高専インタビュー
サレジオ修道会の「寄り添う教育」を高専教育の中で実践し、将来人のため、社会のためとなれる技術者を育んでいます。
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日本の高等専門学校(以下、高専)は、国立が51校、公立が3校、そして私立が4校という構成で、合計58校が全国各地で開校しています。数の上では大半が国立高等専門学校機構の管轄となる国立高専ですが、公立および私立の高専は、少数かつ独立性を活かして学科やカリキュラムの編成、教育理念などにおいて独自性を発揮。高専教育の可能性や裾野を広げる様々な取り組みを見せています。その一方で、国立・公立・私立を問わず高専各校は全国高専連合会に加盟しており、同連合会が主催するロボコンやプロコンといった各種教育コンテストや高専体育大会への参加は設立母体を問わず全ての高専に開かれています。
東京都町田市にキャンパスを構えるサレジオ高専は、世界各地で教育事業や社会福祉事業を行うローマ・カトリック教会系のサレジオ修道会によって設立された私立の高専です。同校がキリスト教精神に基づく教義で育もうとする技術者像とはどのようなものか、そのための教育姿勢は、これまでにどのような成果を残してきたのか。それらについてのお話を、同校特有の民間企業との共同研究や技術協力、海外の高等教育機関との連携協定等を題材に、サレジオ修道会の司祭でもある小島校長に伺いました。
(掲載開始日:2023年4月21日)
サレジオ高専の概要をご紹介下さい。
世界には3000校余りのサレジオ修道会系の学校があります。そのうち高等教育機関は20カ国54地域に存在し、サレジオ高等教育機構(IUS)を構成しています。その中でも工学教育を行っているのがIUS工学グループ(IUS-Eng)であり、サレジオ高専はこのIUS-Engに所属する日本唯一の工学系のカトリック・ミッションスクールとなります。
また、本校は日本のみならず、アジア地域の活動の中心としての役割が与えられていることからグローバル活動を積極的に行っており、2006年にフィリピンのマンダルイヨン・ドン・ボスコ工科大学との交流協定が成立し、2017年からは新たにサレジオ修道会の東アジア・オセアニアの高等教育を推進するIUS-EAOにおいて、教員間の共同研究を開始しました。
そんなサレジオ高専に入学した学生は、本科の5年間を通して段階的に専門性を高めていくことになります。1年生と2年生の期間は「プレテック」と位置づけ、3年生以降で高度なテクノロジーをしっかりと学ぶための準備期間としています。
3年生になると教室が各学科に分かれ、実験や実習を通して専門性を高める授業が増え、自主研究やプロジェクト活動も本格化します。
学科編成においては、デザイン学科、電気工学科、機械電子工学科、情報工学科の4学科を設置。
デザイン学科が設置される高専は全国で唯一であり、同学科ではプロダクトデザイン、インテリアデザイン、グラフィックデザインなどの専門性を磨きつつ、ものづくりの発想と表現、そして課題解決を引き寄せる技術や創造性を学びます。全国高専デザインコンペティションでは、過去に4年連続で最優秀賞を受賞するという実績を残しています。
電気工学科は電気エネルギーの発生から有効活用まで学び、電気主任技術者認定学科となっています。こちらの学科も過去にロボコン大賞を受賞するなど、多数のプロジェクトで全国的にも実力が知れ渡っています。
機械電子工学科では「探究する」「創造する」という横断的な学びであるSTEAM教育の実践を通じて、持続可能な開発目標を達成できるエンジニアや研究者の育成を目指します。
そして情報工学科は情報工学の基礎からコンピュータのハードウェア、ソフトウェア、ネットワークまで広範囲に学ぶことが可能です。全国高専プログラミングコンテストにも積極的に参加しています。
サレジオ高専の特徴的な取り組みを教えて下さい。
このように、高専という教育フォーマットを活かして工学系高等教育を進める本校ですが、学生たちに専門技術を身に付けてもらうことだけが建学の目的ではありません。サレジオ修道会は、創立者ヨハネ・ボスコ司祭によりイタリアのトリノで1859年に設立されましたが、ヨハネ・ボスコ司祭がサレジオ修道会を立ち上げたのは、産業革命に取り残された貧困層の若者を救いたいという理念でした。サレジオ修道会はその後も今日に至るまで、世界各地において社会の中で助けを必要とする若者たちに寄り添い、教育活動や福祉活動を行ってきました。
本学もキリスト教の精神とヨハネ・ボスコ司祭の想いを受け継ぎ、困っている人を助け、社会のために役に立とうとする、豊かな心を持つ人材の育成を目指しているのです。
そしてこの理念を実現するために、本校ではヨハネ・ボスコ司祭が自ら立ち上げたサレジオ修道会でしてきたように、距離においても心においても近くに指導者となる教職員が側にいてサポートする「寄り添う教育」を実践しています。
サレジオ修道会の司祭でもある私は、入学式や卒業式、11月にチャペルで行う「祈りの集い」では司祭の格好で学生たちの前に立ちますが、普段は一般の教員と同じようにスーツ姿で学生と接しています。
学生が授業で教員からキリスト教の教義を教えられることも、一般科目の倫理の授業以外でほとんどないはずです。では、本校の理念を学生たちにどのように伝えているのか。その機会は、日々の授業やイベントにこそ息づいています。
例えば、ものづくりの基礎となる技術を学ぶ際に、教員はこの技術と知識を身に付けることで、社会へどのように役立つことができるのかを学生に意識させています。本校が取り組んだ成果の一つに、自動運転の電気自動車「VISMO」がありますが、この未来のモビリティの開発も持続可能な社会への貢献意欲が研究開発を担った学生や教員の根底にあります。また、VISMOの開発は在学中の学生や教員のみならず、OBたちの協力も大きな力となっています。このように社会人となって忙しいはずのOBが気軽に快く後輩たちへ協力するような風土は、在学中に学生と教員の壁が無く、教える側も権威とならずに友となって関わるという「寄り添う教育」の賜物だと考えられます。
課題解決型学習のPBL(Project Based Learning)の実施においては、困っている人の立場や目線に立って、自らの学習努力で解決に導く意義を体感するように教員は指導します。地域の小学生を招いてものづくりの楽しさを伝えるイベントである「サレジオフェスタ」の目的の一つは、学生に子供たちの将来に役立つ経験を提供する機会を持ってもらうことです。
※自動運転電気自動車「VISMO」の詳細はこちらを参照ください。
サレジオ高専の地域連携や社会実装について教えて下さい。
どの高専も産学連携に積極的に取り組んでいますが、本校は独立性の高さから意思決定が早く、民間からの産学連携ニーズに機動力を持って対応しています。地域の企業から経営課題が持ち込まれると、すぐに授業の中で教員と学生が取り組んでみるといったようなスピード感があるのです。そして、こうした産学連携においても困っている人や社会のために…という本学の理念が息づいています。
先般は地域の企業からコンビニエンスストア向けのコーヒーマシンをデザインしてほしいという依頼がありましたが、この要請も5年生の応用デザイン実習Ⅱに取り込まれ、高齢者でも利用しやすい簡単な操作方法を実現する筐体に結実しました。
地元の化粧品メーカーからは、海外企業に模倣されてイメージが毀損されているという課題に対する解決依頼が持ち込まれ、リブランディングの提案を行っています。さらに、ナノファイバーの製品をより低コストで作る技術を開発した企業からは市場展開の相談を受けています。そこでもどのような提案を行えば、最終的に製品を手にする一般の消費者を含め、関係者みんなが幸せになれるのかといった本質的な議論がなされています。
以上のように、数々の企業から経営課題に一緒に取り組んでほしいという依頼が本校に寄せられている背景には、城南信用金庫との包括連携の存在があります。同信金の全国的なネットワークを通して日本中の中小企業の経営課題が寄せられるのです。もちろん全てに対応するのは物量的に不可能なので、教員たちがどの課題をどのタイミングで授業に取り込むかといった判断を行っています。
サレジオ高専のグローバルな取り組みをご紹介下さい。
本校はサレジオ修道会系のカトリック・ミッションスクールということもあり、世界各国のサレジオ修道会と通じることで国際交流を比較的簡単に行える環境にあります。協定を結んでいるフィリピンのマンダルイヨン・ドン・ボスコ工科大学との交流プログラムはコロナ禍に入るまで10年以上続き、毎年フィリピンと日本間で学生と教員の10日間程度の受入・派遣を行ってきました。研修後に自らフィリピンを再訪して旧交を温める学生や卒業生も少なくありません。そのフィリピンの南に位置する東ティモールでは、サレジオ修道会を介して本校の多くの学生が手掘りによる井戸造りなどのボランティア活動に参加しています。過去にはサレジオ修道会を通してカリフォルニアから学生が突然訪ねてきたこともあるなど、本校では学生も教員も世界と直に繋がっていることが実感できるはずです。
コロナ禍がなければ、4年生の段階で行われるのが海外研修旅行です。これは本校を卒業した学生が就職先で海外研修や海外出張に出かけるケースが多く、それならば就職後に慌ててパスポート申請をせずとも卒業前にパスポートを持つ機会をつくろうという発想からスタートしたものでした。これまでに韓国、台湾、シンガポールへの渡航実績があります。
他にも創立者ヨハネ・ボスコ司祭の故郷であるトリノやバルセロナ、パリなどを訪ね、現地で交流と研修を行うサレジアン・ヨーロッパ文化体験学習ツアーがあります。
小島先生のご経歴を簡単に振り返って頂けますか。
私は二松学舎大学を卒業後、上智大学神学部に進学し、教員生活を経験後にアメリカのオハイオ州・コロンバスにある大学に留学して神学修士を取得してカトリック司祭になりました。
その後、帰国して中高一貫校の横浜サレジオ学院で非常勤の教員となった後に、2004年にチャプレン(聖職者)として本校に就任し、一般教員の立場では国語の授業を受け持ちました。そして2008年に校長に就任しました。
アメリカに留学した時は英語での授業が大変でしたが、英語を習得するコツを掴むことができました。それは、拙い語学力で笑われてもいいから、恥ずかしがらずに積極的にコミュニケーションをとっていくことが上達に繋がるということです。
覚えたてのフレーズをすぐに使ってみるような積極性を持った人の方が、きちんとした発音や文法を身につけてから喋ろうとする人よりも、早く上手くなれるのですね。
本校には外国人の先生が数多く在籍していますから、本校の学生が英会話を上達したいと思えば、先生を捕まえてどんどん会話すれば良いと思います。
高専の在学生および卒業生へのメッセージをお願いします。
高専教育には、社会に役立つ技術がきちんと身に付く数々の仕組みが盛り込まれています。在学生には、信じて疑うことなく日々の学習や学校生活に邁進してほしいですね。
卒業生は、5年間の授業に加え、研究や課外活動を通して、価値のある技術力を具備しています。重要なのは、それをどこでどのように活かしていくかという指針です。解の一つは、磨いた技術を人の役に立つことや困っている人を助けることに使うというものです。
その先では、きっと有能な技術者になっていて、望んでいた豊かな未来が待っているでしょう。