高専インタビュー
日本の未来産業を率いる人材の輩出に、 地域の産官と強力なタッグを組んで挑んでいます。
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昭和の高度経済成長期中盤の昭和37年に、最初の国立12校が国立高等専門学校機構によって設置され、そこから数年で現在の51校体制の基盤を形成した高等専門学校(以下、高専)。その主たる設置目的は、科学技術創造立国日本の一翼を担う、感性と創造性が豊かな実践的技術者を育成することでした。そして、その指針に向かって進むために特に重要視されたのが、特色ある地域産業との密接な連携でした。
実際に、現在では殆どの高専が地域の企業や生産者、自治体、他の教育機関等との連携の中で共同研究や共同開発を進め、学生の育成にご協力を頂きつつ最終的には人材輩出によって貢献をしています。 日本の戦後の発展を支えてきた重工業が盛んな北九州市に立地する北九州高専は、この基本理念をストレートに体現するモデル校とも言える存在です。そこで、令和の時代となった現在の北九州高専の取り組みと実績、その背景にある視点や課題など、広範囲にわたって鶴見校長に伺いました。
(掲載開始日:2022年9月13日)
北九州高専の概要についてご紹介下さい。
かつて北九州工業地帯は国内四大工業地帯のひとつに数えられ、鉄鋼・金属・機械・化学・自動車といった基幹産業の大規模工場が林立するエリアとして知られてきました。
事実、日本を代表する製造業各社の事業所が集積し、今も当地においては様々な製品領域で開発と製造が続けられています。近年の北九州エリアは従来の産業に加え、ロボット産業、SDGs、環境活動においても国内の先端を歩んでいるとされ、今も未来の日本の産業を牽引する役割を担っていると言えるでしょう。
そうした大規模工業地帯において、地域に根ざした産学連携を進めるとともに、15歳から5年間にわたって実践的な技術をしっかりと習得した有為な技術者を供給するべく、北九州高専は昭和40年に設立されたのです。
本校の設立当初は機械工学科と電気工学科の2学科体制でスタートしました。
幾度かの改組を経て平成14年には機械工学科、電気電子工学科、電子制御工学科、制御情報工学科、物質化学工学科の5学科体制へと発展しましたが、平成27年に生産デザイン工学科に集約しています。
この入学時1学科制は、現在の産業最前線の複合・融合に対応するためであり、入学の初年度から2年生の前期までは学生に工学の基礎を広い視野で学んでもらうことを意図したものです。
また、高専の受験段階である中学3年生時に、自らの専門分野を決めてしまうのは早過ぎるとして、入学して工学の基礎を学んだ後に進路を決定すれば良いという考えもありました。
そうして2年生の後期からは機械創造システムコース、知能ロボットシステムコース、電気電子コース、情報システムコース、物質化学コースの5コースにクラスが分かれ、ここで初めて自らの専門分野を持ち、それぞれの分野に特化したカリキュラムを学んでいくことになります。
また、コースの分岐を2年生の途中に置いたのは、1年生の段階ではまだ自分の進路や興味の対象が絞り切れないだろうが、3年生時からの専門分野確定では少々遅いという配慮・判断によるものです。
北九州高専の特徴的な取り組みを教えて下さい。
北九州エリアは、本校に限らず産学官の連携が密で、北九州高専は高専の中でもとりわけ地域との結びつきが深いと自負しています。様々な産業との共同開発や人材交流を行なっていますが、象徴的なのが北九州市の外郭団体である「FAIS」の存在です。
FAIS(Kitakyushu Foundation for the Advancement of Industry, Science and Technology)とは、公益財団法人 北九州産業学術推進機構のことで、市内の大学・高専、北九州市内各企業、北九州市が一体となって行うロボット技術の進化と普及の推進をミッションとする産学官連携を創出する機関で、2001年に設立されました。すでに20年以上の活動歴があり、自律作業ロボットを含めたロボットの研究開発、それを担う人材の育成、地域企業に産業用ロボットを導入するための充実したサポートなど幅広く行なってきました。そこに本校も積極的に関わっているのは言うまでもありません。
加えて、世界的な産業用ロボットメーカーやロボットベンチャー企業が集積し、ロボット産業を次世代産業の一つとして掲げる北九州市は、国内有数のロボット産業拠点として更に発展して行くためには実証から実用化・事業化を地域が一体となって進めていく必要があると考え、その推進母体として「北九州ロボットフォーラム」を2006年に設立しています。そして、私は北九州高専校長としてこのフォーラムの副会長を務めさせてもらっています。この北九州ロボットフォーラムとFAISは緊密に連携・協調し、数々の成果を上げています。
そんな北九州高専は、全高専の中でもロボット技術をリードする学校であると認知されています。高専の次世代基盤技術教育のカリキュラム化を目指すSociety 5.0型未来技術人財育成事業の「COMPASS 5.0」では、東京高専と共にロボット分野の中核拠点校であり、全高専が使用することになるカリキュラムの作成を担いました。それを牽引した本校の久池井教授(博士(工学))は、地域企業の社員の方々のロボット技術の再教育を行うエグゼクティブセミナーなども主催しています。
もちろん、本校のトピックスはロボット分野だけに留まりません。半導体分野の育成に関しても数多くの実績を上げてきました。今、九州は最新鋭の半導体工場の建設が進むなど世界の半導体産業から注目を集める地であり、以前にも増して半導体関連の技術者を必要としています。本校はCOMPASS 5.0における半導体分野の拠点校である熊本高専と佐世保高専の協力校として専攻科を中心に共同授業を予定するなど、この分野でも先駆的な取り組みの一端を担っています。また、最先端のロボット技術には半導体技術の進化が不可欠であることなどから、先ほどのFAISの施設には半導体の設計・製造・検査のための実験装置が置かれています。本校の学生は、この環境を活用し、半導体の仕組みや理論、その応用などについて実践的に学ぶことができます。半導体製造は、機械、電気・電子、化学、材料、そしてロボット技術が総合的に集約された最前線です。FAISの実験装置群は、本校のどのコースの学生にとっても有意な環境だと言えるでしょう。
学生の皆さんや卒業生の活躍についてお聞かせ下さい。
私が北九州高専に着任して驚いたのは、学生の元気さと真剣さです。体育祭の応援合戦などを見ても、最近のスマートなタイプとは路線を異にする、勢いがよく若者故の向こう見ずな古き良き学生の雰囲気が伝わってきました。校風なのか、荒削りな魅力を持つ学生が多いのです。先行きの見えない現代社会では、例え高度な技術を習得していても、型にはまる姿勢は社会から要求されていません。
求められているのは、異なる価値や新しい道に臆せずに進んでいく突破力です。こうした人材となるための資質が、本校の多くの学生に備わっているようです。不易流行という、「いつまでも変わらないものの中に新しさを取り入れて行くのが世の常である」とする言葉がありますが、私もこの先も通用する工学の基礎技術と、時代の求める最先端の専門性の双方を教えながら、突破力を伸ばし新しい時代に通用する人材へと導くのが、私をはじめとする高専教員の役目であると再認識しました。
学生の元気さは、様々な場面で見られます。ロボコンなどの高専のメジャーなコンテストで幾度も上位入賞しているだけではなく、地域企業連合会 北九州連携機構が運営し、JICA(国際協力機構)も特別協力する「海のお掃除プラント&ロボット夢コンテスト」など、数々の外部コンテストにも自発的に応募して賞を頂いているように、学生たちの自主性には本当に目を見張るものがあります。
女子学生の活躍も顕著です。「Nit ♡ Kit ガールズ※」は、代々続く北九州高専の女子学生有志グループ。中学生や小学生に理科の実験を通して科学の面白さや楽しさを伝えたり、女子学生の増加に向けて高専女子の普段の勉強内容や学校生活を紹介したりしています。
社会に出た本校卒業生の活躍ぶりも数多く伝わってきます。ここでは卒業生2名の現状をご紹介しましょう。
2012年度に制御情報工学科を卒業したK.Hさんは、大学と大学院を経て産業用ロボットの世界的大手である安川電機に入社されました。現在は生産技術部で、自社製品をどうしたらもっと効率良く製造できるかという課題に取り組んでいるそうです。Kさんは、定めたレギュレーションを実現する考え方やそこまでに至るまでの忍耐力は、高専時代に養われたと言います。また、高専は15歳から良質な工学の情報に触れられることから、世界中のお客さまに向けて製造の自動化を推進するのに必要な情報収集能力が自然と身についたそうです。
2015年度に制御情報工学科を卒業したM.Tさんは、現在は本田技研工業でエンジニアとして活躍なさっています。在学中は高専ロボコンに心血を注ぎ、全国大会に出場して入賞経験もお持ちです。Mさんによれば、授業で学んだ知識をロボコンで実践でき、まさに技術を身につけるのに必要な「学ぶ」「使う」の2段階を経験したことは今の実力の基礎を築き、自信にも繋がったそうです。それにロボットのアイデアをメンバーと共有したり、遊びを企画して友人たちと楽しんだ人間関係の濃い高専時代の経験が、現在のチームで仲間を巻き込んで行う仕事に大きく役立っていると語ってくれました。
※Nit・Kitは北九州高専の英称の略:National Institute of Technology, Kitakyushu College
鶴見先生のご経歴を簡単に振り返って頂けますか。
私は学部と修士課程を茨城大で納め、博士課程は名古屋大学でした。専門は理論物理です。1989に群馬高専の物理の専任教員に着任後、人事交流で豊橋技術科学大学の知識情報工学系の助手を務めた際は情報系のテーマで修士学生の指導を行いました。その次に群馬高専に数学の専任教員で戻り、同高専の電子情報工学科の准教授になりました。2002年には米国ウォータールー大学の数学学部応用数学科に客員准教授として招かれています。そして2005年からは群馬高専教授となり、数学のアフィン変換を使った画像の符号化に関する研究を行いました。
転機となったのは、2019年に八王子市にある国立高専機構の本部への異動でした。一つの高専の中で学生の教育に携わる立場から、全国51校の高専全体を視野に入れて大規模な高等教育機関として高専を捉えることが求められます。この本部勤務で、高専教育の本質的な良さやアドバンテージ、そしてそれを更に伸ばすための施策について、深く掘り下げることができたように思います。その後、2022年に現在の北九州高専の校長に着任し、学生のそばにいて、彼らや彼女らの活気を日々感じられる毎日は、やはり良いなぁと感じています。
高専の在学生及び卒業生へのメッセージをお願いします。
私が群馬高専時代に研究室を立ち上げてから、約80名の専攻科の学生を指導してきました。そこで、本科の5年で技術の基礎を固め、実践的なカリキュラムを通して専門性を磨いて専攻科にやってきた学生たちの優秀さを再確認しました。それは20歳にして大学の修士レベルの寸前にまでに到達していると感じられるほどです。学会発表などで、他の大学の学部生の発表内容に比べて、私の指導した学生に限らず多くの高専の専攻科生の発表内容が格段に上であることが明確な証左でしょう。
ですから私が声を大にして言いたいのは、高専を卒業したこと自体に極めて高い価値があるということです。卒業生の皆さんも、在学中の皆さんも、堂々と高専生や高専出身者であることをアピールしてほしいですね。誇れる具体的内容はたくさんあるはずです。そうすることで、世の中に高専が本来持っている存在価値が幅広く認識されるでしょう。私たち教職員側も、皆さんの未来を更に強力にバックアップしていきたいと考えています。