高専インタビュー
数々の高専改革を断行し、様々な産業でDX推進が行われる今の時代に必要な人材を輩出する修学環境を整えました。
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高等専門学校(以下、高専)は、国立高等専門学校機構が全国各地に設置する51校以外に、公立の高専が3校、私立の高専が3校存在します。大阪府寝屋川市にキャンパスがある大阪公立大学高専(正式名称:公立大学法人大阪 大阪公立大学工業高等専門学校)も、公立高専の1校に数えられます。
同校は1963年に大阪府立高専として開校。2011年に設置母体が大阪府から公立大学法人大阪府立大学に移管された際に大阪府立大学高専に名称変更が行われています。そして2022年に大阪府立大学と大阪市立大学の統合で大阪公立大学が誕生したことにより、あらためて現在の名称となりました。
今回の名称変更とタイミングを合わせて進められたのが、AIやIoTの技術が進化するデジタル社会が求めるDX人材を輩出する工学系高等教育機関への質的転換です。それはカリキュラムの再編から行う抜本的なもので、実社会の変貌を捉えて自ら大きく変わろうとする高専改革が進められています。そこで、同校の高専改革におけるこれまでの経緯や背景、現在進行中の各種施策等について、変革を牽引なさった同校の東校長にお話を伺いました。その中では国立高専と通底する学びの場としての魅力や相互の協力体制が伝わってくる一方で、国立高専とは異なる独自の考えによる地域特性と未来を見据えた、真摯な技術高等教育へのアプローチが見えてきました。
(掲載開始日:2022年11月28日)
大阪公大高専の概要についてご紹介下さい。
本校は令和4年4月に大阪府立大学高専だった名称を、新たに大阪公立大学高専に変更しました。学校経営の母体が公立大学法人大阪府立大学から公立大学法人大阪に移行したことに伴うものです。全国各地の国立高専各校は、国立高専機構が指し示す共通の方針のもとで、学校運営の多くの場面でスケールメリットを活かしているのに対して、本校は大阪公立大学と連携しつつも法人内では唯一の高専であることから、独自の教育方針により柔軟・身軽に学校運営を進めやすいポジションにあります。
その一方で、公立・国立・私立の全57高専が参画する一般社団法人全国高等専門学校連合会を通して、他の高専との交流も行っています。ロボコンやプロコン、高専体育大会などのイベントでは設立母体の違いによる参加の区別はありませんし、国公私立の枠組みを超えた協議会等でも情報交換を行っています。近畿の国公立7工業高専は元よりまとまりが良く、勉強会や意見交換会など学生や教員の交流は少なくありません。特に国立の明石高専、奈良高専、神戸市立高専とは、高専卒業生が新たにDXを担う人材へと学び直すリカレント教育を来年度から共同で進めるなど関係が緊密です。私も3校の校長先生とは頻繁に顔を合わせています。本校とこの近畿3高専はどのキャンパスに集まるにしても2時間以内の距離にあり、連携施策が取りやすいことも緊密さに寄与していると言えるでしょう。
本校が他の高等教育機関や産業界と共同で取り組んでいる具体例の一つに、経済産業省近畿経済産業局が事務局を務める「関西蓄電池人材育成等コンソーシアム」への参画があります。「2030年までに蓄電池・材料の国内製造基盤として150GWhの製造能力を確立するべく、電池製造で合計約2.2万人、材料などサプライチェーン全体で合計約3万人、蓄電池に係る人材を育成・確保していく」という目標に向かって教育カリキュラムを策定していく団体です。近畿の7府県・4政令市、蓄電池大手・先進企業各社、文部科学省、経済産業省、産総研、NEDO、製品評価技術基盤機構、関西経済連合会、それに本校を含む近畿4高専7大学の参画による大規模な取り組みが進むことになります。
進路に関しては、本科卒業生の約6割が就職し、約4割が大学に編入学で進学します。進学先の1/3近くが大阪府立大学であることは本校らしいと言えるでしょう。就職先も約8割が地元大阪に根ざした企業や、大阪府内の拠点への配属となっています。そしてその就職先のほとんどが、日本を代表するような大手企業です。一方で、自ら起業した卒業生も少なくありません。第17回(令和2年度)eラーニングアワードにおいて、厚生労働大臣賞を受賞したことで一躍有名になったITベンチャー企業であるハイラブル株式会社を創業した水本武志さんも本校の卒業生です。
大阪公大高専が進めている高専改革を詳しく教えて下さい。
名称の変更と同時に、学科やカリキュラムをはじめとする教育体制全般の見直しを図っています。この本校における高専改革とも言える大規模な取り組みは、以前より必要と考えていました。背景には、産業社会の高専卒業生に求める期待が変質していることにあります。これまでの高専生と言えば、卒業後は主に製造業の生産工程で中心的・指導的な役割を担ってきましたが、近年はAIやIoT、ビッグデータなどの先端技術を駆使して実現するDXを、強力に推進していくIT人材がより強く求められるようになってきました。高度なITリテラシーを基盤に、社会・人・モノ・サービスとものづくりをつなぐ俯瞰的な視点を持ち、様々な課題を克服できるDXを引き寄せて行く技術者像が期待されているのです。当然、従来のように一般的な機械や電気、化学や建築といったような専門に特化した学科編成や、それに付随するカリキュラムだけでは、新たな人材ニーズを満たせる教育は難しくなります。
そこで令和2年に高専における改革や経営戦略に資する方策について、外部委員からの様々な視点からの意見を踏まえ、検討を行っていくことを目的に法人内に「高専運営審議会」が設置されました。私はこの審議会を主導する立場であり、本校が目指すべきビジョンの明確化を進めました。
この審議会の決定事項をベースに新たなコース再編やカリキュラム改革などが導入されました。令和4年度からは1年生は混成学級となり、英語や国語、基礎数学などの一般科目に加え、5年生まで続くICT教育やSDGs教育をスタートします。そして学生たちは2年生になって初めて基盤専門コースに分かれます。この基盤専門コースは、令和3年度までの機械システム、メカトロニクス、電子情報、環境物質化学、都市環境の5コースから、近未来社会の求める人材の輩出に焦点を合わせてエネルギー機械、プロダクトデザイン、エレクトロニクス、知能情報の4コースに再編されています。
3年生になると、基盤専門コースで学んだ知識やスキルをもとに、将来に向けた視野や個性を広げることを目的とした応用専門分野のカリキュラムが追加されます。こちらでは、企業や大阪公立大学と共同で質の高い実践的な教育を実施したり、基盤コースで習得する専門スキルとは異なる他分野の知見の獲得よって学生が多角性や個性を磨いたりできる機会を創出します。
本校の高専改革は他にも、特別選抜枠の拡大や府域外からの募集の増大、女子学生比率向上、留学生受け入れ等に向けた施策を進めています。
大阪公大高専の国立高専とは異なる特徴を教えて下さい。
近隣の国立高専には無い本校の独自の魅力に、大阪公立大学との連携があります。高専改革ではこの強化も図り、共同研究や大学科目との単位互換を拡大していきます。同一法人の傘下であることから、共同施策の企画や開始がスムーズかつ迅速であり、一体となった教育が可能なのです。例えば航空宇宙関連の学科は近畿地方において京都大学と大阪公立大学にしかありませんが、本校の学生は公立大の航空宇宙分野の研究に触れる機会が出てくるはずです。
ちなみに、本校はパイロットを目指すヒロインを描いたNHK連続テレビ小説『舞いあがれ!』の撮影地になっています。また、今後は大阪公立大学医学部附属病院が導入している手術ロボット「ダヴィンチ」を通して、医療工学士へのキャリアに至る機会も設けたいですね。
こうした連携を本格化させていくに当たって大阪公立大学と教育内容の重複が考えられる専攻科を、令和6年度の入学生を最後に廃止する予定です。本科卒業以降も専門性を極めたいと考える学生には大阪公立大学への編入枠の拡大で対応し、連続的な研究環境を実現します。もちろん他大学への編入に関しても引き続きバックアップします。
以上のような大阪公立大学との教育や研究の連携をよりスムーズに行うためと、現在の校舎の老朽化が進んでいることから、2026年度以降にはなりますが、大阪公立大学工学部が設置されている大阪府堺市中区中百舌鳥(なかもず)地区に校舎を移転する予定になっています。
大阪公立大学との強固な連携以外にも、本校には国立高専には見られない独自の教育方針があります。その一つが、産学連携とは一線を画した「産学共育」を進めていることです。産学連携は、「産」と「学」の共同で技術や新製品といった成果を生み出すのが目的ですが、それは大学が担うことだと私は考えます。私は、産学連携ではなく、「学」と「産」が協働して学生を育むことを第一とする取り組みこそが高専には有効だと考えているのです。後に真に有用な人材の輩出という、産業界にとっても大きな価値を生むはずです。実際に本校では、経済産業省が選定した地域未来牽引企業を中心に近隣に所在する企業各社とタッグを組み、学生のキャリア “共育” を進めています。1年生では教員が引率して行う企業見学会を、2年生では学生自ら手を挙げて選んだ企業の工場見学会を実施。3年生では企業の課題解決や研究に参加します。そして4年生向けには企業研究セミナーを開催。これは合同企業説明会のようなイベントであり、前回は約100社の企業にご参画頂きました。またオープンなセミナーであるためか他の高専の学生や3年生の姿も見られ、学生側の総数では約300人が参加するなどかなりの盛況ぶりでした。
東先生のご経歴を簡単に振り返って頂けますか。
私は姫路工業大学の工学部金属材料工学科を卒業後、大阪府立大学で金属工学の博士号を取得し、引き続き同大学で研究者のキャリアを歩んできました。途中の昭和61年にマンチェスター大学、昭和63年にスタンフォード大学から客員教授として招聘されています。平成9年からは日本学術会議の委員を務め、平成25年に大阪府立大学の副学長に着任しました。私が英米の大学から招聘され、一時は金属工学研究者の論文引用数などで世界のTOP10に入っていたのは、それまでに類のない弾力性と可塑性を持ったアルミ合金の開発に成功したからです。この合金は制振素材として優れ、建造物の制振ダンパーとして使用した場合に地震の被害を最小限に食い止めることが可能になります。そして、このゴムのようなアルミ合金が、私と高専を結びつけるきっかけをつくってくれました。
この合金を素材段階までつくることは問題なかったのですが、私の研究室と大手ゼネコンの共同による制振ダンパー開発は製品化に難航しました。ところが、そのゼネコンの建築現場の2名の技術者が、素材の特性を活かして制振デバイスに仕上げ、実際の建造物に上手く組み付けたのです。私はその実装技術に感嘆し、どこでこのスキルを学んだのか聞きました。すると、2人はそれぞれ木更津高専と小山高専を卒業してゼネコンに入社したと述べました。私はこの時に、高専生のものづくりの実力の高さを認識し、自分ができないことができることに尊敬の念を抱くとともに、高専教育に強い関心を持つに至ったのです。
高専の在学生および卒業生へのメッセージをお願いします。
私は技術の先にある夢を持ってほしいと、日頃から学生たちに言っています。例えば、インターネットの普及などでグローバルの情報が集まる今、誰もが世界に飛び出て活躍するスーパーエンジニアを目指すのは荒唐無稽(こうとうむけい)な話ではありません。ただし、在学生であれば経済的な面からもいきなり飛躍してグローバルなステージを飛び回るのは難しいでしょう。でも、そこに至るための下準備は、高専教育の中で十分に可能です。我々指導する側も、学生たちの先を行くビジョンを持っています。例えば本校では世界的に技術の尖った企業を招いた学内インターンシップの開催を始めましたが、私はさらに何年か先を想定し、宇宙ステーションや月面工場でのインターンシップを考えています。学生の飛翔力に期待するばかりでは教える側の責任は果たせません。学校側も夢を持って構想を行動に移し、未来に向かいます。また、高専の卒業生には夢を再構築するためのリカレント教育の充実をお約束します。一緒に、飛躍しましょう。