校生にぜひお話ししたいのは、全国には60校近くの高専があり、約5万人の現役高専生が仲間として存在するという心強い事実を認識してほしいということです。実験・実習や社会実装教育を通して専門性を磨き、一般の高校生が体験できないグローバル教育や地域連携を経てきたことを誇りに持ち、就職先や進学先で大いに活躍ください。きっと何人もの高専出身者とのつながりが生まれ、協力し合えることでしょう。
卒業生に言いたいのは、いつでも母校に帰ってきて、恩師の先生たちに顔を見せてほしいということです。社会でいろんなことにチャレンジし、成長した皆さんからたくさんのことを教えてもらうのは、どの教員も例外なく嬉しいはずです。私も阿南高専で数多くの学生と授業や研究でたくさんの言葉を交わし、都城高専と本校では授業を持ちませんでしたが校長の立場であっても多くの学生と触れ合い、卒業証書を授与してきました。皆さんの活躍ぶりを耳にするのは、何より楽しみです。これからも第一線でのひとりひとりの活躍ぶりをお聞きしたいですね。