高専出身の転職は正社員専門のエリートネットワーク

高専インタビュー

社会実装教育に注力する県内有数の高等教育機関であり、時代を拓く数々の起業家を育んできた実績を持ちます。

Interview

福井高専の概要をご紹介下さい。


福井工業高等専門学校 正門前

福井県嶺北(れいほく)地区中央部に位置し、日本のメガネフレームの9割以上を生産していることでも知られる鯖江市に、福井高専があります。
昭和40年の開校時は機械工学科、電気工学科、工業化学科の3学科でスタートし、その後に改組や学科増設を経て現在は機械工学科、電気電子工学科、電子情報工学科、物質工学科、環境都市工学科による5学科体制となっています。

就職を希望する学生のほぼ全員が志望企業に入社しているのは他の国立高専と同様ですが、特筆したいのは福井県内の企業への就職率が約39パーセントと高いことです。
地元に本社または製造開発拠点を構える電子部品・デバイスメーカーや情報通信会社、自治体などに進む学生が多く、福井県全体への人材輩出に貢献できていると言えるでしょう。
また、福井高専の就職者の70パーセント近くが従業員500人以上の大手企業に入社している一方で、一旦は関東や関西で就職した卒業生が地元でUターン転職を希望する例も見られ、その際は教員たちが改めて相談されることもあるようです。

福井高専の特徴的な取り組みをお話し下さい。


コンクリート構造物が雨ざらしの天然の環境で保管されている様子。環境都市工学科の学生がハンマーで打音検査している所に、電子情報工学科の学生が電気信号で検査できるのでは?と持ち掛けた事がきっかけでDCON2021 最優秀賞の作品が誕生した。

私が本校の校長に着任して3年半少々経ちますが、その時にすぐにでも取り掛かりたいと考えたのは、地域の企業との連携強化でした。そのために着手したのは、以前からあった「福井高専地域連携アカデミア」への注力です。
着任時に約70社だった会員企業数を現在114社までに拡大し、共同研究や技術交流を活発化させ、学生がインターンシップでお世話になる機会も増やしています。この地域連携アカデミアの充実に注力する理由は、会員企業の存在が学生の社会実装型教育のベースになるからです。
例えば、本校では本科4年生時と専攻科1年生時に、社会実装をテーマとした授業や講義を行っていますが、そこに会員企業の協力が不可欠になるのです。
本科4年生時の授業では、学科横断で各学科から1名ずつ集まった5人のチームを40グループ作り、社会問題を自分たちで見つけ出し、それを自分たちの立場で解決できるアイデアを導き出していきます。そして各グループそれぞれが課題を探し出し、その解決の方策を見つけていく過程で、地域連携アカデミア会員企業の現場の意見やヒント、アドバイスが活かされています。
同様に、専攻科1年生時の社会実装プログラムでは実際に社会課題を解決に導くモノを開発しますが、ここでも地域の産業に密接に結び付いた課題が取り上げられることが多く、やはり関連企業からのアドバイスや評価が開発の成否を大きく左右します。

社会実装というテーマで力を入れてきたもう一つの施策が、「福井高専ビジネスアイデアコンテスト」です。このイベントは3年前からスタートしているもので、本科1年生から5年生までの誰にも参加資格があります。
文字通り、事業化を最終目的とするものづくりのアイデアを競うものですが、このコンテストを始めた成果はすぐに現れました。開始翌年の令和3年の全国高専ディープラーニングコンテスト(通称DCON)2021において、本校のプログラミング研究会チームが6億円の企業評価額をつけて最優秀賞を獲得したのです。
評価されたのは、コンクリートのような構造物にひび等の異常がないか、マイコンを取り付けたハンマーとディープラーニング技術を使って誰でも簡単に打音検査する事を可能にしました。私の専門はコンクリート工学であり、この技術にはニーズを捉えた豊かな市場性があると見ています。学生たちからの起業に着手しましたという報告を聞きたく、今か今かと待っています。

起業と言えば、大学発のベンチャーが着目され、アントレプレナー教育の重要さが盛んに語られるようになってきましたが、私はアントレプレナー教育の本質は企業経営に必要なノウハウを磨くことにあるのではなく、多くの仲間を率いて新しい価値の創造に立ち向かうリーダーシップを磨く教育だと捉えています。
企業内で創造力を発揮し、それを起点に事業化する中心人物は、社長一人ではなく、多くの場合で技術や開発のリーダーが担っています。元々想像力の豊かな高専生ゆえ、リーダーシップを磨けば新たな事業を開拓する起業家になれるはずです。一方で、アントレプレナーには創造力とリーダーシップに加えて倫理観や道徳観が備わってなければならないと考えます。新事業に道徳的な価値観が伴っていないと社会貢献に結びつかないからです。

福井高専の地域連携について教えて下さい。

産学連携の福井高専地域連携アカデミア以外にも、本校は福井県下で地域の企業や自治体、住民の方々と、広範囲にわたって交流を深めています。
福井県は教育県として知られており、全国学力テストの都道府県別ランキングでは小学校・中学校ともに例年のように上位に入っています。2021年度も小学校で全国3位、中学校で2位でした。
この結果からも分かるように教育熱の高い県ということもあり、福井県主導で本校、福井大学、福井工業大学とはアカデミックアライアンスを組んでおり、一般向けの公開授業を数多く実施しています。

福井県の教育熱の高さに応えている施策の一つが、本校が主催するジュニアドクター育成塾の「クラフテックラボ」です。
このプロジェクトは、ものづくりを通して、将来の研究者(ドクター)を発掘・育成するのが目的です。対象は小学5年生から中学3年生。受講生全員参加の1年目は、約30のプログラムから好きなものに参加して「ものづくり」への興味・関心を育てます。
そして、選抜された10名が参加する2年目は、本校の教授陣が務める「研究者」とマンツーマンで1つのテーマを探求します。2年目に進んだ10名の選抜者には、福井高専入学の特別推薦枠にノミネートされることになります。

学生や卒業生たちの活躍についてお聞かせ下さい。

学生の課外活動で目立っているのは、女子バドミントン部と無線研究会です。女子バドミントンは高専大会で優勝しています。
本校と直接の関係はありませんが、世界ランキングのトップに立ったこともある山口茜選手は福井県の出身であり、当地ではバドミントンが盛んであると言えるでしょう。
無線研究会は、高校アマチュア無線コンテストの高校マルチオペレータ/7MHz部門で5連覇中です。

卒業生の活躍に関しては、実は本校を卒業して数年後に起業し、事業を軌道に乗せることに成功している起業家は何人もいます。
例えば、教育用コンピュータとして普及が進んでいる「IchigoJam」を開発し、数々のWebサービスを展開する「株式会社jig.jp」を設立した福野泰介さん。かつて日本最大級のECサイトZOZOの立ち上げや最高技術責任者を担い、令和5年4月に開校する「神山まるごと高専」の校長に就任予定の大蔵峰樹さん。アフリカでIT教育事業を展開している福井市のITコンサルティング会社「株式会社ict4e」の原秀一さんなどが、本校出身の起業家です。

田村校長の考える高専教育の魅力を教えて下さい。

“高専卒業生は新卒で入社直後から即戦力に近い活躍を見せる” とか “大学の研究室で素早く実験や試作に取り掛かるのは高専出身者” という評価のコメントをしばしば頂きます。
そうした高専出身者共通の評判は、本科の5年間を通して身に付けた実践的な技術に加え、学び続ける習慣からも来ていると私は考えています。日本の教育力を底上げする存在でもあるでしょう。社会からの評価や期待も高まるのも自然なことだと思います。

実際、この少子化時代にあって、徳島県に「神山まるごと高専」が、滋賀県野州市に「滋賀県立高専(仮称)」が新たに開校する予定です。私はこの2校で終わらず、まだまだ新たな高専を全国各地に開校した方が良いと考えています。
少子化で既存の高校と入学生の取り合いなってしまうと懸念される意見が出るかもしれませんが、それなら既存の高校を高専に置き換えれば良いのではないでしょうか。それくらい柔軟に捉える価値が高専にはあると思います。

田村先生のご経歴を簡単に振り返って頂けますか。


田村校長の専門はコンクリート構造。コンクリート構造物のひび割れや品質保証は安全な生活を送る上で欠かせない研究です。研究にしても経営にしても、最も大事なのは倫理観を持ち続けることと田村校長は強調されます。

私は徳山高専の第一期生です。幼い頃からものづくりが大好きで、中学生の頃には大工になろうと思っていました。それで工業高校の建築科に入ろうと思ったのですが、中学卒業の年に徳山高専が設置されることを知り、土木建築工学科があること、そして授業料がとても安価だったことから進路を高専に切り替えました。
入学した徳山高専では構造力学の教授の研究室に入り、コンクリートの構造に関する研究を始めています。そうして卒業を迎え、地元企業への就職が決まっていたところに「学校に残れ」と声を掛けて頂けたこともあり、技術職員になりました。
その後、助手に配置転換したのですが、助教授になるには博士号を取得しなければなりませんでした。そこで10年間の研究成果を携えて山口県から遠路長岡技術科学大学に半年間通い、博士論文の作成に取り組んだのです。

それ以降、徳山高専で助教授、教授と進み、副校長まで務め、今日の福井高専校長に至るのですが、その間には長岡技術科学大学への2年間の出向や高専機構本部での3年間の研究総括参事としての勤務も経験させて頂きました。
研究者としての専門は、コンクリート構造です。現在は新設コンクリート構造物のひび割れ問題や品質確保など、社会基盤構造物の長寿命化についての研究を行っています。

徳山高専の学生時代での思い出で忘れられないのが、野球部を創り、野球に明け暮れたことです。一期生なので、何もないところからのスタートでした。甲子園を目指して地方大会に出場するには高校野球連盟への登録が必要だったので、3年生の時に自ら高校野球連盟に加盟の相談に行きました。
ところが登録は次年度のチームからという結果に。甲子園の夢はそこで終わってしまいました。しかし、学生監督となって後輩を指導することになり、以降は監督の立場で甲子園を目指したのです。
今の私の居場所である福井高専は、数年前に県大会で上位に進むなど、野球部は決して弱くありません。強豪校がひしめく福井県ですが、私の在任中にぜひ一度甲子園の土を踏んでほしいですね。

高専の在学生及び卒業生へのメッセージをお願いします。

高専は、産業界から求められる軸のしっかりした教育を行っています。それは私自身が高専生であった頃から実感してきたことです。
高専の本科を卒業して就職するのも、専攻科に進んだり、大学に編入学したり、大学院に進んだりするのも、どのコースを選んでも、高専で学んだ5年間はかけがえのないものになるでしょう。

どんな学歴やキャリアを歩もうとも、大切なのは高専 “経由” であることに誇りを持って頂きたいと思います。
ぜひ身に付いた学ぶ習慣を発揮しながら、技術や開発や設計のリーダーとなって、社会や産業の発展に寄与する存在であり続けてください。

本日はお忙しい中、長時間に亘りご協力頂き、ありがとうございました。

※この記事の所属・役職・学年等は取材当時のものです。