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高専インタビュー

現在、そして未来の社会が求める人財像を正視し、真の社会的価値を修養する新たな教育と指導に挑んでいます。

Interview

茨城高専の概要をご紹介下さい。


茨城工業高等専門学校 正門前

茨城高専のある茨城県は北部の日立市、本校の位置する中部ひたちなか市、東部の鹿嶋市や神栖市(かみすし)で工業化が進み、南部には筑波研究学園都市が整備されるなど、数多くの製造業や研究開発機関が集積しています。また、茨城県は農業県としても知られ、農業産出額が国内3位(令和2年度)であるなど、豊かな産業構造を有しています。高等教育機関に関しても本校の他に国立の茨城大学や筑波大学の他、東京藝術大学、数校の私立大学がキャンパスを展開しています。

このような地域特性の中で毎年200名前後の入学者を迎えている本校ですが、入試で選択できる学科は国際創造工学科の一つのみです。1年生は全学生共通で工学の基礎的なカリキュラムを広範囲に学び、2年生への進級時に主専攻と副専攻をそれぞれ一つずつ選択します。主専攻は機械・制御系、電気・電子系、情報系、化学・生物・環境系の4つの系があり、授業の中心になります。副専攻には主専攻と同様の4つの系にグローバル系を加えた5つの系があり、それぞれの技術領域のベーシックな内容を学びます。主専攻と副専攻で同一の系を選ぶことはできません。また、専攻を決めるのは本人の希望と成績順です。中には主専攻で第2志望の系に行かざるを得ないケースもありますが、その場合は副専攻において第1志望の系を選ぶことが出来ます。

平成29年に、以前の5学科から現在のような学科再編に踏み切ったのは、社会の変化に対応し高専教育もアップデートしていかなければならなかったからです。一つの技術カテゴリーからだけでは新たなイノベーションが芽生えず、社会を発展させる新しい価値は複数の技術領域の融合から生まれることが多く、更にそこから発展した先進技術がITや金融、流通などの産業と結びついて社会に波及している現状を見据えて、これからの技術者には卓逸の専門領域に偏らない複合的な知見と視点を持つことが不可欠になると判断したのです。私は令和2年に第11代の校長に就任しましたが、学科再編を牽引した前校長の意を継ぎ、更に高専における学生への教育と指導を前進させる取り組みを打ち出して今日まで軌道に乗せてきました。

茨城高専の特徴的な取り組みを教えて下さい。


キャリア支援室を新設し、室長の 宮下 美晴 教授 (写真)と副室長の 神野河 彩子 助教を中心に進学、就職を含めたキャリア教育を強化しています。

私が本校の校長に就任して手がけた施策は、大きく3つあります。最初のステップ1は、広報室の設置でした。広報室特命助教として金澤先生を招聘し、ホームページ上やプレスリリースなどを通して数々の広報活動を開始したのです。これまで本校に限らず、高専は外部に向けたPRが限定的だったのは否めません。外部の企業や行政、一般の方々とどのようなタイアップができるのか、高専にはどのような魅力や成果物があるのか、それらを広く知ってもらうことで自らの価値をもっと高められるはずです。学生たちにとっては数多くの機会創出をもたらすでしょうし、PRによって社会から高評価の対象となれば自ずとモチベーションも上がります。そしてこのことは学生のみならず教員たちにも言えます。高専は閉じた教育機関ではないことを認識し、教員自らも研究者や教育者として外に向けて成果を訴求していくことで、いっそうの意欲が引き出されていくでしょう。

次のステップ2は、学生たちの将来設計を支援するキャリア教育の強化です。今までの高専は各分野に特化した教員が専門分野だけを教えることにより専門特化型の人材を輩出する教育機関でした。そこに本校はメスを入れて学科再編を行い、専門に副専攻の知見を加えた複合視座型の人材を育む方針にスイッチしたのですから、キャリアに関する指導もそれに合わせなければなりません。また、産業構造が大きく変わってきたことで、求められる人材像や雇用スタイルもかつてのようなものとは異なってきています。更に大学や大学院に進学を希望する学生であっても、その後に就職する際に高専時代からキャリア設計を考える意義は大きいと言えますし、進学先を選定するのもキャリア設計の一環です。


キャリア支援室の扉は開放されており、学生はいつでも利用可能です。

そこでキャリア支援室を新設し、室長に化学を教えている宮下教授を兼任で抜擢しました。宮下教授には進学担当となってもらい、進学先調査と時代にマッチした見識で学生の相談を受け持っています。そして副室長にはキャリアデザインの専門家である神野河助教を、就職担当の常勤教員として迎えました。他にも産業界のトップランナーを招いて学生と交流してもらうなど、学生たちの視野を広げるとともに将来の展望をイメージするきっかけを作るイベントを開催しています。
本校では2年生になる直前に自分の主専攻となる系を決めることになりますが、そこで第1志望に入れなかった学生のモチベーションが落ちてしまうという課題が考えられました。それを補う意味でも、1年生の時からのキャリア教育は重要になります。その中で将来への夢や希望を探ってもらいつつ、副専攻を通して希望の勉強を進めることで、却って複合型の産業界に合ったキャリア形成の指導が可能になるのです。実際に今の社会では機械と電気の学際からロボット技術が、電気と情報の学際からIoTが、物質と情報の学際から半導体の技術が進展しています。キャリアデザインも、複数の専門領域を持つことが描きやすくなるのは確かです。

進学担当の宮下室長によれば、本校に入学してきた学生の多くが、本校で技術の基礎をしっかりと学び、大学や大学院でより高度なレベルで研鑽するという将来設計をイメージしているそうです。茨城県には技術系の企業や研究所が数多く存在していて、ご両親や親戚に技術者や研究者が少なくないことも影響しているのではないでしょうか。それにもかかわらず、本科の高学年になっても自分がどの大学に進んで具体的にどんな研究をしたいのか、はっきりと描くことができていない学生が少なくないようです。そこを個々に寄り添って一緒になって考え、必要な進学情報を与え、少なくとも志望大学についての調べ方を教えるだけでも、その後の受験意欲が大きく高まるそうです。

就職担当の神野河副室長も、求人情報や企業の募集要項をどのように見るべきかという基本的な指導だけでも、就職後に本来やりたかったことと配属先での実務のミスマッチを避けられると話します。今はインターネットで自ら様々な情報を集められる社会ですが、キャリアデザインの専門家によるセカンドオピニオンは極めて有効のようです。

茨城高専の地域連携について教えて下さい。


地域連携の強化に取り組んでいる、地域共同テクノセンター長 岡本 修 教授。「地域相互誘起型課題解決実践教育プログラム」は、専攻科の学生に留まらず対象を本科3,4,5年生にも拡大しています。

私の取った3つ目の施策、ステップ3が地域連携の強化でした。地域産業への貢献を掲げる高専は、本来は地域連携が活発であるべきですし、他高専は様々な成果を生み出しています。ところが本校は相対的に成果が薄いと言わざるを得ない状況でした。そこで、本校の機械・制御系クラスで電気を教えている岡本教授に地域共同テクノセンター長を兼任してもらい、本校のサポーターとなっていただける企業を増やしていく取り組みを強化してもらいました。まずは地元企業の経営者や技術系社員に来校いただいて情報共有を進める「高専ティーサロン」を開設。月に1回のペースで開催し、既に15回を数えました。

そんな中から生まれたのが「MIPPE」です。茨城弁で “やってみよう” という意味の “やってみっぺ” から名付けられた、茨城高専の専攻科の学生や教員と地域企業の協働を通してお互いに高め合うことを目指した半期の教育プログラムで、正式名は、“地域相互誘起型課題解決実践教育プログラム”です。具体的には1チームを4人から5人の系の異なる学生で編成し、それぞれ異なる地域企業に足を運びます。訪問先は機械や設備などの製造業には限らず、水産加工業であったり、食品会社であったり、ソフトウェア開発会社であったりと多彩です。学生たちは週に1回、担当する協力企業に15週にわたって通います。そこでの協働経験からキャリア意識や社会性が身につきます。学生たちにとっては、産業社会に深く入り込む最初の第一歩になるのです。

そして最終的な成果として、担当企業の製品やサービス、企業文化や職場環境をよく知った学生たちは、その企業のPR動画を制作し、年度の最後に発表することになります。この発表はコンテスト形式で行われ、優れた作品は表彰されます。令和3年からスタートしたMIPPEですが、すでに半期4回を終えています。回を重ねるごとに動画のクオリティは上がり、企業側も採用活動のプロモーション等に活用しているそうです。

MIPPEは専攻科の学生を対象としていますが、本科の3年生・4年生・5年生を対象に、夏季休暇期間を利用して行っているのが「MIPPEプラス」です。こちらは5日間のインターンシップで、地域企業が抱えている課題を学びつつ、学生ならではの提案を発表していく内容になります。前回は「若者人材確保のための取り組み」や「ペーパーレス化に向けた施策」「耕作放棄地の有効活用方法」といった各企業が抱える様々な課題を学びました。このMIPPEプラスに協力していただく企業は、ホテル業界や茨城県サッカー協会などITを事業活動のインフラとして積極的に利活用する業界・業種が多く、SNSの活用に長けた学生の提案発表が好評でした。

茨城高専のグローバル施策についてお聞かせ下さい。

現在、タイ、モンゴル、マレーシア、ラオス、カンボジアの5カ国から20名の留学生を迎え入れています。
本校は以前からグローバル化には積極的でした。4年前にタイの中学生を日本人と同じ正規のカリキュラムで迎え入れたのですが、その学生が大きな成果を残してくれました。現在情報系5年生のカモンパットさんが、電気・電子系5年生の北原さんとチーム「JANO」を3年生の時に組み、本校があるひたちなか市についての紹介ビデオを作成し「茨城の魅力を探求し、発信する高校生コンテスト 茨探2020」にエントリー。この作品が、視聴者の投票数が最も多かったチームに与えられる「オーディエンス賞」を受賞したのです。

既に国内でキャリアを完結させる時代ではなくなった今、日本人学生にもどんどん海外に出ていってほしいという思いから、交換留学に向けて海外のカレッジとの協定の締結を進めています。令和4年の9月には韓国の朝鮮理工大学と交換留学の協定を締結し、コロナ禍を乗り越えて3年ぶりに本校の学生3名が短期留学で渡航しました。その後に韓国からも留学生を迎えています。本校には留学生寮が完備されているので、もっと受け入れ人数や日本人学生との交流機会を増やしたいと考えています。

米倉先生のご経歴を簡単に振り返って頂けますか。

私は名古屋大学大学院工学研究科修士課程で3次元デジタル幾何学を研究し、その後に計装機器大手の株式会社山武ハネウェル(現アズビル株式会社)に新卒入社しました。入社後、3ヶ月足らずでアメリカに赴任し、そこで1年と3ヶ月にわたって新しいコンピュータシステムの開発援助に従事。帰国と同時にセールスエンジニアとして国内の総合化学会社や電力会社をまわり、都合7年にわたる企業人生活を送りました。その後に名古屋大学に戻ってコネクショニズム型の計算理論について研究し、博士の学位を取得しています。そして平成3年に茨城大学で大学教員のキャリアをスタートし、平成26年からは茨城大学の副学長を務めました。そして、令和2年に本校の校長に着任したのです。

高専の在学生及び卒業生へのメッセージをお願いします。


ものづくり至上主義からの脱却が遅れたことが失われた30年に繋がっていると痛感します。コンテンツだけでなくコンテキスト(流通や製品の周辺全体を見た)を含めた新しいタイプのものづくりが求められています。この根底にある課題を踏まえての改革を進めており、高専生にもこの視点を持っての活躍を期待しています。

私に社会人経験があるからかもしれませんが、高専生には多くの関係者と関わっていく社会性や社会を俯瞰する視野を学ぶ機会が少ないように感じています。高専卒業生の多くは、理論に加えて実験・実習で技術をしっかりと学んだことから即戦力として活躍され、その後の成長に続いていますが、企業への入社当初に限れば社会人としての立ち居振る舞いに戸惑う面が少なくないようなのです。そこで、本校に限らず高専の在学生には学校内に閉じこもらず、産学連携等で実社会との接点を持ち、今から社会性を身につけてほしいと考えています。在学中に自ら歩んでいく業界の技術マップが描けるくらい視野を広げ、就職時には若くしてスーツの似合う人材となって社会人デビュー時からスタートダッシュしてほしいですね。

本日はお忙しい中、長時間に亘りご協力頂き、ありがとうございました。

※この記事の所属・役職・学年等は取材当時のものです。