高専インタビュー
時代が希求する先端人材の輩出に真剣に向き合い、 高専の価値をいっそう高める新施策に挑んでいます。
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国立高等専門学校機構によって、その多くが昭和37年からの数年の間に設置された高等専門学校(以下、高専)。現在では全国に51校を展開する国立高専は、共通して即戦力性の高い実践的な技術を習得した数多くの人材を産業社会に輩出してきました。しかし高専各校の研究及び教育へのアプローチに関しては画一的ではなく、それぞれが直面する社会課題を独自にフォーカスし、それを解決に導く構想や取り組みを、授業や実験・実習、地域演習などの中で進めています。そして、結果的に各校の成果、得意領域、校風は個性を持ち、独自の輝きを放っています。
その背景にあるのは、これからの産業社会において確実に必要となる先端技術を修得した人材を、ニーズの本格的な顕在化に先駆けて育んでいこうとする、地域社会との連携が緊密な高専だからこそ湧き起こる使命感です。
高知高専は、そうした高専が持つ社会的使命を独自色で強力に推進している一校です。そこで、同校の校長を2019年から務めておられる井瀬先生に、高知高専特有の社会実装教育の取り組みと学生の精励ぶりについて、お話を頂きました。
(掲載開始日:2022年9月27日)
高知高専の概要についてご紹介下さい。
高知県の玄関口である高知龍馬空港の敷地に隣接する高知高専は、平成27年度までは機械系・電気系・化学系・土木建築系の4学科体制を取っていました。
それを翌年度から「ソーシャルデザイン工学科」に統合し、3年生時から電気電子・情報を中心に学び、エネルギーと環境を考えた社会をデザインする「エネルギー・環境コース」、機械・電気電子・制御を中心に学び、人に役立つロボットをデザインする「ロボティクスコース」、情報・通信・電気電子を中心に学び、セキュアな情報基盤をつくる「情報セキュリティコース」、土木・建築を中心に学び、安全で豊かな暮らしをデザインする「まちづくり・防災コース」、化学・生物学を中心に学び、機能材料や生命科学で人の力になる「新素材・生命コース」の中から1つを選択する1学科5コース体制に再編しています。
この改組は、社会を成立させる技術や情報が急速に高度化・多様化する今日、1つの技術領域に縛られないダイナミックな変化に即応する人材の育成を狙ったものです。
入学後の2年間で、まずは工学に関する基礎技術と知識を修得し、3年生からそれぞれのコース内で複数の専門分野を極めることになります。尚、どのコースでも情報技術に関する学習は必須になっています。
本校が輩出したい、幅広い技術と知識を融合・複合できるハイブリッド型の人材とは、単に複数の専門領域にまたがって技術と知識を修得しているだけの中途半端な技術者ではありません。
複数の専門を修めたハイブリッドのスキルを柔軟かつ適切に融合・複合させて社会で存分に活かせるように、社会の各方面とスムーズに疎通でき、考える力と話す力を併せ持った人材になります。
そのために本校では、社会に出て仕事に向かう意欲や社会の問題を解決していく能力と態度を育むことを生涯にわたるキャリアの起点として重要視し、1〜2年生で「うなプレ」と名づけられたキャリア教育を、4年生以降のキャリア教育は実際に「地域協働演習」を実施しています。
「うなプレ」は、うなずくプレゼンテーションの略で、年度初期に「第一次産業×先端エンジニアリング(2018)」や「観光×エンジニアリング(2019)」など共通の課題が与えられ、数名の学生で構成されたグループ内で解決策を協議し、年度後期にプレゼンを行います。初期キャリア教育のため、具体的な解決施策に辿り着くことよりも学生のリーダー性や積極性を引き出すことを主眼に置いていますが、これまでに高知県が主催する「高知家(け)地方創生アイデアコンテスト(※)」で賞を頂くなどの成果も得ています。
もう一つのキャリア教育の軸である「地域協働演習」では、コースの異なる学生によって組まれたグループが、チームで地域の社会課題の解決に向け、グループ内はもちろん、グループ間や地域コミュニティの方々と議論を交わし、実際の課題解決に乗り出します。学んだ知識を課題解決によって身につける、足りなければその場で更に学びながら解を見つけていきます。
こちらからは、地産の生姜(しょうが)の廃棄部分を使った和紙づくりや、段々畑での重労働をサポートしたいという学生の想いからスタートした電動アシスト一輪車の開発、農業用ハウスが台風で壊れる現実に対処するためにハウスの柱のセルロースナノファイバー化+空動扇によるハウス内の圧力適正化といった解決策など、幾つもの現実的な成果を導き出しています。
※県内在住の学生を対象に、地域経済分析システム(RESAS)のビッグデータ等を活用し、高知を元気にするアイデアを提案するコンテスト
高知高専の特徴的な取り組みを教えて下さい。
考える力と話す力と情報技術を併せ持ったハイブリッド型人材の育成に加え、高知高専が育成に注力しているのが、サイバーセキュリティ人材です。
インターネットが社会の最も重要なインフラとなった今、その安全面を脅かす外部からの不正アクセスやコンピュータウイルスへの対策は、国を挙げて行うべきだと私は考えます。
国立高専機構もこの重要性にかねてから注視し、2016年にK-SEC(KOSEN Security Educational Community=サイバーセキュリティ人材育成事業)を立ち上げ、不足するサイバーセキュリティ分野のエンジニアの育成を、質的にも量的にも追求することになりました。
そして、初年度から高知高専は参画する20高専のリーダーとなる中核拠点校を担い、カリキュラム作成や教材開発等のワーキンググループを牽引。高専発Society 5.0型未来技術人財育成事業の1つであるCOMPASS 5.0にK-SECが組み込まれて拡大・発展した現在も、情報セキュリティコースの教員と学生を中心に、高知高専は中核となる拠点校を務めています。
現在、全国の大学が年間で150名ほどの国内TOPレベルのセキュリティエンジニアを輩出しています。私は今年度以降にK-SECを通して、同等レベルのエンジニアを各国立高専から2名ずつ、合わせて約100名を社会に送り出すことが可能になると見ています。
地域社会や民間との連携についてお聞かせ下さい。
時代の変化に対応して教育改革を進める国立高専機構では、2021年度から現場の生きた経験を伝える「民間副業先生」の導入を決めました。その最初の導入校となったのが本校です。
人材転職サイトで高度な知見と経験を持つセキュリティ人材を公募し、首都圏等で活躍する4名のセキュリティのプロ人材を採用。4名はすでに2021年11月に着任し、本校情報セキュリティコースの学生に向け、タイムリーで実践的な指導をオンラインとリアル授業の双方で受け持っています。
4名の「民間副業先生」には従来の本校には足りない最前線での具体的な実践技術を教えてもらうことのみならず、高知に新しい風を入れてもらうことを期待しています。
本校の学生への指導、高知の中高生への啓蒙に加え、高知の企業・住民・行政をも巻き込み、高知高専のセキュリティ財産を地域に還元していきたいのです。
他にも本校は地域社会との関わりが深く、様々なイベントを開催しています。
本校のある高知県南国市とは共催事業として「高知高専教養講座」を毎年開催。この講座は、本校の教員が日頃の研究成果やそれに付随した話題を分かりやすく解説する内容で、毎年のように楽しみにして頂いている固定ファンの市民がたくさんいらっしゃいます。
同様な南国市との連携事業に「情報スキルアップ講座」もあります。これは一般市民を対象に、新しい情報端末の使い方やセキュリティのポイントについての講習を行うものです。
また、情報セキュリティ分野に強い高知高専は、全国の中学生を対象に、情報セキュリティの技術を駆使して楽しみながら挑む「CTF(Capture The Flag)」と呼ばれるゲームコンテストを毎年主催しています。
このコンテストに参加した中学生は毎年のように増えており、2020年に参加した中学3年生の中から2名、2021年の中学3年生の参加者の中からも2名が本校に入学しています。
学生の皆さんの活躍についてお聞かせ下さい。
学生からの自発的な地域連携では、高知市の高知みらい科学館にて小学校4年生から中学生を対象にプログラミング入門教室を開催する他、女子学生を中心に定期的に行っている科学教室「高知高専テクノガールズ科学実験教室」では、同じく小学校4年生から中学生を対象に科学実験を通して科学の面白さを紹介しています。
地域協働演習や活発なクラブ活動、高専の各種コンテストでも活躍が目立つ本校の学生たちですが、近年のトピックスとして各方面から特に注目されたのは、高専衛星「KOSEN-1」です。このKOSEN-1は、高知高専と群馬高専を中心とする10高専が開発した小型衛星で、JAXAのイプシロンロケット5号機により2021年11月9日に打ち上げられました。
KOSEN-1は順調に軌道に乗り、宇宙空間で市販のLinuxマイコンボードを用いたコンピュータの安定動作技術、超高精度の姿勢制御技術、木星電波アンテナ展開技術など、3つの宇宙実証実験を行っています。
井瀬先生のご経歴を簡単に振り返って頂けますか。
私は京都大学農学部を中退して獣医になろうと北海道大学に入学しましたが、実際に進んだのは工学部電子工学科でした。
専攻は電磁波導波路で博士課程を終えた後に就職したのは、日立製作所の半導体事業部です。
そこでは半導体の設計と半導体の製造プロセス技術の双方にアクセスする業務に就きました。
同社には10年と少し在籍しましたが、研究を継続するために次に選んだキャリアがアカデミアに戻ることでした。
法政大学工学部の非常勤講師を半年ほど務めた後、鈴鹿高専の教授に着任したのです。
高専の教員は、大学の教授と同じく自らの研究と学生への指導という2つのミッションを持ちます。
学生に向けて社会ニーズに即した実践的な技術の指導を行うには、研究にも継続的に力を入れて、自らの技術や知見を絶えずアップデートし続けなければなりません。
私には学生への指導と研究のどちらも、やりがいに溢れたものでした。優秀な高専の学生に教えることが、これほどまでにも手応えの大きいものだと知ったのです。
そうして鈴鹿高専での教育と研究に邁進してきた私は、同じ三重県内にある鳥羽商船高専と緊密な交流があったためか、2017年に弓削商船高専の校長に着任。そして2019年から本校の校長を務めています。
鈴鹿高専時代に私がサイバーセキュリティ教育の重要性について提言したこともあってか、情報セキュリティコースを持つ本校に着任となりました。
高専の在学生及び卒業生へのメッセージをお願いします。
現在、技術の多様化・複合・融合が進む産業社会に向けてハイブリッド型人材の育成を進めている高知高専ですが、そもそも以前の高知高専も、他の高専各校も、常に社会の変化やニーズの変遷に敏感になり、絶えず次代の社会が求める技術を指導してきました。
そこでは技術の新しい潮流に向かう取り組み姿勢や挑戦心も養っています。生涯にわたって自らのキャリアを切り拓いていける力を、卒業生の皆さんの誰もが獲得しているのです。
そして在学生の皆さんは、今まさにそれを鍛えているところです。また、共に学業を修めた心を許せる多くの仲間にも恵まれたはずです。
そんな仲間たちの存在が、皆さんの生涯のどこかで、きっと大きなサポートになるでしょう。それぞれの高専時代に培った体験に改めて自信を持って、明日に向かって下さい。