高専インタビュー
秋田から世界へ。本科の5年間継続する、 グローバルエンジニア育成事業が顕著な成果を上げています。
-
昭和37年、日本の工業発展に寄与する人材の輩出を主たる目的に国立の高等専門学校(以下、高専)12校が国立高専1期校として設立されました。その数は現在において、国立高専機構の設置する国立高専が51校、公立高専が3校、私立高専が3校(2023年度にさらに1校が開校予定)へと拡大し、5県を除く全国各地の都道府県に展開しています。そして全国の高専各校は、これまでの60年を越える歴史の中で、多数のエンジニアを各企業の開発や製造の現場、建築工事の監査等を行う自治体、さらには大学・大学院に送り込む大役を果たしてきました。
高専教育に通底する特色としては、実験・実習を重視することによる実践的な技術の習得や、地域産業と深く結びついて行う社会実装教育などが挙げられます。それでも大都市圏と地方では高専の置かれている環境や状況が大きく異なることから、各高専は高専教育の本質を外れない範囲で教育の指針やカリキュラムに独自色を打ち出しています。国内で最も厳しい人口減少に直面し、高専卒業生の主要な就職先となる重工業の集積が比較的希薄な秋田県に設置された秋田高専は、そうしたハンデを乗り越える大胆な教育施策を打ち出し、産業界の求める技術力を十分に身につけた人材の輩出において際立つ成果を上げています。その具体的な取り組みを、同校の植松校長にお聞きしました。
(掲載開始日:2023年3月7日)
秋田高専の概要をご紹介下さい。
秋田市郊外にキャンパスを構える本校では、高専教育の裾野を広げる数々の新施策に取り組んでいます。その背景には、私は高専本来の魅力は卒業生の未来の「多様性」にあると考え、指導する我々教員は学生を最初から決まりきったレールに乗せるべきではないと考えているからです。また、こうした想いを持つのは私だけではありません。前校長の米本年邦先生から引き継いでいる理念や取り組みも数多く、教員たちにも浸透しています。
本校で語られる高専卒業生の未来の多様性とは、単に大手企業もしくは地元優良企業への就職、大学への編入学、専攻科進学、大学院進学、起業…といった進路の選択肢の豊富さだけではありません。それ以上に、本科の5年間にわたるカリキュラムの中で、低学年では工学の基礎をしっかり学び、高学年では多様な教育機会の中で将来に向かって自ら方向を定めながら専門性を究めていくことによって、学生一人ひとりが選び取れる未来が多様であると考えているのです。
こうした想いから、本校は学生の個性や志向にできる限り寄り添い、学生それぞれによって異なる可能性を最大限に引き出すための施策を大胆に進めてきたのです。平成29年に学科の再編を行い、それまでの機械工学科、電気情報工学科、物質工学科、環境都市工学科を、創造システム工学科の1学科に改組・集約したのもその一環です。目指したのは、学生が自らの意思や希望、得意分野の理解などに応じて徐々に自分らしいキャリアへと高度専門領域を絞っていく仕組みの創出でした。
本校に入学を希望する中学3年生は、専門分野を決定せずに全員が創造システム工学科を受験します。合格して入学した1年生は人数の関係上で4クラスに分かれますが、授業の内容は同じであり、国語・英語・数学等の一般科目の授業を受けると同時に、2年生と3年生で所属する系を選択するために機械系、電気・電子・情報系、物質・生物系、土木・建築系の4つの系すべての基礎的内容を幅広く学びます。
2年生への進級前に学生たちは1年生で学んだ工学の基礎を軸に4つの系のいずれかを選択し、4クラスに分かれて専門基礎科目を学びます。そして、4年生以降では、それぞれの系内でさらに高い専門能力を学ぶために2つのコースのうちの1つを選択します。機械系であれば、機械システムコースもしくは知能機械コース。電気・電子・情報系であれば、電気エネルギーシステムコースもしくは情報・通信ネットワークコース。物質・生物系であれば、マテリアル・プロセス工学コースもしくはバイオ・アグリ工学コース。土木・建築系であれば、国土防災システムコースもしくは空間デザインコースです。高学年では学生が興味を持って選択してきた技術領域で、より高度な知識・技術を吸収していくことになるのです。
学生本人の希望を尊重しつつ、進路選択に必要な知識を段階的に授けることによって、将来へのミスマッチを大幅に防げるようになったのです。
その一方で、段階的に専門性を深めていくとともに、2年生から5年生のすべての学年で融合複合科目を学ぶ授業を設けています。磨いた専門性を発揮できる場面を広げるためであり、近年では複数の技術領域の融合複合から価値のあるイノベーションが生まれていることから、重要な授業であると捉えています。
秋田高専の特徴的な取り組みを教えて下さい。
学生本位の選択的なコース設定とともに、秋田高専が独自に注力しているのは、グローバル人材の育成です。秋田という地で英語のコミュニケーションに苦労しない語学力を身につけ、卒業後は、地元はもとより日本国内に活躍場所を限定せず、海外にも飛躍できるエンジニアや研究者を輩出しようという考えで前校長の米本年邦先生が始めた「くさび形グローバルエンジニア育成事業」がプラットフォームになっています。私は米本先生の意志を引き継ぎ、さらに発展させたいと考え、本校着任後に新たに外国人教員4名をリクルーティングし、海外の5大学と交流協定を結びました。
この独自の教育事業は、本校へ入学する可能性を持つ中学生へのアプローチからスタートします。中学3年生を対象に「中学&高専連携エンジニアリングキャンプ」と名付けた無料イベントを夏休みに2日間かけて行い、科学の実験で工学を学ぶことへの興味を喚起するとともに本校の留学生との交流で英語に触れる時間を過ごすといった内容です。このイベントには毎年約40名の中学3年生が参加していますが、参加者の約8割がグローバルな環境で工学を勉強したいと考えて本校を受験し、最終的に参加者の7割が入学しています。
入学すると工学概論や数学の一部の授業を英語で進めることに加えて、本校と同じ秋田市にある国際教養大学との連携による集中講義「English Village」を行います。同大学は高度なグローバル教育が評価されて全国から入学者を集める難関大学で、本校の学生には英語によるアクティブラーニング等の実施で日常的英語コミュニケーション能力の向上に協力を頂いているのです。そして普通高校の生徒が大学受験に挑む時期である3年生の3月に、本校の3年生の約20名は条件に合う場合に10日間のシンガポール語学研修に向かいます。
4年生に進学すると、今度はTOEIC対策授業やスピーキング強化授業を実施。そして5年生では、TOEICのスコアで500以上をクリアした希望者を対象に、英語学習の成果を確認することになる5ヶ月間に及ぶ長期海外技術研修を実施します。留学先としてはフランスのリール、ランス等の技術短期大学、フィンランドのトゥルク応用科学大学やメトロポリア応用科学大学、シンガポールのシンガポール・ポリテクニックに加え、韓国、ベトナム、タイなど多彩な教育機関と提携を結んでいます。
以上のくさび形グローバルエンジニア育成事業は、すでに大きな成果を上げています。それを如実に物語っているのがTOEICのスコアです。全国の高専4年生の平均スコアは2020年時点で346点のところ、本校の4年生の平均スコアは2021年のデータですが495点を記録し、150点近く上回ることができました。本校専攻科2年生の平均スコアに至っては582点であり、長文が聞き取れて自分の意見を述べられるという600点台までもう一息という段階にまで到達しています。それでもTOEICの平均点はあくまでも語学学習の成果の目安です。本来のグローバル人材の育成という面では、実際に各企業の海外拠点で活躍する卒業生が増え続けています。例えば、本校からフランスに留学後、日本で研究職に就いてから、海外勤務になって研究を続けている卒業生がいます。
秋田高専の地域連携について教えて下さい。
私が赴任するまで、本校と地元企業の間で、秋田高専産学協力会と名付けられた産学連携の組織が存在していました。ところが、秋田県には他の都道府県に比べて先進的な技術を追求する研究開発拠点や大手製造業の主力工場の数が少なく、さらに本校で就職を希望する卒業生のほとんどが首都圏をはじめとする県外に流出しているという現実がありました。このままでは、先進的な技術を追求するような産学連携のニーズを引き出し、本校の学生に社会実装教育の機会を提供することができません。そこで私はこの現状を逆手に取り、秋田高専産業協力会を発展させて、地元企業ばかりか東京や大阪の企業も巻き込んで本校と協業を行う「グローカル人材育成会」を創設しました。
この組織は、Think Globally Act Locally・・・地球規模で考え足元から行動するというGlocalの考え方をコンセプトにしたものであり、全国の企業と地元の優良企業の結節点に秋田高専がなり、そこに本校の学生の学ぶ機会を設けるという発想です。中央の企業にはグローバルな指向と実践的な技術を持つ本校の学生と出会うチャンスがあり、学生や教員、さらには地域優良企業と協働で行う研究に意義を見出すことができます。一方の秋田の地元企業は中央の企業ならびに本校の学生・教員との協業の中に、自らの事業発展につながる機会を創出することができます。
現在は物質・生物系の授業を受け持つ丸山耕一教授がグローカル人材育成会の担当教授として活動を展開しています。スタートしたばかりということもあって、今後は2か月に1回は企業の方を招いた業界紹介活動を、年に1回は4年生全員と会員企業約160社の技術担当者や就職担当者を交えたイベントを開催する予定です。このイベントはキャリア支援の目的のみならず、学生に研究成果のポスター発表をしてもらうことで共同研究に発展させることを目論んでいます。
そこで学生は協力頂く企業に足繁く通い、企業経営上でどのような課題があるのかを抽出し、技術を駆使した解決策を構想していきます。この活動が現実の解決を導き出すことは珍しいことではありません。
重化学工業や先端技術産業に関して集積が少ない秋田県ですが、農林水産業に関しては全国有数の実力と実績を持った分野が少なくありません。そこに本校の教授が共同研究を進めたり研究成果を提供したりすることで地域貢献に繋げている産学連携のケースが幾つかあります。土木・建築系の増田周平准教授が進めている、未利用資源である下水処理水中の窒素やリンを水稲栽培における代替肥料に用いる取り組みなどが代表例です。
このプロジェクトは、下水道資源の利活用を地域産業とのコラボレーションで進めるという着眼のもと、秋田県の特産である米・酒づくりへの下水処理水の活用に思い至ったそうです。学生たちも増田先生の研究をサポートし、米の生育特性、品質、安全性、環境負荷、生態影響などについて学生が自身の研究として取り組み、その成果を学会で発表しています。尚、令和4年度産の酒米は、秋田県の出羽鶴酒造株式会社にて特別純米大吟醸酒「酔思源(すいしげん)」に醸造され、商品化される見込みということです。
秋田高専の学生たちの活躍をご紹介下さい。
本校の学生たちの中で特に目立った業績や成績を残してきたのが柔道部です。石井直人准教授の指導のもとで、令和4年度の全国高専体育大会は団体戦で準優勝、個人戦では、土木・建築系5年生の小林想さんが73kg級で優勝しました。そして昨年度から新監督でスポーツマネジメントを研究されている櫻井美子准教授を迎え、急速に力をつけたのが剣道部です。7月に行われた東北地区体育大会で早くも男女ともに団体戦で優勝。男子個人でも優勝と準優勝という好成績を残しました。
植松先生のご経歴を簡単に振り返って頂けますか。
私は東北大学工学部建築学科を卒業後、同大学大学院工学研究科において博士課程を修了し、博士号を取得しました。直後から東北大で研究職のキャリアをスタートし、最終的には東北大学の工学研究科・副研究科長、未来科学技術共同研究センター・副センター長を務めました。専門は風工学であり、建造物の耐風性に関する研究を続けてきました。現在もNEDO(※)の依頼で、太陽光パネルの耐風性に関するガイドラインを作成しているところです。
私が高専教育の真髄に触れた最初の接点は、東北大学の教授時代に遡ります。地震の時に避難所として使用される体育館の耐震性の分析のために、膨大な設計データを入力する作業のアルバイトを何人かの学生たちに依頼したのですが、夜の8時を過ぎてもある一人の学生だけが残って黙々と入力作業を続けていました。私は「遅くまで本当にご苦労様、残りは明日にしてもう帰ってもいいよ」と言ったのですが、「高専では実験準備に夜遅くまでかかるのが当たり前でしたから大丈夫ですよ」と言うのです。私はその熱心さと集中力に深く感心しました。それまでにも高専出身者の院生の優秀さは何度も目にしてきましたが、その原点がここにあるのかと、膝を打ったのでした。
※国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構の略称。日本のエネルギー・環境・産業技術に関する研究を行う国立研究開発法人。
高専の在学生及び卒業生へのメッセージをお願いします。
高専教育の質の高さは以前から知っていたつもりでしたが、校長として着任してみると、その背景がありありと伝わってきました。最初に数学のシラバス(※)を見て、1年生のうちからこれだけ高度な内容を学ぶのかと、驚きました。もちろん数学だけではなく、他の科目についてもいずれ第一線のエンジニアとしてキャリアをスタートするには必要にして十分な内容が5年間の教育にまとめられているのを理解しました。高専を卒業すれば誰もが自信を持って社会人のスタートラインに立てるのです。大学に編入学しても、学部で2年間を過ごしてきた同年齢よりも中身の濃い教育が施されています。
高専時代は確かに日々の勉強や実験・実習、レポートで明け暮れたことでしょう。でも、そこで培った技術や知識は、大きな財産になっているはずです。今後益々、高専出身者の活躍がクローズアップされる機会が増えることでしょう。
※講義名、講義内容等が記された講義計画のこと。