高専インタビュー
高専教育の真髄である社会実装教育に注力し、 未来を支える人材の育成に取り組んでいます。
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2022年に、最初の12校の設立から60周年を迎える高等専門学校(以下、高専)。現在では全国各地で57校にまで広がり、そのうち51校が国立高等専門学校機構の設置による国立学校となっています。60年の歴史の中で一貫してきたのは、産業社会が今まさに必要とする工学系、電気電子系、化学生物系などにおける専門技術を確実に習得した卒業生を送り出してきたことです。就職先の企業のみならず、編入や進学等で難関大学や大学院に進んだ高専出身者も、高専時代の幾多の実験・実習経験や社会課題の技術面からの解決経験で培った素養が研究現場で極めて高く評価されています。 では、どのように産業社会の要請にアクセスし、学生たちの結果にコミットしていく姿勢を引き出せるのか、多数の高等教育機関を有する東京都で唯一の国立高専であり、全国の高専の中でも注目度の高い取り組みを数多く手がけている東京高専の谷合校長にお話頂きました。
(掲載開始日:2022年7月4日)
東京高専の概要についてご紹介下さい。
高専では5年一貫教育(専攻科を含めると7年)を通じて、専門技術をしっかりと習得することを基本としています。
社会が必要とする専門性の高い人材の輩出には、長期的な高等教育の継続が不可欠だからです。
本校においても、機械工学科、電気工学科、電子工学科、情報工学科、物質工学科の5学科が用意され、それぞれの分野のエキスパートを育んでいます。
しかし、こうした専門学科を選択するのは中学3年の受験時ではなく、入学後の高専1年生時になります。中学時代にいかに数学や物理・化学が好きであっても、15歳の時点で受験までに本当に自分に合った専門分野を見極めるのは甚だ難しいはずだからです。
そこで東京高専では1年次に「ものづくり基礎工学」として全5教科の基礎的な学習内容を体験。視野を広げるとともに、複数回にわたって実施される各学科のガイダンスや見学を通し、自身に適した学科をじっくりと検討することになります。
そして、最終的に本人の希望や適性、日常成績などを勘案して2年生進級時に配属学科を決定しています。
東京高専の特徴的な取り組みを教えて下さい。
東京高専の最大の特徴は、社会実装教育拠点であることを強く意識し、そのための教育手法を数多く取り入れていることです。
社会実装教育が目指すのは、社会が本当に必要とするイノベーションを実現できる技術者の育成です。そのためにSTEP-1として社会が解決を求めている、もしくは近未来に顕在化しそうな重要課題を正しく把握し、STEP-2で社会に提供する価値を創出(考案・試作等)。STEP-3はその価値の社会への導入に関わり、STEP-4では評価を確認するといったサイクルを実社会と繋がりながら繰り返していきます。
プログラムを進める過程で、学生たちは自発性を養い、社会との協創をしっかりと体感することになります。
こうした社会実装教育に関しては、東京高専は約10年前から取り組んでいます。
2012年に、文部科学省の大学間連携協働教育推進事業を活用した「KOSEN発“イノベーティブ・ジャパン”プロジェクト」に、高専教育改革への取り組みの一環として参画。数年後に、「広域多摩地域における社会実装教育プロジェクト」に繋がり、令和元年には全学科の4年生及び5年生の必修科目である「社会実装プロジェクトⅠ、Ⅱ、Ⅲ」として結実しました。
取り組み事例も順調に数が増えています。例えば、視覚障がい者の行先案内・歩行支援を行う「視覚障がい者導きシステム」を、東京都立盲学校や八王子市、京王電鉄と連携して開発。鉄道駅前にRFIDタグ付き点字ブロックを設置して実証実験を行いました。
また、八王子市立小学校各校や商品化担当企業と連携し、小学生の近隣安全マップづくりを支援しました。
この他にも社会実装教育の取り組みからは数々の特許出願・取得、製品化、学会での論文発表、各種コンテストでの受賞、国際学会での発表など、学生たちは着実に成果を積み上げています。
産業社会のニーズに対して真摯に取り組むという面では、高専発!「Society5.0型未来技術人財」育成事業である「COMPASS 5.0」の紹介もしておかねばならないでしょう。
これは、AIやIoT、数理データ、サイバーセキュリティなどの各種先端技術において得意とする領域を持つ高専が、豊富な知見をベースにその技術領域の教材やカリキュラムを自前で制作し、他の高専に教育ノウハウを水平展開していこうとするものです。
東京高専はロボット分野を北九州高専と共に担い、高度なロボットスキルを備えた人材の育成を先導しています。
地域社会との連携についてお聞かせ下さい。
社会と密に関わり合う社会実装教育に注力する本校だけに、地域社会との様々な連携には重点的に取り組んでいます。
その核になっているのが、東京高専の教員・学生と地域企業の連携組織である「一般社団法人 東京高専技術懇談会」です。
東京高専が立地する八王子市を中心とする広域TAMAエリアは優良な製品開発型企業や製造技術開発企業の集積地です。
この恵まれた地盤を学生の指導に活かし、また東京高専の教員の専門性と学生の発想力を地域企業の発展に寄与することを目指し、定期的に技術交流、講演会、技術相談・共同研究、インターンシップなどを行っています。
また、八王子市にはたくさんの高等教育機関が集中していることから、他の地域では例を見ない大規模な「大学コンソーシアム八王子」が形成され、様々な活動を行っています。
実際に、本校を含む25の大学と高専が加盟し、学校間の単位互換の推進や学生企画事業への補助、外国人留学生支援、八王子学生 CMコンテスト、大学と地域を結ぶ情報誌の発行など、高等教育の充実と地域社会の発展に向けた多彩な事業を展開しています。
東京高専からはどのような人材が輩出されていますか。
東京高専の出身者には各界の著名人がたくさん存在しています。
アカデミアでは、まずは東京工業大学の細野秀雄教授が挙げられます。細野教授は材料工学の領域において第一人者であり、超伝導物質の論文引用件数では世界1位。ノーベル物理学賞の有力候補です。
ポケットモンスターを開発したゲームクリエイターの田尻智氏も本校の卒業生です。
各界で活躍する本校出身の著名人は、今後ますます増えていくと考えています。
その理由は、社会実装教育の成果が実りつつあり、社会をより良い方向に動かして脚光を浴びるイノベーターやクリエイターがどんどん出てくることが予想されているからです。
例えば、本校の情報工学科4年生時にベンチャー企業を設立した板橋竜太君は最右翼でしょう。彼は2019年に全国高専プログラミングコンテストの課題部門に出場する作品として、視覚障害者が身の回りの様々な印刷物を自動で点字に変換できるシステムである「:::doc(てんどっく)」の初期プロトタイプで最優秀賞と文部科学大臣賞を受賞。さらに翌年の高専ディープラーニングコンテストにAIを用いてシステムを改良して出場したところ、こちらでも最優秀賞を獲得しました。
彼はこの「:::doc(てんどっく)」を早く世の中に普及させ、多くの視覚障がい者に役立ちたいと考えて、在学中にあっても起業するという道に踏み出したのです。
板橋君が視覚障がい者のための技術に取り込もうと考えたのは、八王子に盲学校があり何人もの視覚障がい者をしばしば見かけたことに起因します。
「:::doc(てんどっく)」には社会実装教育が色濃く反映されていると言えるのではないでしょうか。
東京高専は学生の想像力や探究心、チームワークやコミュニケーション力、さらにはプロジェクト管理能力を養えるプロコン、DCON、ロボコンなどのコンテストの参加を積極的に推奨しています。
そしてこれまでに優れた成績を収め続けています。今後、板橋君に続くような学生が次々に生まれてくるでしょう。
谷合先生のご経歴を簡単に振り返って頂けますか。
私は大学を卒業後、文部省(現文部科学省)に入省し、約30年間教育行政に関わって参りました。
初等中等教育や高等教育、生涯学習、文化振興などについて、政策や制度の企画立案、調査研究、組織の運営管理から財務管理にいたるまで、幅広く経験させてもらいました。
また、高等教育機関での勤務経験としては、2007年に東京大学の財務・研究担当部長、2009年には米国カリフォルニア大学総長事務室の客員研究員、2018年には新潟県立大学の副理事長兼事務局長として国際経済学部の新設を経験しました。2021年より現職に就いています。
高専の在学生および卒業生へのメッセージをお願いします。
私は東京高専に赴任し、本校の学生や本校を巣立った卒業生たちの優秀さを再確認すると共に、極めて個性的な学生たちが集まってきていると感じています。
そもそも、高専は10年ごとに改訂される文部科学省の学習指導要領に縛られることなく、教育カリキュラムを自由に組むことが可能です。
それだからこそ、社会の変化に迅速かつ柔軟にフィットする社会実装教育が可能なのであり、常識や形式に囚われない学生本人の個性に由来する発想と発信力を育めるのだと感じています。
高専の学生数は同年齢で見た場合、1%。100人に1人の割合です。数の面でマジョリティではありませんが、社会に出て同経歴が見当たらないほどの少数集団でもありません。
この特色のある教育を受けること、受けたことに、誇りを持ち続けてほしいと思います。
高専時代に学んだことや技術を指向する集団の中で得た経験については相当の自信を持っていいですし、思っている以上の実力を身に付けているのですから、その意味で、企業各社にも高専卒業者の真の実力をもっと公正に見極めてほしいと常々考えています。
企業の皆様には、御社を志望する高専のこの学生が、あるいは入社した高専出身の社員がどのような能力を持っているのか、どういう勉学に励んできたのかを深く知って頂ければ、きっと想像以上の人材価値を見出して頂けるはずです。
私たち高専の教員側も、企業から積極的に選んでもらえる人材の育成に、今後いっそう心血を注いでいこうと思います。