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高専インタビュー

日本の貿易を支える海事産業と、農林水産業のDX推進で、 社会を牽引する人材の輩出を目指した挑戦を続けています。

Interview

鳥羽商船高専の概要をご紹介下さい。


鳥羽商船高等専門学校 正門前

鳥羽商船高専は、明治時代の6大教育家の1人とされる近藤真琴によって、明治8年(1875年)9月に現在の東京都港区浜松町に航海測量習練所として創基し、その分校として、明治14年(1881年)8月20日に三重県鳥羽町に鳥羽商船黌(校)として創立されました。その後、私立、市立、県立などの変遷を経て、昭和42年(1967年)6月に国立鳥羽商船高等専門学校となりました。近藤真琴は江戸生まれでありながらも志摩鳥羽藩士の家督を継いでいることから、郷里の地に分校を開設したのです。令和7年には、創基150周年を迎えます。

現在の鳥羽商船高専は商船学科と、それまでの電子機械工学科と制御情報工学科の改組によって2019年に設置された情報機械システム工学科から成り、1学年あたり約120名の学生が学んでいます。このうち商船学科は、明治期からの伝統を受け継ぎ、これまでに8000名に迫る数の人材を、海事産業を中心に輩出してきました。実際に多くの卒業生が大手商船会社や海事関連企業の中枢で活躍をしています。鳥羽は地理的に日本の中心に位置し、名古屋に至る伊勢湾の入り口にあり、すぐ先が外洋という海上交通の要衝ということもあって、全国から志望者を集めて航海士や機関士を育成するには絶好の場所だったのです。

もう一つの情報機械システム工学科は、機械システム技術と情報技術が融合した領域を学びます。機械システム技術は機械、制御、電気・電子分野を包括したものであり、それを土台につくる装置や設備をソフトウェア(情報技術)で動かしていこうとする、現在のAIやロボットに関する技術を先取りしていたユニークな学科です。本校が以前からこうした情報と機械が融合する領域に取り組んできたのは、そもそも船の中の多種多様な機械設備を情報システムで統合管理することで、安全な航海の実現を図ってきたことに原点があります。一見、船の世界とは直接の関係がないように見える本校の情報機械システム工学科ですが、商船系の高等教育機関として長年にわたって培った知見はしっかりと受け継がれているのです。

鳥羽商船高専の商船高専らしい取り組みを教えてください。


海事の世界では、船のDX化、無人運転、CO2削減等研究対象テーマが拡がっています。航海士、機関士になるにもこのような先進技術を理解する必要があります。

商船学科は大型商船の船長や機関長はじめとする船員、またひろく海事産業への人材の輩出が期待されています。海事産業とは、海上物流を担う海運業、造船業、そして船に必要な機械や設備を製造する舶用(はくよう)工業などを総称したものです。船舶を操船し、港湾とのやりとりや船内業務のマネジメントを行う航海士、そして船内のエンジンや発電機、ボイラーなど各種設備の整備を担う機関士に船上の実習が不可欠であるのは言うまでもありません。その一方で、地上職に就く場合も船の構造や船上業務について深く理解する必要があります。そこで、本校では練習船の鳥羽丸を活用し、乗船して行う洋上実習を頻繁に行なっています。学年ごとに交代で乗り込むことが多くなりますが、1人の商船学科生が卒業までの5年半に練習船で学ぶのべ日数は1年半分にもなる計算です。これには独立行政法人海技教育機構の大型練習船に乗船しておこなう合計1年間にも及ぶ航海実習が含まれます。


商船学科の吉田南穂子准教授、航海士という仕事は、原油や液化天然ガスも運び日本の生活や産業を支える大切な仕事です。その大切な仕事を担う航海士を育成する教育者となった現在、卒業後に船長や機関長となった学生と会うことがやりがいです。

近年は女子学生の割合も増加し、約2割となっています。社会に出て航海士として活躍する女性も増えており、2017年に国内最大手の商船会社である日本郵船において、本校の卒業生である小西智子さんが初の女性船長となりました。また、本校の商船学科には2名の女性の教員が活躍しています。種々の航海計器の原理や構造、活用法を学ぶ航海システム論と、電波を活用して自船の位置や周囲の情報を得る計器について学ぶ測位システム論を教える吉田南穂子准教授によれば、日本の物資の輸出入を支える海運の世界では女性進出が加速しており、船内の設備や働き方においても女性が不利になるようなことは殆ど無くなってきているそうです。今後、海が好きで世界中を仕事で巡る活躍をする女性航海士や女性機関士がいっそう増えていくことでしょう。

鳥羽商船高専の地域連携についてご紹介ください。


江崎修央教授が中心となり、地域の課題を解決する取り組みを行っており、その成果が注目されています。「ezaki-lab」として、定置網の漁獲予測システムやスマートウォッチを使った海女漁支援等地元産業に大きく貢献をしています。

本校の情報機械システム工学科では、課題解決型学習であるPBL(プロジェクト・ベースド・ラーニング)に注力しており、地域が抱える課題を解決に導く数々の実践的な取り組みに、教員と学生たちが積極果敢に挑んでいます。本校の位置する鳥羽市や周辺エリアの伊勢市、志摩市の中心的な地域産業は農林水産業であり、これらの産業にフォーカスした施策を続々と打ってきたところ、近年になって数々の成果が上がってきました。例えば江崎修央教授が主導する研究と授業が、ウォータープルーフのWebカメラや画像センサーを取り付けた海洋観測機を活用して、地域産業の課題解決に貢献しました。代表的な成果が、海苔の養殖に大きな影響を及ぼす潮の満ち引きのデータをネットワークに乗せて遠隔取得できるシステムや、定置網の漁獲予測システムの開発です。他にも同教授と学生たちは獣害対策やウニの陸上養殖に重要な塩分濃度や水温のモニタリングなどでもAIやIoTを活用。そこで学んだ学生たちは現在ではスマート漁業やスマート農業について最先端の知見を獲得しています。いずれの施策も、船上や沿岸、農耕地といった厳しい自然条件の中で働く方々の負担を減らすDXの推進であり、高齢化が進む伊勢志摩エリアの地域産業に大きく貢献をしています。

また、紀伊半島の南東部は耕地面積の約50パーセントを柑橘中心の樹園地が占めていますが、生産者の高齢化や後継者不足による耕作放棄地の増加、栽培面積や生産量の減少が大きな課題となっています。こうした地域課題に対峙して本校の白石教授と同教授の指導する学生たちが行ったのは、柑橘類を栽培する農地にAIの活用で適切な散水を行う自動給水システムの開発でした。柑橘類の栽培はデリケートさが要求されるそうですが、そこに省力化した上に最適な水やりのできるシステムを提供できたことで、秀品率が大幅に向上したそうです。
以上のような各種施策が認められ、本校は高専発のGEAR 5.0(未来技術の社会実装教育の高度化)事業の農林水産分野において、函館高専、一関高専、和歌山高専、阿南高専を取りまとめる役割を担う中核拠点校に採択されています。

一方の商船学科でもいくつかの地域連携が実を結んでいます。例えば、株式会社ZTVとの協働でローカル5Gの実験を進めています。これは船と陸との通信の品質を向上させることを目的としたもので、災害支援でも威力を発揮できる技術として取り組んでいます。総務省の「課題解決型ローカル5G等の実現に向けた開発実証」にもコンソーシアムの一員として公募し、採択されました。

鳥羽商船高専で活躍されている学生をご紹介ください。


課題解決、社会実装の取り組みの成果として、プロコン、DCON、GCONなど高専コンテストの入賞、受賞の常連校となっています。

本校は先ほど紹介した江崎教授を中心に、未来の日本を担うスタートアップ人材の育成にも注力されています。同教授はハードウェアからソフトウェアまでカバーするトータルシステムとビジネスプランの立案を指導していますが、その延長上で学生の起業を支援しているのです。そうした中から頭角を表したのが、専攻科の辻陸玖(つじりく)さんです。辻さんは江崎教授が出資して設立されたエザキラボ株式会社のCEOを務め、地域の小中学校の先生たちへのIT支援事業と、水産業のIT化に向けたソフトウェアの受託事業の経営を行なっています。さらには三重県からの受託事業として、県内企業の新規事業に向けて学生が提案や支援を行っていくためのハッカソンを主催する予定です。辻さんは本校専攻科を卒業して就職した後も、兼業しながらエザキラボを発展させていくそうです。一方で江崎教授は、辻さんのような学生アントレプレナーを本校から数年で少なくともあと20名は輩出していきたいと語っています。

江崎教授の指導している学生以外でも、地域連携で培った技術や成果などをベースに様々なコンテストに挑んだ学生たちが、数々の成果をもたらしています。高専プロコンでは令和4年度はバレーボールの選手の守備範囲の最適化を支援するシステムの「OMOAI」で特別賞を受賞。令和3年度は同コンテストで最優秀賞を受賞しました。高専DCONでは令和4年度は定置網漁の支援システム「Seenet」で企業賞を受賞。令和3年度も第2位の好成績でした。

鳥羽商船高専のグローバル施策についてお聞かせ下さい。

日本の貿易を担う海事産業は、そもそもグローバルな産業分野です。外洋航路の航海士は、就航地の関係者と交渉を行ったり友好的な交流を行ったりと、1国の外交官とも言える役割を果たしています。陸上勤務においても常に海外の動向をウォッチし、現地の情報収集を行い、重要な交渉や様々なやりとりを行う職務がたくさんあります。そうした背景もあって、世界に視野を向けていた本校はかねてから学生の海外交流活動に注力してきました。現在ではハワイのカウアイコミュニティカレッジをはじめ、シンガポ-ルポリテクニックのマリタイムアカデミーなど様々な教育機関と国際交流協定を結んでおり、海上交通の要衝であるトルコのイスタンブル工科大学とは国際インターンシップを行なってきました。今も他の国々の教育機関といくつかの提携を計画しています。また、本校では留学生寮を計画中ですが、完成すれば学生の国際交流はさらに活発になるでしょう。

和泉先生のご経歴を簡単に振り返って頂けますか。


波が好きで物理の世界に入りました。東京海洋大学時代に船舶の超電導モーターを産学官連携で共同研究をした際に、高専からの編入生の優秀さに驚かされました。

私は学生時代を筑波大学で過ごし、物理を専攻しました。ガスレーザーを設計製作し、カーテンを焦がして怒られたこともありますが、実験にのめり込み、学位を取得しました。その後に筑波大学の助手、長崎大学の講師を経て、東京商船大学に異動、その後フランス政府の給費でボルドーに留学しています。帰国後は続けて東京商船大学に勤務し、東京海洋大学教授、理事・副学長、産学・地域連携推進機構の機構長を務めました。本校校長には令和3年の4月に就任しました。東京海洋大学時代には商船高専からの編入してきた大学院学生も加えて産学官連携による大型船舶の電気推進用超電導モーターの開発チームを組織してのべ10年間以上にわたって研究開発を推進したり、いろいろな産学官連携のコンソーシアムを構成して共同研究や人材育成のプロジェクトを立ち上げたことが本校との縁を引き寄せ、現在の職務に向かわせたのだと思っています。

高専の在学生及び卒業生へのメッセージをお願いします。

高専で学ぶこと、学んだことは社会的にとても価値があり、学校を出た後に社会のワンオブゼムとして埋もれることはありません。内閣府が提唱する日本の未来社会のコンセプトであるソサエティー5.0を引っ張っていくんだという自信とプライドを持てるはずです。ただ、そこでは学び続けることが必要になります。目先の仕事で大変でしょうが、ぜひ自分を高める学習を続けてください。また、同窓意識を持ち、先輩や同期、後輩と繋がることにより、刺激や協力を得ることができ、高専時代から培ってきた実力をいっそう大きく引き出せることでしょう。海事産業のみならず、各界から聞こえてくる皆さんの活躍を楽しみにしています。

本日はお忙しい中、長時間に亘りご協力頂き、ありがとうございました。

※この記事の所属・役職・学年等は取材当時のものです。