高専インタビュー
次の時代が求める人材の輩出を見据えて、 長野高専は高専教育の革新を先導しています。
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昭和37年に最初の国立12校が設立され、以降の数年内に全国各地で次々と開校が続いた高等専門学校(以下、高専)は、間もなく60周年を迎えます。今日までの間に工学系を中心に確かな専門技術を習得した数多くの卒業生を輩出することで、日本の工業技術の発展を担い、社会に大きく寄与してきました。 その歴史の中では絶えず教育カリキュラムや指導システムの見直しと改善が行われ、社会ニーズの変化を捉えて学科の統廃合や新設も進められました。現在も、次の時代が求める高専教育のために、大幅なアップデートが構想されています。 長野市に位置する長野高専は、そうした高専改革の最前線に立ち、数々のチャレンジングな取り組みで全国から注目される存在です。そこで今回は、大手企業の研究所から東京高専の教員と副校長を経て長野高専の現職に着任なさった土居校長にお話を伺いました。
(掲載開始日:2021年12月20日)
長野高専の概要についてご紹介下さい。
長野高専は1963年(昭和38年)に、「機械工学科」と「電気工学科」の2学科で開校しました。現在は「機械工学科」「電気電子工学科」「電子制御工学科」「電子情報工学科」「環境都市工学科」の5学科に本科は広がっており、更に「生産環境システム専攻」と「電気情報システム専攻」の2専攻からなる専攻科が新たに加わっています。
しかし、この学科編成は今年度までです。令和4年度からは5つの学科からなる本科を「工学科」の1学科に再編し、1年次は共通教育としてどの工学分野に進むにしても必要となる工学の基礎的内容を学ぶことになります。2年進級時になってはじめて、「情報エレクトロニクス系」「機械ロボティクス系」「都市デザイン系」のいずれかを主専攻として選択。その際は、複数回の希望調査と教員面談を実施します。
加えて4年進級時には2年次に選択した主専攻以外の2つから副専攻を1つ選んでもらいます。尚、分野を横断する科目や、情報処理・ネットワーク・AI等のデータサイエンスに関する授業をすべての学生が1年次から重ねていきます。こうした改組の意図は、中学卒業である15歳の時点で将来の専門分野を1つに決定する必要はないと考え、幅広い技術と知識を身に付けられる機会を提供するためです。
更に一般教育の面ではリベラルアーツ教育院を設立し、「ZUKUdaseゼミ」で生きる力と人間力を身に付けてもらいます。「ずく」とは、信州の方言で物事に立ち向かう気力を意味します。これにならい、約10名の学生のグループに担当教員が1人付き、学生自らが課題を設定し、自発的な学修を行っていきます。
他にも長野の歴史と文化に関する講義や、ネイティブ教員による少人数英会話講習、スケートなどのウエルネス・アウトドア科目を設けて、学生の生きる力を最大限に引き出していきます。
長野高専の特徴的な取り組みを教えて下さい。
私は2019年の4月に本校の校長に着任しましたが、以前の東京高専の教員を務めていた時期から、高専は留年や退学する学生が多いことに疑問を感じていました。厳しい指導と切り捨てはまったく違います。教育は切り捨てることではなく、育て伸ばすものでなければなりません。
そこで、以前から教員に向けて「授業の進め方と内容そのものを、成績上位から中位の学生だけにフォーカスしないように見直して欲しい」、「授業の進行に追走できない学生に対しては、放課後に補修を行ってサポートしよう」と訴えてきました。反発は少なからずありました。教育の質を保証するために落第生が出てしまうのは仕方がないという声です。私はそうした声に対し「入学した学生を育てて、一人も取りこぼすことなく卒業させてこそ、本当の教育の質保証ではないか」と、真正面から地道に伝えてきました。
長野高専の校長に就任後、私は教員会議や教員との個別面談等を通じて、私の教育の質保証の考えを繰り返し伝えて来ました。私の考えは徐々に浸透し、賛同者も増えてきました。現時点で本校では2年半と少ししか経ってはいませんが、長野高専の留年者は大幅に減少し、かつては年間で数十名だったところが今は一桁を目指すところまで下がっています。高成績とは言えなかった卒業生であっても、そのほとんどが社会に出てから活躍しています。教育には「排除」ではなく「配慮」が必要だと、改めて思います。
もう一つ、私が長野高専に着任して思ったのは、長野県は広く、県下の多くの学生にとって北信州にある本校に通学するのは大変だろうという点でした。そのための400名以上を収容可能な大型の学生寮を完備しているのですが、低学年の学生や保護者の中には自宅からの通学を望む声が少なくないはずです。そこで、バス事業を運営する会社に最初は私が直接掛け合い、県の中央に位置する松本駅から長野高専までを直結するスクールバスの運行計画を進めました。80kmの距離を、高速道路を使って90分で結ぶ予定です。まずは朝夕の1台からスタートしますが、いずれは増便や他のエリアの市とも結ぶ便を増やしていきたいと考えています。ちなみに、このスクールバスのラッピングデザインを本校の学生から募集しています。
進路指導に関しては、キャリアコーディネーターを雇用し、担任と共に学生本人の将来をしっかりと考えた指導を進めています。今の高専生は、名前の知っている大企業に入る、あるいは先輩が入社した企業に入る、という選択をしがちです。知っているところは何となく安心だからでしょう。でも、本人の可能性や本来の適性を考えた際に、それが最適なマッチングとは思えません。世の中には個性的で優れた企業がたくさん存在します。ですから色々な企業を知ることが大切です。本当にマッチした企業と出会えるように、手厚い進路指導を心がけています。
学生の将来をサポートしていくという意味で、進路指導同様に重要かつ有効なのは、正規の教育課程と教育課程外を合わせた「スパイラル教育」だと私は考えます。高専では大学入試のない一貫教育と全国立高専で採用しているモデルコアカリキュラムに準拠したコンパクトなカリキュラムにより、課外活動にも真剣に打ち込むことができます。
本校は本年度も高専ロボコン全国大会へ7年連続して出場を決め、特別賞を受賞しました。また、本校卒業生の藤澤潔選手が、東京2020パラリンピックの男子車いすバスケットボール競技で銀メダルを獲得しました。本校卒業生はこれまでに、オリンピックに3回、パラリンピックに2回参加しています。高専ロボコンでの活躍も、アスリートたちの活躍も、スパイラル教育が大きく奏功していると自負しています。
地域社会との連携についてお聞かせ下さい。
長野県は優れた技術や実績を持つ優秀な製造業が、各地に数多く点在しています。そうした企業各社から、本校は一般社団法人長野高専技術振興会を通して様々な教育活動や研究活動を支援して頂いています。
この振興会は主に長野県内の企業で構成され、その会員数は394に至り、全国の高専の企業支援規模の中では最大級です。会員企業にはインターンシップで学生を引き受けて頂く他、本校の地域共同センターも一緒になって技術講座や技術講演会、技術研究会を毎年200回近く開催頂いており、およそ2000名の会員が参加しています。
また、進路指導にも通じるところがありますが、高専は立地する地域に優れた人「財」を送り出すことも期待されている認識の上スタートしました。
現在、本校では卒業時の就職希望者は約半数。そのうちの40%が県内就職となっています。この数字は高専の平均より高いものですが、私は早期に50%程度に持っていきたいと思います。県内の多数の優良企業に卒業生を送り出すことは、確かな地域貢献と言えるでしょう。
グローバルな活動についてお聞かせ下さい。
日本型高専教育制度の海外展開が進んでいますが、本校でもタイ、香港、およびシンガポールの協力校からの短期留学生を受け入れるなど、学生たちの国際交流を支援する施策を次々に打っています。
先頃は、長野高専敷地内に定員68名の国際寮が完成しました。この寮をベースに、本校では日本人学生と海外からの留学生の交流を通したグローバル人「財」の育成を目指します。
具体的には、短期留学生の受け入れや、イングリッシュ・ブートキャンプ、eスポーツ・イングリッシュ等の英語力をアップする合宿などの活用を計画しています。
土居先生のご経歴を簡単に振り返って頂けますか。
私は防衛大学校を卒業し、神戸大学大学院の工学研究科を修了しています。専攻は電気工学です。その後、(株)日立製作所の中央研究所に入社し、約25年に渡って通信の伝送技術の研究を行ってきました。3Gの標準化などに関する特許も150以上取得しています。また、在籍中に横浜国立大学で工学博士号を取得しました。
このように民間企業のキャリアが長い私ですが、50歳を過ぎる頃に通信工学の研究は十分にやり切った、今後は教育で社会に貢献したいとの想いから、東京高専に教員として転職したのです。そして同高専で副校長を務め、現在に至ります。
高専が抱える課題は先に申した通りですが、高専の一員になって、高専の持つ限りない可能性にも気づきました。それは高専のスケールメリットです。高専1校の学生数は約1000名、教員数では約70名に過ぎません。各高専で自由に活用できる経営資源は限られています。しかし、全ての高専が横断的に連携すると、学生数は5万名、教員数は3500名を超え、国内最大級の高等教育機関になります。このスケールメリット活かすことで、高専は教育力を格段に向上させることができるはずです。
現在、国立高専機構では、これからの高専教育として「学生・教員相互乗り入れの全国スケールの学び」が検討されています。本校でもこれに先行して来年度からの「高専間単位互換システムのトライアル」を構想しています。学生は他の高専の優れた授業や特徴のある科目の履修が可能になり、学生間の交流も進むことでしょう。こうした現地に足を運ぶリアルな体験でも、ネットを介するものでも構わないと考えます。今はネットで気軽に繋がれる時代です。全国51校の国立高専がWeb上で1つのキャンパスになることは、決して不可能ではないのです。
高専の在学生及び卒業生へのメッセージをお願いします。
論語に「知好楽」という言葉があります。そこには「これを知る者は、これを好む者に如かず(及ばない)、これを好む者は、これを楽しむ者に如かず」という意があります。
高専は早期技術教育と5年間の一貫教育により、技術者教育に関しては他の教育機関に比べて大きなアドバンテージがあります。でも、技術を好み、更に技術を楽しまなければ霧散してしまうでしょう。
現役の高専生には、技術をしっかり知る機会を持っていたのですから、技術を学ぶことを好きになり、技術を学ぶことを楽しみ続けて欲しいと思います。
そして卒業後には、高専で蓄えたアドバンテージを駅伝のたすきのように守り、それを多くの人に引き継いでいくような活躍を見せて貰いたいですね。