高専の新入生は15歳。つまりこの年齢から、社会に必要となる人財を育む高等教育機関が高専なのです。大学への進学が入学の目的となっている高校の普通科とは異なり、高専には数学や理科が得意な中学3年生が、自分で手がけてみたい技術領域をイメージして入学してきますから、学ぶこと自体に最初から意味を感じています。そして社会実装を念頭に置いた技術教育が施されていくうちに、自分の取り組んでいる勉強が社会に役立つ実感を得ることになり、それが益々勉強する意欲を掻き立てます。
このように専門性を極める意義を体感した高専の学生たちは、その経験を活かして専門領域以外にも手を延ばすスキルを身に付けていきます。近年、欧米で一般化しているJOB型の教育や就業が注目されるようになってきましたが、それは専門領域を極めれば他の業務はできなくても構わないというものではありません。
その本質は全く逆で、一つの専門を基礎からしっかりと極めた人財には、世の中の変化に柔軟に対応しながら専門性の幅を広げ、社会に役立つ価値を重層的に発揮するスキルが備わっているのです。これは、高専生の将来像そのものです。今後益々オープンイノベーションが社会を動かす時代になりますが、そこでは学んできた専門性をベースに、多くの人や様々な技術と出会う機会を利用し、革新的な成果を追い求めていきます。産業界に進み、あるいは大学に進学した高専生が活躍できるステージは益々広がっていると考えられるのです。最近になって本科を卒業する高専生の採用を拡大する大手企業が増えてきましたが、技術革新の最前線が高専生の価値に気づいたと言えるのではないでしょうか。
2024年5月、第5回ディープラーニングコンテスト2024の閉会後の記念写真(中央に谷口理事長)。本コンテストでは、高専で培ってきた「技術」と「ディープラーニング」を活用し、事業性を競い、起業を支援しています。このコンテストに代表されるよう、高専ではアントレプレナーシップ教育も基軸としています。
高専で最新の技術に触れ、社会に出てからさらに専門を極めた、あるいは専門性の幅を広げた高専の卒業生は、そのスキルをより高次で発揮することを求めるようになります。それはグローバル、もしくは起業というステージにも移行する選択に繋がっていきます。高専の卒業生は、企業のグローバル戦略や世界に通用する技術革新の先頭に立つ、もしくは新たなテクノロジーやビジネスモデルでスタートアップを図るアントレプレナーとなり、日本の産業界やアカデミアの世界で戦う競争力を生み出す存在になり得るのです。
このような高専生の「高い技術力」、「社会貢献へのモチベーション」、「自由な発想力」から生み出される高い起業力に文部科学省も期待し、アントレプレナーシップ教育に取り組む全ての国公私立高専を支援する「高等専門学校スタートアップ教育環境整備事業」を、2022年度第2次補正予算で開始しています。
「失われた30年」という言葉に代表されるように、平成以降はそれまで世界のトップを歩んでいた日本の国際競争力が徐々に低迷していきました。その原因の一つに、産業界においてもアカデミアにおいても、世界で戦おうという意識が薄れてしまったことが考えられます。だからこそ、高専在学中に培われた課題解決力や社会実装力によってもたらされる理論のみではない、手を動かすことができるという競争力が益々求められるようになっています。高専の卒業生は、国家が抱える重要な問題を治し、健康な発展に導くことのできる、言わば「社会のお医者さん(Social Doctor)」だと私はことある毎に広報しています。
さらに日本には本格的な少子化の波が押し寄せ、内需の拡大は見込めなくなりました。この少子化は日本を支えていく人財の減少にも直結します。事実、近年の1学年あたりの人口は大幅に減少。1960年頃には250万人を超え、その後の進学や就業で高度経済成長期に活躍した中学卒業者の数が、現在では100万人前後になり、いずれ70万人台にまで落ち込むことが確実視されています。日本がこれからかつてのような存在感を世界で復活させるには、1人が3倍のパフォーマンスを発揮する必要があると言っても過言ではありません。このような教育の曲がり角で、卒業後に「社会のお医者さん」となって日本の競争力を回復させる高専生の育成をしっかり行わないと、日本の産業競争力は今以上に揺らぐことになってしまいます。
神山まるごと高専の校舎「OFFICE」の様子。同校は、アントレプレナーシップ(起業家精神)の育成に力を入れており、卒業生の4割が起業することを目標に掲げています。2023年4月、徳島県名西郡(みょうざいぐん)神山町に全国58番目の高専として開校しました。
現実に地方では小中学校の閉校が各地で見られます。入学志願者が減少している大学も少なくありません。そうした波に高専が巻き込まれることは現段階ではありません。それどころか2023年に徳島県に神山まるごと高専が開校し、2028年には滋賀県に滋賀県立高専が新たに開校する予定です。今の時代に日本の社会が高専教育に期待している証左だと言えます。それでも子供の数は益々減っていきますから、高専も影響を受けざるを得ない時期が到来するでしょう。
国立高専は元より、公立・私立の高専とも密な協力関係にある高専機構としては、1学年50万人という時代になろうとも、現在の全ての高専を合わせた1学年1万人という学生の数は守りたいと思います。人口減少に逆らう事が出来ず、それが無理となっても、58という現在の国内の高専の数(滋賀県立高専の開校により59校)は絶対に減らしてはならないと考えます。もしも、高専の志願者数が減るような事態になったとしても、学校の数も教員の数も削減しなければならないというのは、消極的な発想で、1クラスあたりの学生数のみを減らせば良いのです。一方で、教員志願者の数が減っていく事も想定されますが、そこはオンラインによる高専間をまたいだ同時授業や、録画された映像による補完で十分に対応が可能です。
現在の世界の1クラスの標準は20人。日本の学校の学級人数はまだ減らせます。現在の高専の40人学級が20人学級2クラスになれば教育の中身は確実に濃くなり、定評のある高専の質の高い指導は、一人ひとりの学生に一層深く行き渡ることになります。少子化という逆境を逆手に取り、少人数学級を導入すれば高専教育のパフォーマンスが高まるのは間違いありません。今以上により世の中の役に立つ人財に育んでいく環境を実現できるでしょう。
2022年11月高等専門学校制度創設60周年記念式典の翌日には、国際学長フォーラムが行われ、谷口理事長はじめ、各国の政府機関、大学、高専、ポリテク等の代表間で、新たな時代に求められるエンジニア育成の在り方について、活発な討議がなされました。
日本の高専教育制度を本格的に導入したタイ王国初の高専(KOSEN-KMITL)が2019年5月に、2校目の高専(KOSEN KMUTT)が2020年6月に、それぞれ開校しました。タイ以外にも、モンゴルに3高専を設置し、ベトナムではベトナム商工省が管轄する3つの工業短期大学等の教育高度化支援を行い、高専教育システムの導入に向けて準備中のエジプトからは高専の教育現場視察やカリキュラムに関する意見交換等を行うために2025年の1月に視察団が来日しました。また、全国の高専各校は多くの国々から留学生を受け入れています。“KOSEN”は、世界各地で社会を牽引する高等教育制度であるという認識が広がっているのです。
こうしたグローバル展開の推進により、2024年3月時点で高専機構が学術交流協定を締結した海外教育研究機関は448機関(各国立高専において延べ417機関、高専機構本部において31機関)に達しています。こうした高専のグローバル展開は各国への貢献はもちろんのこと、世界のテクノロジー開発における日本のプレゼンスを高め、日本の技術を世界に波及させる足がかりにもなるでしょう。
それ以上に高専のグローバル推進を通して重要視しているのは、日本の高専生の海外との交流です。高専の卒業生がグローバルな環境で頭角を表すような活躍を見せていくための国際コミュニケーション能力を磨くことを目的とする、留学や海外インターンシップを推奨しています。現在は年間で約4000〜5000人の学生を海外に送り出していますが、その数をもっと増やしていく考えです。
2019年には、グローバルに活躍できる技術者を育てるため、「グローバルエンジニア育成事業」を開始しました。この事業では、高専各校が取り組む学生の国際的なコミュニケーション能力や、海外で積極的に活動する意欲の向上を支援しています。いずれも、高専卒業生が日本の国際競争力に寄与する存在へと育むための一環であることに間違いありません。
また、近年は国籍や性別を問わず多様性を尊重する社会に向かっていますが、高専機構は2011年に早くも「ダイバーシティ宣言」をして、2024年には「ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン(DE&I)推進宣言」を策定し、多様な一人ひとりの学生が、自他の違いを尊重し、相互理解を深められる風土を醸成してきました。その成果としては、本科の女性学生比率が24.6%にまで増加したことなどが挙げられます。
高専機構は時代に即した高専教育の最適解を考え、学習指導要領にとらわれない独自のカリキュラム作りや、研究活動の推進をサポートしています。そうした積極的な取り組みには年間予算で充当される額以上の活動費が不可欠になります。高専機構は、高専各校にアグレッシブな教育を求めるだけではなく、外部予算の獲得に尽力することでも各校を支援しなければなりません。実際に私は、文部科学省はもちろん有力政治家や産業界に対しても、積極的に訴求する場を設けて、研究予算や施設予算について数々の要望を申し上げてきました。その成果としては、幾つかの外部予算獲得につながっています。
ただ、全ての予算要求が通る訳ではなく、多くは希望通りとはなりません。高専だから必要、高専にこそ必要という理由を明確に訴求していく必要があります。そうした高専ならではの予算獲得の事例に、商船高専5校(鳥羽、広島、弓削、大島の商船高専4校に加え富山高専商船科を含む)の練習船を新造して更新する予算を獲得できたことが挙げられます。練習船を航海や機関に関する実習の場としてだけではなく、災害時には被災地へ飲料水や食糧を供給する役目(かつて同様な実績があります)や、携帯電話の移動基地局としての活用を御理解いただいた事が認められたのです。
先にも述べましたが、高専教育には日本の国際競争力を再生に導く可能性があります。国が用意したファンドや研究予算のみならず、産業界からの支援にも期待しています。中には高専卒業生が入社後に大活躍をして経営に大きく貢献したので寄付を申し出ていただいた企業もあります。これからは益々外部に対して、時代に先駆けて独自に取り組む高専教育の価値を積極的にPRし、研究費や設備費を外部から提供していただくことで教育現場の努力を最大限バックアップしていきたいと考えています。
在校生の方には、自分の好きな技術分野を極めて、その成果を遠慮することなく大いに発信して欲しいと考えています。各種コンテストや地域産業との連携、海外渡航交流など、様々な自己表現の場があることは皆さんもご承知でしょうが、決して一部の限られた学生さんのために用意されている機会ではありません。どの学生さんでもしっかりと準備して臨めば、そうした場面で主役になれるチャンスがあるはずです。さらに言えば、コンテストに勝ったらそれがゴールではなく、そこからが将来に大きく飛躍するスタートとなるはずです。
産業界でご活躍されている高専の卒業生の方々には、カリキュラムの面でもすこぶる中身の濃い5年間を全うされたことに誇りを持って、世の中に貢献していただきたいと望みます。最終学歴が大学や大学院となった卒業生の方であっても、高専で培った学びの体験は現在の実力の礎になっているはずです。学歴とは最終学歴を表すものではなく、学習歴です。高専の5年間の学習歴を是非とも多くの人にアピールしていただきたいと考えています。
皆さんのご活躍が、今後の日本の発展に大きな影響を及ぼすのは間違いありません。産業界の発展への貢献のみならず、日本の未来を担う子供たちが高専に入学して優れた研究者やエンジニアへと育ち、同時に幸せな人生を獲得するロールモデルになっていただくことを期待してやみません。
北海道釧路市の西方、たんちょう釧路空港に近い場所に立地する釧路高専は、国立高専4期校として昭和40年に開校。当初は機械工学、電気工学、建築の各学科があり、その後に電子工学と情報工学が加わり、しばらくは5学科体制で高い専門性を持った人材の育成を進めてきました。
ところが時は平成に移り、企業の製品開発や設計において高度化や複合化、融合化が進んだことで、学生時代に学んだ分野の視点だけでは第一線のものづくりの現場で実力が上手く発揮できないという場面が、社会と直結した高等教育機関において問題視されるようになりました。
本校にも、社会に早期に役立つ実践的な技術と創造性を兼ね備えた卒業生を送り出す使命があります。そこで5学科体制を一旦リセットし、抜本的な改組を行うことになったのです。
当時の学校関係者の間では学科の再編案で侃侃諤諤の議論があったそうですが、結果として平成28年に全学生が入学初年度を一般教養科目と専門基礎科目の授業を受け、2年生進学時に学生の全員が広い視野で技術を学ぶことを指向して設置した創造工学科に進むという学科の改組が行われました。
ただ、創造工学科が広くとも浅い知識しか身につけられない学科に陥ってはなりません。しっかりとした専門性が身につくことを担保した上で他の分野の基礎を学べる、そんな工夫が必要です。
そうした配慮から、創造工学科の中に3つのコースを設定しました。情報工学分野と機械工学分野にわたるスマートメカニクスコース、電気工学分野と電子工学分野にわたるエレクトロニクスコース、そして建築デザインコースです。
前2コースの学生は本科の4年間、所属分野で専門性を獲得しつつ、コース内のもう一方の分野についても学び、さらに学科共通科目も受講することで、社会の期待に即した人材となって巣立っていくことになります。
建築デザインコースの学生は、建築設計を軸に街づくりまで視野に収める学びで、学生の指向に応じてゼネコン等に加え鉄道会社など都市開発を担う企業への進路が開けています。
創造工学科を卒業した学生は、開始年度からみてまだまだ少数ですが、開校から実践的な技術を持った人材の輩出を企図して様々な教育施策に取り組んできた本校は、進路先から高い評価を頂いています。
多くの卒業生が活躍する釧路市役所からは公務員試験の受験資格において大学卒業者と同じ扱いを受けており、北海道大学からは北海道内の4高専を対象に約20名の編入推薦枠が認められています。
創造工学科を設置する背景となった、専門分野の隣接領域にも視野を広げて社会の実情に対応できる人材を育むというコンセプトを推進する取り組みの一つに、複合融合演習があります。
これは、5分野混合チームが現場目線で地域課題の本質を理解し、アイデア創出から試作までを行う、釧路高専独自の社会実装型フィールドワークです。
先般は、防災というテーマで段ボールベッドを開発しました。釧路が面する十勝沖は地震の発生が多いこともあって釧路地域の住民は防災意識が高く、避難先に必要な段ボールベッドの開発は地域ニーズに即したものでした。
当初、学生たちは寝心地の良さを追求。しかし使用する行政側と課題の本質に向けた協議を進めていく中で、平時における収納のしやすさや非常時の組み立てのしやすさも重要であることが判明。学生たちは改良を進め、使用する側の要望に対して十分に応えられるプロトタイプにまで漕ぎ着くことができました。
また、学生たちの日々の学習意欲をモチベートする毎年のイベントとして、4年生を対象にキャリア講演会を行なっています。
その内容は、外部講師に、高専での学びが社会で役立つことを講演してもらうものとなっています。
前回は堀江貴文氏に講演して頂きました。実は、堀江さんが設立した日本初のロケット開発会社であるインターステラテクノロジズ株式会社の本拠地は、釧路市と同じ道東の大樹町(たいきちょう)にあり、そこに本校の卒業生が入社しています。
その卒業生の優秀さを認めた堀江さんが、講師を買って出て頂きました。
講演会当日に堀江さんが語られた「高専生の皆さんが学ばれていることは、すべてロケット開発に必要な技術です」という言葉に、拝聴した学生たちは目を輝かせていました。
日本で唯一民間企業でロケットの打ち上げに成功したインターステラテクノロジズ株式会社やロケットランチャーシステムを担当する地元企業の釧路製作所主催のロケットランチャー製作プロジェクトへの参加をきっかけにロケットランチャープロジェクト部が発足しました。ロケット開発プロジェクトに学生が関与できる本格的なクラブです。
堀江さんのインターステラテクノロジズ株式会社に技術協力している、株式会社釧路製作所という企業があります。本来は橋梁工事が専門ですが、打ち上げプロジェクトにはロケットの発射台設置を精密に調整する技術で参加し、出資もされています。
この釧路製作所には本校からの卒業生が就職していますが、在校生の課外活動にも技術面での協力を頂いており、特にロケットランチャー(※)プロジェクト部が大変お世話になっています。
釧路市に本社を置く食品機械メーカーの株式会社ニッコーにはインターンシップで協力を頂いてますし、卒業生の就職先でも人気です。
同社はロボットシステムの技術に長け、ものづくり日本大賞やロボット大賞などの受賞歴を誇っています。
そもそもは地場の水産加工品産業が海外の加工業者に価格競争で劣勢を強いられ、熟練の加工職人が高齢となり後継者が足りないといった釧路を中心とする道東エリアの重要課題に、設備の自動化やロボティクスで応えていくことによって成長された企業です。
現在は水産業の他にも農業や酪農、観光業、飲食店などあらゆる分野がロボット化する時代を見据え、DX化の推進や省力化を追求されています。
そんな同社において、就職した本校卒業生たちは高専時代に養った技術や思考力を存分に発揮しているようです。
株式会社ニッコーとの共同教育を活かし、創造工学科機械工学分野を中心にロボット技術に注力している本校は、国立高専機構の先端技術教育推進策の一つであるCOMPASS 5.0ロボット分野に、協力校として令和4年度より参画することになりました。
ロボット分野のプロデューサー的人材育成を柱とする教育パッケージを作成し、全国の高専に展開していくプロジェクトが進んでいます。
※小型ロケットの発射装置
実は、先の株式会社ニッコーの佐藤一雄社長は釧路高専の卒業生です。
同社の、技術で社会問題の解決に立ち向かうという社風は、まさに高専教育と理念が一致していますが、佐藤社長が釧路高専時代に培った「人に役立つものづくりのマインド」を、今も具現化されているといっても過言ではないでしょう。
また、セブンイレブンやイトーヨーカ堂を擁するセブン&アイグループの金融機関であるセブン銀行の松橋正明社長も、釧路高専の出身です。
高専卒業者と大手金融機関の経営者では、イメージが結びつかないかもしれませんが、松橋社長は釧路高専卒業後にNECグループに入社し、図書館の蔵書検索の開発などを経てアイワイバンク(現セブン銀行)に転職されたという経緯です。
その後、流通業の進化の鍵となったATMの企画開発での実績が認められて役員となり、社長に就任されました。優れたエンジニアは経営トップにも立てるという好例ではないでしょうか。
私も高専で学んだ一人です。卒業したのは東京高専の電子工学科で、東京工業大学に編入学し、工学部電気・電子工学科を卒業後に同大学の大学院理工学研究科博士課程を修了。工学部の助手を経て東京高専の講師に移籍しました。
それから同高専で助教授、教授、副校長を担い、令和4年に現在の釧路高専校長に着任しました。
専門は電気・電子工学で、東工大では高温超伝導薄膜の作成やアナログLSIの自動設計CADの開発、動画圧縮符号・復号用LSIの開発などに関する研究を行い、東京高専の研究者・指導担当としては指紋認証や虹彩認証、AI画像認識などに取り組んでいました。
振り返ってみますと、私の経歴は人とのご縁が大きな意味を持っているように思えます。
高専に転職したのは、高専時代の恩師に勧められたのがきっかけですし、釧路高専とも以前から縁がありました。
3代前の釧路高専校長である岸浪建史先生とは、今から10年前に高専の会議を通して知り合い、釧路高専で実践されている地域と一緒に学生を育てる活動を先生から直にお聞きし、薫陶を受けていたのです。
高専は大学受験に労力を割く必要が無く、時間をたっぷり使って授業では頭を使って考えながら知識を蓄え、実験や実習では手を動かして結果を目で確かめることによる経験を得ることができます。
この知識と経験が合わさって、実践的に役立つ「知恵」を養えることができると私は考えます。
就職して、企業の製品開発上の課題や、それを取り巻く社会の難題に突き当たった時に、突破力をもたらすのはこの「知恵」に他なりません。
高専で学ぶ在校生は知恵という突破力を獲得することができ、卒業された皆さんには、すでに備わっているはずです。
それに加えて必要なのは、努力を厭わず人に役立ちたい、喜んでもらいたいという、「 志 」です。
クルマに例えるなら、知識や技術はボディやタイヤ。「 志 」はエンジンです。成長を促し、壁を乗り越える力となる「 志 」を確かに持って、輝ける未来を歩んで下さい。
全国高等専門学校ディープラーニングコンテスト(以下、DCON)は、高専生が日頃培った「ものづくりの技術」と「ディープラーニング」を活用したビジネスプランの「事業性」を、ベンチャーキャピタリスト(VC)が企業評価額として算出し、競います。
今年度は、昨年度の1.3倍となる95チーム42高専がエントリーしました。
その中から一次審査・二次審査を勝ち抜いた10チーム11高専(※)が本選へ出場しました。
今回は、2025年5月9日(金)・10日(土)に開催された第6回大会における、高い技術力とそれを活かしたビジネスプランで競い合った高専生の活躍の様子を、上位チームを中心にお伝えします。
※ 10チームのうち1チームはDCON初の岐阜高専と福島高専の連合チーム
(掲載開始日:2025年5月29日)
本コンテストの審査は 一次審査(書類選考)→ 二次審査(プロトタイプ制作・面談選考)→ 本選(技術・プレゼンテーション審査)の3段階で実施します。
【一次審査】
複数の審査員が下表の 3 視点・計 8 項目を YES/NO で評価し、プロトタイプ制作に進むことができる作品であると判断されたチームが二次審査へ進出します。
審査視点 | 主なチェック項目(YES / NO 評価) |
---|---|
A. 事業コンセプト | 1. 事業がもたらす効果が明記されているか 2. 新規性、差別化ポイントが明記されているか、ユニークかどうか 3. 解決すべき社会課題ともたらされる効果予測を設定できてるか |
B. ものづくり | 4. ハードウェアを含む工業的なものづくりを伴い、単なるアプリやソフトウェア開発だけに偏っていないか 5. 技術面・法的側面・コスト面を総合的に考慮し、計画が実現可能であるか |
C. ディープラーニング | 6. データ取得方法が現実的で、どのようにデータを入手するかが具体的に示されているか 7. 作品にディープラーニングが用いられているか 8. ディープラーニングの導入が最適で、具体的な機能イメージがあり、実装に無理がないか |
学校名・チーム名 | 作品名 | 概要 | 企業評価額 | メンター | 受賞 |
豊田工業高等専門学校 NAGARA | ながらかいご | 腕装着端末で介護会話を記録するシステム | 7億円 | 福野 泰介 氏(株式会社jig.jp 取締役 創業者) | 最優秀賞 |
鳥羽商船高等専門学校 ezaki-lab | めたましーど〜ノリ養殖を食害から守る〜 | 海苔養殖を食害から守るプロダクト | 1億5000万円 | 佐藤 聡 氏(connectome.design株式会社 代表取締役社長) | 経済産業大臣賞 アクセスネット賞 ビズリーチ賞 三菱電機エンジニアリング賞 |
富山高等専門学校 本郷キャンパス Wider | Smart Care AI | 育児の負担軽減を目的としたAIカメラシステム | 8000万円 | 河瀬 航大 氏(株式会社フォトシンス 代表取締役社長) | NECソリューションイノベータ賞 セブン銀行賞 ソフトバンク賞 日本ガイシ賞 ロジスティード賞 |
仙台高等専門学校 広瀬キャンパス Morinomiyako Oral Wellness | Properio AI | 歯磨き習慣を可視化し歯周病を予防するシステム | 7000万円 | 渋谷 修太 氏(フラー株式会社 取締役会長) | トヨタ自動車賞 丸井グループ賞 ライオン賞 |
茨城工業高等専門学校 明日のDCON楽しみだね | Locker.ai:LLM×スマートロッカーによる自動応対遺失物管理サービス | 拾得・遺失時の負担を減らす遺失物管理サービス | 5000万円 | 折茂 美保 氏(ボストン コンサルティング グループ マネージング・ディレクター&パートナー) | トピー工業賞 日立産業制御ソリューションズ賞 Quick賞 |
沖縄工業高等専門学校 沖縄マリンレジャーレスキュー隊 | 海難事故防止の必須アイテムRiCAS | 海面画像から離岸流を予測・可視化するシステム | 3000万円(企業評価額の合計金額:6000万円) | 田中 邦裕 氏(さくらインターネット株式会社 代表取締役社長) | 文部科学大臣賞(技術賞) フソウ賞 |
一関工業高等専門学校 Innodroid | FlexFit | 個人の筋電特性に応じた動作が可能な筋電義肢 | 3000万円(企業評価額の合計金額:3500万円) | 柳原 尚史 氏(株式会社Ridge-i 代表取締役社長) | アイング賞 さくらインターネット賞 日本電技賞 村田製作所賞 |
大阪公立大学工業高等専門学校 IdentiX | Worm Farmer | 飼育・繁殖・収穫を自動化したミールワーム装置 | 2000万円 | 高橋 隆史 氏(株式会社ブレインパッド 取締役会長 CO-Founder) | 農林水産大臣賞 |
群馬工業高等専門学校 合成音声研究会Dチーム | アバタードーム | 3DCGと本体の駆動を一体制御するモーショントラッキングシステム | 2000万円 | 岩佐 琢磨 氏(株式会社Shiftall 代表取締役CEO) | |
岐阜工業高等専門学校・福島工業高等専門学校 Rebounder | AgriNode | AIを用いた農家負担軽減システム | 投資判断なし | 岡田 陽介 氏(株式会社ABEJA 代表取締役CEO) |
作品名:ながらかいご
企業評価額:7億円
本チームは、わずか4か月という短期間で事業を推進し、一次審査突破後には介護業界へと大胆にピボットしました。2025年3月には、STATION Ai(※)で開催された学生ビジネスコンテストで最優秀賞を受賞するなど、確かな実績を持ってDCONに参戦しました。
介護現場では、入所者から「介護士が会話してくれない」という不満が多く、その主な要因は介護士の業務の約3割を占める煩雑な事務作業にあります。「ながらかいご」は、こうした現場の声に応え、事務作業を大幅に効率化する音声特化型AIサービスです。自作のウェアラブル端末を活用し、介護作業や会議中の会話をリアルタイムで記録・文字起こしします。記録内容は即時に表示・修正可能で、この機能は特許も出願済みです。
「ながらかいご」は自動記録作成機能に加えて、月間報告書の自動作成、介護用語に最適化した自動議事録生成、AIチャットによる報告書・議事録の検索サポートの機能も備わっています。これにより従来、平均的な規模の介護事業所で約2万時間かかっていた事務作業を50%程度に短縮し、人件費換算で年間約1,000万円以上の削減効果が期待できます。
全国40か所以上の介護事業所でデモを実施、3か所で実証実験を行うなど、現場ヒアリングを重ねて開発を進めてきました。
価格面では、競合ソフトが年間100万円以上を要する中、ウェアラブル端末の原価は6,000~7,000円と低コストに抑えられており、初期費用はバンド・デバイス込みで50万円、サブスクリプション保守管理費は5万円/月(介護職員75人規模の施設想定)と、導入コストを大幅に削減できる価格設定となっています。
今後は、3年後に年商11億円、5年後に33億円、10年後には109億円を目指し、さらには21.7兆円の市場規模を有する全世界スマート介護IT市場でのシェアの獲得も見据えています。審査員VCからは、現場ニーズに即した製品開発と、ITに不慣れな介護現場でも使いやすい音声インターフェースが高く評価されており、今後も現場に寄り添ったソリューションの進化が期待されています。
※ STATION Ai:スタートアップの創出・育成やオープンイノベーションの促進を目的として、2024年10月に名古屋市鶴舞公園南側に開業した、日本最大級のインキュベーション施設・オープンイノベーション拠点のこと。
作品名:めたましーど〜ノリ養殖を食害から守る〜
企業評価額:1億5000万円
第2位に選ばれたのは、海苔養殖におけるカモの食害問題に対する革新的な対策装置「めたましーど」を開発した鳥羽商船高専です。
近年、海苔養殖は病害やクロダイによる食害、そしてカモによる被害などにより、生産量が10年間で約40%も減少しています。特に、現在有効な対策手段が無いのが、カモによる被害です。カモは夜行性であることから、夜間に海苔を食べられてしまうことが多く、生産者はすぐに対応することが難しい状況です。また、カモは「初摘み」と呼ばれる質が高く値段も高い海苔を好んで食べてしまうことが、この問題を一段と深刻化させています。三重県内の50人の海苔養殖業者に実施したアンケートでは、約8割がカモの食害を問題視しており、有効な対策が求められていました。
こうした現状を打破するべく提案されたのが、「めたましーど」です。本装置は、ソーラー給電・バッテリー内蔵のパン・チルトカメラ(※1)、そして高精度のレーザーモジュールを搭載した海上設置型のカモ追い払いシステムです。全方位360度の監視が可能で、夜間においても93.8%の精度でカモを検出できます。カモの検出には深層学習による物体検出モデルを用いており、ノイズの多い夜間映像においても高精度な検出を実現しています。また、群れで行動するカモの特性を踏まえ、1羽の検出でも群れ全体を推定するアプローチをとることで、精度の向上を図っています。検出後は、警戒音とレーザー照射によりカモを効果的に追い払います。追い払う方法として、警戒音とレーザー照射を用いているのは、同一の刺激に対する慣れを防ぐためです。実証実験においては100回中すべてのケースでカモの追い払いに成功し、高い有効性が確認されています。
本装置はソーラー給電式ですが、日照が不足し、十分に給電できない場合でも、最大3日間の稼働が可能となっており、映像の撮影も、3か月間にわたり安定して行うことができます。また、安全面にも配慮し、人間を検出した場合にはレーザー照射を行わない設計が施されています。1生産者あたり平均3台で海苔養殖場をカバーできるよう調整されています。
ビジネスモデルは1漁期(※2)カメラ1台あたり30万円のレンタル方式で展開します。初年度は地域密着型企業として伊勢湾の70人の生産者を対象に、1生産者あたりカメラ3台をレンタル形式で提供し、売上は6,300万円を見込んでいます。その後は、有明海や瀬戸内海へと順次シェアを拡大し、2030年には売上高7.2億円規模の達成を目指しています。
審査員VCからは、「海苔養殖というニッチな分野でありながら、海上での害鳥対策という未開拓領域に挑戦し、困っている生産者を本質的に支援するプロダクトである点を高く評価できました。売上面でも早期に成果が期待でき、社会的意義も大きいです。」との講評を受け、2位の入賞となりました。
※1 パン・チルトカメラ:カメラの向きを上下左右に動かすことができるカメラ。監視カメラ等に利用され、1台で広範囲の映像を撮影することができる。
※2 1漁期:海苔養殖における1シーズン(通常は10月~翌年4月頃まで)のこと。海苔の収穫は年に一度だけ行われるため、1年間の生産活動はこの1漁期に集約される。
作品名:Smart Care AI
企業評価額:8000万円
共働き世帯が7割を超える現代日本において、子どもの安全を守るための見守りカメラの需要は高まっています。このチームが製作した「mamorun」は、従来のベビーベッド専用監視にとどまらず、0歳から6歳までの子どもを部屋全体で見守る次世代型AIエージェントです。
既存の代表的な見守りカメラであるCuboAi(※)は、主にベビーベッド内が監視対象であり、0~1歳児のうつぶせ寝や顔が覆われるリスクをAIで検知します。一方で「mamorun」は監視対象が部屋全体に広がり、成長に伴う多様なリスク(転倒・挟まれ・誤飲・やけど・転落・感電など)にも対応しています。これにより、0~6歳という最も事故リスクが高い時期の子どもを守ることが可能です。
危険検知AIの開発には、実際の危険映像を収集することが倫理的に難しいという課題がありました。そこで「mamorun」では、生成AIを活用して1,000件の危険映像データセットを作成しました。さらに、保育歴30年のベテラン保育士が、生成した危険映像を確認して危険性を判断し、その判断をもとに作成した教師データをAIで学習させた結果、危険検知精度は約96%を実現しました。
また危険検知だけでなく、日常の様子を撮影する機能も備わっており、AIによってピックアップされたベストショットはギャラリーに自動保存され、祖父母などの離れて暮らす家族とも簡単に共有できます。
製品価格は、CuboAiなどの競合と同等の本体49,800円です。サブスクリプションは、「危険検知のみ:1,280円/月」、「危険通知+思い出共有機能付き:2,380円/月」の2種類のプランとなっています。
見守りカメラの市場規模は、国内の富裕層向けで約240億円、国内全体で約1,200億円、世界では約1.2兆円と見込まれています。競合製品であるCuboAiの累計販売台数が25万台を超えていることからも、この分野の需要拡大の可能性と市場成長性の高さが窺えます。
さらに、見守りカメラは介護施設や工場など、子ども以外の分野にも横展開が可能であり、同様の危険検知ニーズを持つ多様な現場への導入が期待されています。これにより、見守りカメラの活用領域は家庭内にとどまらず、BtoB領域へと広がり、マーケットはさらに拡大していくと見込まれます。
今後の展望として、危険検知の精度を99.9%まで高め、3年目で黒字化、5年目に海外進出、7年目には年間利益70億円を目指します。審査員VCからは、0歳から6歳までの新たな需要開拓や、将来的には対象を全年齢に拡張できる点が高く評価されました。
※ CuboAi:台湾発の雲云科技(Yun Yun AI Baby Camera Co., Ltd)が開発し、2018年に台湾でクラウドファンディングを開始、2019年以降グローバル展開を進めているAI搭載スマートベビーモニターのこと。
豊田高専は、すでにビジネス展開が可能な具体的なプランを提示し、企業評価額7億円という高い評価を受けて最優秀賞を獲得。その技術力の高さと、短期間でこれほどまでの成果を出す行動力には、深く感銘を受けました。
今年のDCONも、ITとスタートアップ文化が融合する都市・渋谷のランドマーク「ヒカリエホール」にて開催されました。
この都市は次世代イノベーションの中心地であり、そこで発表された高専生たちの提案は、日々の研究成果とビジネス視点を融合させた極めて完成度の高いものばかりでした。
特に印象的だったのは、ChatGPTをはじめとする生成AIの応用にとどまらず、2025年以降加速する「AI×リアル産業」の融合に向けた取り組みです。
製造業や福祉、農業など、現実社会の課題に即したアプローチを行い、単なるプロトタイプに留まらない、社会実装を見据えた構想力と実行力が随所に見られました。
生成AIは誰でも手軽に利用できるようになりつつありますが、その本質を捉え、実務レベルで設計・運用に活かすには、モデルに対する深い洞察が不可欠です。
高専生たちは、プログラムの表層をなぞるのではなく、その仕組みや限界、倫理的側面にまで踏み込んだ提案を行い、まさに「実装できるエンジニア」としての力量を発揮していました。
DCONを契機に起業する高専生は着実に増加しており、2025年にはAIスタートアップのエコシステムの一部として大いに注目を集めています。
こうした動きは、日本発のディープテックやソーシャルテックの新潮流を生み出し、グローバルな産業変革の起点となりつつあります。
DCONは単なる学生向けのプレゼン大会にとどまらず、新たな価値と産業を創出する場として、その存在感を増しています。
未来を担う高専生たちの挑戦は、今後もさまざまな産業分野において革新を起こす起爆剤となることでしょう。
※本コンテストでの高専生の活躍は、日本ディープラーニング協会のYoutubeチャンネルにてご覧頂けます。
第6回DCON2025本選(ライブ動画配信)
2024年6月時点の県立高専設置予定地。
(「県立高専共創フォーラム」第3回イベント(意見交換会)資料より)
野洲川、近江富士として知られる三上山(みかみやま)を望む自然豊かな場所でありながら、周囲には多くの研究所や工場が進出しています。
2028年4月の開校に向け、教員の確保やキャンパス整備などの準備が着々と進んでいる滋賀県立高等専門学校(以下、県立高専)。先般、元京都大学理事・副学長の北村隆行氏が初代校長予定者に内定しました。
今回の「県立高専共創フォーラム」第3回イベントにおいて、第1部の基調講演では北村氏が県立高専をどのように導いていくのかといったビジョンを表明されました。次に行われた第2部は情報共有・意見交換の場として、滋賀県総合企画部長の松田千春氏から企業等との連携・共創の具体化に向けた取組状況の報告、エイベックス株式会社執行役員の生駒健二氏及び、日刊工業新聞社総合企画部長の篠瀬祥子氏から他高専と各企業との連携事例が紹介されました。最後に、北村氏も交えて、質疑応答及び参加者との意見交換が行われました。
冒頭では、岸本織江滋賀県副知事から開会の挨拶があり、9月の北村氏の初代校長予定者内定をはじめ、12月からキャンパスの造成工事がスタートしていること、教員の募集を開始していること等を述べられました。次いで、櫻本直樹野洲市長から、今回のイベントの開催地であり開校予定地である野洲市を代表して、「県立高専を核に世界に誇る人材・技術・文化を、ここ野洲市から滋賀、日本、そして世界へ発信したい」という夢が語られました。
さらに、独立行政法人国立高等専門学校機構の谷口功理事長からは、社会の課題を解決して発展に導く「社会のお医者さん」を育む存在として世界から注目されるKOSENの一員となる、県立高専への期待を込めた熱い応援メッセージが述べられました。
第2部の後半には、質疑応答の時間が設けられましたが、場内を隅々まで埋め尽くした参加者から次々と質問が寄せられ、登壇者の北村氏、生駒氏、篠瀬氏、松田氏からの回答が続きました。
(掲載開始日:2025年4月24日)
テーマ:未来を共創 「知行合一」のエンジニア育成
講演者:北村 隆行 県立高専総合ディレクター
初代校長予定者に内定した北村氏は京都大学大学院工学研究科で博士の学位を取得、財団法人電力中央研究所研究員から京都大学工学部・工学研究科教員、アメリカ航空宇宙局(NASA)研究員を経て、2016年から京都大学大学院工学研究科長・工学部長、2020年からは京都大学理事・副学長を務められています。2024年6月まで京都大学総長特別補佐を務められた他、文部科学省公的研究費の適正な管理に関する有識者会議委員、科学技振興機構さきがけ「ナノ力学」研究統括等を歴任されてきました。
その北村氏が、県立高専をどのような高等教育機関にしたいのか、そしてどのような学生を育てたいのかについて熱弁を振るわれました。
専門領域の紹介
北村先生の専門は機械工学における破壊の力学です。材料強度をベースに工業製品が壊れる限界を探る技術を研究されてきました。電力中央研究所では発電タービンの力学的強度限界を、アメリカ航空宇宙局ではロケットエンジンやジェットエンジンの特殊条件下による強度限界を研究された後、日本が世界中の電子デバイス市場を席巻していた1990年代は微小電子デバイスの力学的強度について研究され、ナノ力学分野における研究を牽引されることになりました。
「知行合一」の技術者教育
次に、レオナルド・ダ・ヴィンチの残した「レオナルドの手稿」に記された多くの技術に関する基礎検討とそれらから得た科学的な知識、またそれらを実践する行動力の重要性にふれつつ、北村氏の県立高専総合ディレクター就任時に公表された滋賀県立高専のコンセプトである科学的な知識(知)と合理的な行動力(行)をバランスよく涵養する「知行合一」の技術者育成の考えを説明されました。「知行合一」という言葉は元々、中国の陽明学(*)の言葉で、日本では近江聖人と呼ばれる中江藤樹によって広められ滋賀という土地と縁深い言葉です。
*中国の明代に王陽明が興した儒教の一派による思想体系で、実用的・実践的な人生哲学の側面を持つ。
県立高専が目指す教育
「知行合一」の技術者を育てることに加えて、県立高専の開校がゴールということではなく、技術を対象とする学校の宿命として「育ち続ける」ということがあるため、学生と教職員が「共に育つ高専」にしていきたいという展望も表明されました。さらに、県立高専の一番の特徴である、研究所群、工場群、公的施設群等が集積する恵まれた立地環境を生かした協働技術教育を目指すとの考えを説明されました。
県立高専が進める協働技術教育は、1年生時には技術への「驚き」を与えて学習意欲を引き出します。2・3年生時は基礎の必要性に気付かせて学習トレーニングを重ね、4年生時は磨いてきた技術を試していく実践的学習を進め、5年生時には滋賀県の高い工業力を実感してもらった上でプロに負けない技術力へと導くというステップを踏ませる構想です。そうした教育を通じて、卒業後50年以上続くエンジニア人生を幸せに、そして日本の技術を支える骨太のエンジニアを育てたいと話されました。
機械系では新居浜高専で教授をされていた浅地豊久氏、電気電子系も近々確定の候補者1名、情報技術系は神山まるごと高専教授を務められた正木忠勝氏ともう1名の候補者、建設系は群馬高専教授で滋賀県出身の木村清和氏が確定されています。
開校に向けた準備の進捗状況
3DCGによる新キャンパスのイメージを紹介後、専門科目(機械系・電気電子系・情報技術系・建設系)及び一般科目においてコアとなる教員の採用が順調に進んでいる状況が共有されました。
超一流工業県への展望
県立高専の目指すゴールの一つが、既に一流工業県である滋賀県を「超」一流工業県へと県立高専が昇華させる起点になることだといいます。技術も人も循環させるほど深まり高いレベルになることから、卒業生が県外や海外に飛び立っても、いずれ滋賀県に戻ってきて活躍できる仕組みや環境をつくっていきたいと締めくくられました。
登壇者:生駒 健二 氏(エイベックス株式会社 執行役員)、篠瀬 祥子 氏(日刊工業新聞社総合企画部長)、松田 千春氏(滋賀県総合企画部長)
企業等との連携・共創の具体化に向けた取組状況報告:松田 千春氏
滋賀県立高専の設置目的は、
1、滋賀県発の次の時代の社会を支える高度専門人材の育成
2、技術者の育成・交流のためのハブとして地域産業と社会への貢献
であり、滋賀県そのものが教材であり学習のフィールドであるという考えです。また、県立高専の設置・運営を担う滋賀県立大学のモットーが「キャンパスは琵琶湖、テキストは人間」であり、この考え方は県立高専が目指す理想の学びの姿と重なるといいます。
現在(2025年2月時点)、県立高専の応援団の仕組みであるフォーラムへの参画数は206社の企業、16の団体、113名の個人に及んでおり、今回のようなイベントの開催やメールマガジン等による情報共有や意見交換を実施するとともに、昨年8月から個別訪問による県立高専との連携・共創に向けた意見交換を実施。1月末時点で206企業中59社を訪問、各企業の技術、設備、考えを知り、訪問するたびに感動されたそうです。
次に、フォーラム参画企業に連携・共創メニュー(タタキ台)を提示し、1、県立高専と企業等が共に成長を目指すメニュー 2、学生の成長を応援頂くメニュー 3、県立高専のリソースを企業側が活用するメニューの、以上3項目によるアンケートをお願いしたところ、74社から回答があり、その結果が報告されました。
1の、県立高専と企業等が共に成長を目指すメニューにおける人等に関する項目では、PBL教育支援の他、協働型共同研究への関心が高い。資金等に関する項目においては、県立高専内への企業広告やイベント協賛に高い関心が示されています。
2の、学生の成長を応援頂くメニューにおける人等に関する項目では、講演会講師の派遣、企業講座、インターンシップ、1日就労体験に高い関心が示されています。資金等に関する項目においては給付型企業奨学金に対しての関心が最も多く、3の、県立高専のリソースを企業側が活用するメニューでは企業等交流会、業界・企業説明会、企業等PRブック作成、卒業生のUターン就職に関する連携に高い関心が示されています。
そして最後に、いよいよ2025年4月から開設準備教員チームを交えて、連携・共創メニューの個別具体化を進めていくことを表明し、締めくくられました。
他高専と企業との連携事例紹介-1:篠瀬 祥子 氏
続いて篠瀬氏から、他高専と企業の連携事例の紹介がありました。日刊工業新聞は今年で創刊110周年を迎えられる産業総合紙です。高専特集は、2022年の高専制度60周年を記念して始まり、今年で4年目になります。高専生は、産業界からの注目度が高く、その理由として篠瀬氏は、1、ますます深刻化するエンジニア不足 2、プラント関連の老朽化を克服する人材の不足 3、DXやAIといった先端テクノロジー分野の人材ニーズの中で物事を根本から考えて行動できる人材の渇望等が挙げられると語りました。こうした問題に対し、高専生は各種コンテスト等を通じて創造性やチームワークを養い、社会課題と向き合いながら学ぶ等実践的な学習経験が高く評価されています。
また、高専生の採用に至る機会を設けるには、企業との共創の機会や社会課題そのものを探究している教員をサポートすることが有効ではないだろうかと語られました。さらに、寄付の意義も大きく、それによる学生や教員、親世代への社名認知が、高専と企業が連携するきっかけづくりに重要な役割を果たすとのことです。
最後に、これまで取材をしてきた、高専と各企業の連携例を紹介されました。
工作機械製造大手であるDMG森精機は北九州高専との連携を機にデジタルモノづくり教育を開始しています。また、外資系電機メーカーのABBはシミュレーションソフトを使ってロボット技術者を養う教育プログラムを豊田高専等に提供。エプソンは沖縄高専と連携し共同研究の最終アウトプットとして東京ビッグサイトの展示会で学生による発表を行われたそうです。青木あすなろ建設は徳山高専と連携して水陸両用ブルドーザー体験会を開催、防塵マスクメーカーの興研は熊本高専に机サイズのクリーンルームを寄贈、ミシンのジャノメは大分高専の部活動に30万円を寄付。また、国立高専機構はビズリーチとクロスアポイントメント制度で提携し、64名の民間人材を登用。産業界の人材が副業で高専生を教える機会を設けました。その他にも、九州電力が新卒採用した大学卒業生や高専卒業生の奨学金返還サポートを開始する例など、高専と企業の多様な連携事例を挙げられました。
他高専と企業との連携事例紹介-2:生駒 健二 氏
エイベックス株式会社執行役員の生駒氏からは、企業側からの視点による鈴鹿高専との連携事例が紹介されました。
同社は金属の切削技術や研削技術に長けた名古屋市に本社を置くトヨタ系の自動車部品メーカーです。自動車の電動化が進むことにより商品構成の見直しを迫られるとともに、恒常的なエンジニア不足に悩まされていると語り、今一度地域との繋がりを大切にしなければならないというお考えを述べられました。
そうした背景があって、有料の工場等見学事業を強化するなど、産業観光分野にも注力しているそうです。その産業観光事業で関係を築いた同社工場のある桑名市を通じて鈴鹿高専と連携することになり、鈴鹿高専の敷地内に研究室を設置して3年間の共同研究を始めたそうです。
鈴鹿高専との共同研究のテーマは6つ。1、熱処理歪み不良対策 2、AGV無人搬送車の開発 3、RFID(無線タグ)を使った工程間移動履歴の電子処理化 4、設備の振動を抑えるビビり抑制 5、海外の学生と一緒に学び合う学生の産業観光受け入れ 6、総額200万円の出資を実行したケースもある学生への起業支援です。
以上の共同研究の結果については、1のテーマの成果として表面処理技術獲得による仕入れ先依存の改善と、2のテーマの成果である新しい生産設備の自前導入等の成果が挙げられました。一方で残された課題として、テーマを6つから絞れなかったことにより完結できなかったテーマがあったこと、教員との連携がメインとなり学生を巻き込み切れなかったこと等を挙げられました。
今後は、新市場での技術課題の回収並びに連携の中核となる次世代人材の育成に注力することで、顧客中心の経営風土から市場創造型で人材育成にも通じる「地域循環型経営」にシフトしていきたいと考えておられます。
世界的な研究実績をお持ちの北村先生が、県立高専の初代校長として教育に軸足を置こうとなさった理由を教えて下さい。
私は日本の技術に関する1番の課題は、科学的な知識(知)と合理的な行動力(行)のバランスが、「知」の方に偏り過ぎていることだと考えています。技術がどんどんソフトウェア化していて、自ら手を動かしてモノにふれながら知識を身に付けることが減ってきています。これは、先進大学の技術教育が「知」に関する指導に偏りがちであることも一因でしょう。AIや量子といった流行テクノロジーへの過度な反応も気になります。
一方、実践を中心とする高等教育では、PBL(Project Based Leaning)やアントレプレナーといった流行りの言葉に踊らされているように思えるのです。いずれの言葉も、それらに関する表層的な知識だけが一人歩きしていて、多くの人が実践の基礎力を十分に鍛える機会を十分には持っていないのではないでしょうか。
自ら手を動かしながら知識を修得していくのが高専です。日本の技術力の停滞を是正する働きかけは、高専を起点に広げていくのが最適であり、さらにそれを自ら実行したいと考えて、校長就任オファーを嬉しく前向きに受け入れたのです。
北村先生は、京都大学の教授時代に教えていた高専出身の学部生や大学院生をどのように評価されていましたか。
高専出身者は、「知」と「行」のバランスが良い印象でした。そんな高専出身者が研究室に1人でも所属していると、すぐに実験や解析に取り掛かる彼らの姿勢のおかげで研究室全体の雰囲気がアクティブになります。技術の根本である工学を学ぶ上で、今の学生に欠乏している部分を補強する心強い存在でした。また、高専を1度卒業して、さらに学びたいと考えて入学してきたのですから、モチベーションが高く、極めて優秀な学生が多かったのも事実です。
日本がかつてのように世界の技術リーダーとなるには、高専生をどのように育てたいですか。
産業界もアカデミアも、今の最先端の技術を身に付けた即戦力のスーパーマンを求めがちです。そのように考えていては、いつまで経っても理想とする人材は現れません。
高専在籍の5年間でスーパーマンを育てることは出来ません。学生たちに基礎的な知識や実験などの感覚を磨き込む機会を十分に持たせ、10年先、20年先の長期的な視点を持たなくてはなりません。県立高専では、50年続くエンジニア人生が幸せなものとなるよう、そして日本の技術を支えてくれるような存在となるよう科学的な知識(知)と合理的な行動力(行)を磨くことで、基礎力を養成します。
知識や実践力を磨き込む行為は体幹トレーニングのように地道で苦しいものです。しかし、時に各種コンテスト等刺激的な発想やゲームのような面白さを感じられる機会を設ける中で基礎力の重要性を認識し、基礎訓練を続けることができます。
これから高専を目指す小中学生へのメッセージをお願いします。
楽しく、幸せに生きることが人生で最も大切です。そのために高専に入学してエンジニアを目指すのは、お勧めするルートの一つです。エンジニアになってものづくりに携わる。自ら手を動かしてつくれば、そこに楽しさや歓びも加わります。そしてつくり上げた製品を通して、世の中の多くの人々に喜んでもらえる。そんな幸せを、高専で学ぶことで、感じてみませんか。
徳山高専のこれまで高専ロボコンに出場した歴代のロボットたち。
1988年に始まった高専ロボコンで、藤本先生は初期の頃から学生の指導に携わり、そのロボットたちは今も大切に保存されています。
これまで7回執筆させて頂いた通称 ”高専ロボコン” はその名称を「アイデア対決独創コンテスト」→「アイデア対決ロボットコンテスト」→「NHKアイデア対決ロボットコンテスト(高専部門)」→「アイデア対決・全国高等専門学校ロボットコンテスト」と時代の流れと共にその名称を変えてきました。
しかし、何れの時代においても ”アイデア対決” の冠を外すことはありませんでした。単に試合の勝ち負けを競う大会ではなく、若い選手達が夢やアイデアを競うことを通じて発想力豊かな技術者を育てることを最大にして最終の目的としていました。高専ロボコンは、ロボコン大賞を最高位の賞として位置づけて、他のロボット競技大会とは一線を画す形で1988年からの開催から長期に渡り、大会設立の立役者であり、2025年1月12日に惜しまれながらご逝去された東工大名誉教授の森正弘先生の熱い思いを現在に伝えてきました。
大会を運営するに当たってはNHK関連グループ(以下、NHKと記す)は元より、協賛企業からも資金面で多大な援助を得ています。大会初期の1990年から2001年までは当時の国内パソコンのシェア率が70%とも80%ともいわれたNEC(日本電気株式会社)が特別協賛企業として巨額の運営資金を提供していたこともあって、地方大会から全国大会を通じてその運営の殆どをNHKが担当していました。
地方大会の会場は特別な理由がない限り高専の体育館を利用していましたが、徐々に高専ロボコンの知名度が上がってくると観戦希望の人数が増えてきたことと、一般には高専の知名度が低かったこともあって、高専側としては大会が絶好のアピールチャンスであるとの思惑から地方の大型多目的体育施設などで大会を開催するようになりました。
1999年 第12回高専ロボコン「ジャンプ・トゥー・ザ・フューチャー」で配布されたトレーナー。
当時は毎年、選手と指導教員にトレーナーが配布されていました。オリジナルキャラクターの「アイデアの卵」が描かれています。
当時の潤沢な大会予算の片鱗を伺わせるものが手元に残っていましたので紹介します。まず、毎年デザインの異なるオリジナルキャラクターをプリントしたトレーナです。選手と指導教員に地方大会と全国大会でそれぞれ配布されていました。
さらに、毎年このオリジナルキャラクターをアレンジした大型の多色刷りポスターがありました。このオリジナルキャラクターを我々は「アイデアの卵」と呼んでいましたが、伝え聞いた話によると、このキャラクターの著作権はNHKのものではないということで、NECが特別協賛を脱退すると共にトレーナーの配布はなくなり、ポスターのデザインからも「アイデアの卵」がなくなりました。
残念ながら手元にはこのキャラクターを使ったポスターは2000年大会のものが1枚、トレーナーは2着しか残っていませんでした。高専ロボコンのキャラクターとして一時期「ロボドーモ君」もありましたが、やはり私はこの卵のキャラクターが好きでしたので、なくなったのは今でも残念でなりません。余談ですが、このキャラクターを模倣したロボットで全国大会に出場したことがあって一時物議をかもしましたが、結局、著作権先からの許可が出たらしく放送映像にモザイクが入ることはありませんでした。
その他にも地方大会に新人タレントの起用がありました。私達の中国地方大会には覚えているところでは女優の「仲間由紀恵」さんや地元出身タレントの「松村邦洋」さんによる大会中でのリポートもありました。
その後、NECが特別協賛を脱退したことによる運営資金面の減少から、高専ロボコン存続の危機が訪れ、このことについて高専とNHKで協議が持たれました。
このとき大会の存続について技術者教育の視点からの話としてあまり聞こえてこなかったのは残念でしたが、高専側からはNHKの放送を通じて高専の情報を大衆メディアに載せることのメリットを重要視して、これまで以上に資金面と大会運営に全高専を挙げて協力することとして高専ロボコンが存続することになりました。現在は特別協賛の「本田技研工業株式会社」をはじめ、協賛7社、特別協力3社、協力3社1機構の支援を得て大会が継続されています。
さて、大会の存続協議の際に「技術者教育の視点からの話としてあまり聞こえてこなかった。」と述べましたが、ある意味仕方のないことだと思っています。
その理由は、各高専のロボコンへの取り組み姿勢にもよりますが、高専ロボコンの指導にあたってはその多くはロボット作りに必要なスキルを持ち合わせている特定の教員が毎年担当するケースが少なくないからです。その結果、指導の詳細とその教育効果については各高専で共有されることは殆どありません。必然的に高専ロボコンによる教育的な優位性がどの程度あるのかは大会の結果でしか評価されないことになります。このようなことから高専ロボコンの教育的な優位性について問われた場合には、私見とはなりますが、高専ロボコンを長年指導してきた経験と他の高等教育機関に先行して創造教育を体系的にカリキュラムに取り入れ実践してきた経験から、ロボコンを経験した学生とそうでない学生とを比較した場合、取り分け発想力とアイデア具現化のセンス、課題解決能力の向上には歴然とした差が生じるといえます。
特にロボットの設計を主として担当した学生は、夏休みを通して最低でも毎日6時間以上は課題解決のためのアイデアや機構のイメージを考え、それを形にする取り組みを自主的におこなっていますので、このような差が出るのは必然のことといえます。こういった教育的効果を定量的に比較することは難しいのですが、参考のため私の元に現存する過去のロボット達(※)をまとめて掲載していますので、これをご覧になった上でこの点を推し量って頂ければ幸いです。
※過去のロボット達については、徳山高専HP 「高専ロボコンの歴史」ページ をご覧ください。
ともあれ、技術者や研究者はストイックなまでにもの作りや開発に没頭する傾向があるといわれますが、高専の学生も例外ではありません。その反面、大衆コミュニケーションを苦手としている者も多くいます。高専ロボコンではチームを組んで一つの競技ロボットを完成させる作業なので、否応なしにチーム内でのコミュニケーションが必要となることで、その能力が鍛えられます。更にはメディア取材におけるコメントを求められることもあって、本来自分の考えを伝えることを苦手としていた学生がこれらの経験を経てチームのリーダーとして成長することも珍しくありません。
コンテストが始まった1988年の「乾電池カースピードレース」の放送は、学生達の発想の豊かさ、その発想に焦点を当てた競技型式の斬新な番組として視聴者を随分魅了したことと思います。そのためNHKも継続番組として成立させたのではないかと察します。私もこの放送に魅了された一人でしたので、それから2年後にロボコンに関わるようになりました。当時目新しかったロボコンも現在では小学生から大学生まで様々な分野で参加できるロボコン型式の競技が数多く開催されるようになりました。
2013年 第26回高専ロボコン「Shall We Jump?」に出場した奈良高専のロボット「じゃんぺん」。
この大会では徳山高専が優勝しましたが、準優勝となった奈良高専の「じゃんぺん」は、後に “Most skips by a robot in one minute”(1分間に最も多くロボットが縄跳びを跳んだ回数) でギネス世界記録を樹立しました。
ロボコンの創世記には将来ロボットが今ほど活躍する時代になるとは考えていませんでしたので、選手達も単に技術を使った趣味的な範疇で取り組んでいたと思います。しかし、30年後の現代においては少子高齢化、働き方改革、災害救助、海洋開発、生産コスト削減などで、その一翼を担う救世主として様々なロボットが必要となっています。当時は職業として考えられなかったロボット作りの知識がそのまま職業に繋がる時代となったわけです。
19年前に選手として活躍した学生の一人は協賛企業の一つに研究職として入社し、上司も褒め称える会社の柱となっています。そしてこの会社のエンジニアの半分近くが大学経由を含め高専卒だということです。昨年の大会決勝戦で惜しくも敗退した熊本高専の女性選手が表彰式の場面で感動的なコメントを残しています。「メンバー達とロボコンをやっている空間が宇宙一楽しかった。」このような空間を経験できる若者が今どれ程いるでしょうか。この感動と今の思いを忘れることなく19年前の選手と同じように社会で活躍できる思いやりのあるエンジニアとして育っていくことでしょう。
大会に参加した学生のコメントには、技術やアイデアに関する感想よりも、仲間や先輩後輩と昼夜を問わず苦労を分かち合った感動的なコメントが多く聞かれます。
最後となりますが、一時期は世界第2位のGDPを誇っていた日本経済を背景に、高専ロボコンもこの時期、年を追う毎に大変な盛り上がりを見せていました。しかし、1997年に消費税が5%になって以降の日本経済は衰退の一途をたどり2002年からのNECの特別協賛脱退を契機に一時は高専ロボコン消滅の危機に瀕しました。その後も日本経済の停滞が叫ばれる中で、復活に向けての苦悩が続いています。
一方で、世界に目を向ければ日本以外の各国は右肩上がりの経済成長を果たし、ITや産業技術面での発展は著しく、身近なものとして3Dプリンターやドローン技術など、日本は高い技術的ポテンシャルを秘めているにも関わらず他国に後れを取っているのが現状です。高専においては高専機構からの分配運営経費は減り続けています。入学は難関であっても教育設備の充実ぶりが高専を受験する大きな理由にもなっていましたが、遂にパソコン設備すら賄えず、受益者負担の名の下に個人調達のパソコンに切り換えざるを得ない窮状となっています。世界最大の対外純資産国である日本が将来への投資として教育への財政出動が待ったなしの課題であると私は考えます。
高専の新入生は15歳。つまりこの年齢から、社会に必要となる人財を育む高等教育機関が高専なのです。大学への進学が入学の目的となっている高校の普通科とは異なり、高専には数学や理科が得意な中学3年生が、自分で手がけてみたい技術領域をイメージして入学してきますから、学ぶこと自体に最初から意味を感じています。そして社会実装を念頭に置いた技術教育が施されていくうちに、自分の取り組んでいる勉強が社会に役立つ実感を得ることになり、それが益々勉強する意欲を掻き立てます。
このように専門性を極める意義を体感した高専の学生たちは、その経験を活かして専門領域以外にも手を延ばすスキルを身に付けていきます。近年、欧米で一般化しているJOB型の教育や就業が注目されるようになってきましたが、それは専門領域を極めれば他の業務はできなくても構わないというものではありません。
その本質は全く逆で、一つの専門を基礎からしっかりと極めた人財には、世の中の変化に柔軟に対応しながら専門性の幅を広げ、社会に役立つ価値を重層的に発揮するスキルが備わっているのです。これは、高専生の将来像そのものです。今後益々オープンイノベーションが社会を動かす時代になりますが、そこでは学んできた専門性をベースに、多くの人や様々な技術と出会う機会を利用し、革新的な成果を追い求めていきます。産業界に進み、あるいは大学に進学した高専生が活躍できるステージは益々広がっていると考えられるのです。最近になって本科を卒業する高専生の採用を拡大する大手企業が増えてきましたが、技術革新の最前線が高専生の価値に気づいたと言えるのではないでしょうか。
2024年5月、第5回ディープラーニングコンテスト2024の閉会後の記念写真(中央に谷口理事長)。本コンテストでは、高専で培ってきた「技術」と「ディープラーニング」を活用し、事業性を競い、起業を支援しています。このコンテストに代表されるよう、高専ではアントレプレナーシップ教育も基軸としています。
高専で最新の技術に触れ、社会に出てからさらに専門を極めた、あるいは専門性の幅を広げた高専の卒業生は、そのスキルをより高次で発揮することを求めるようになります。それはグローバル、もしくは起業というステージにも移行する選択に繋がっていきます。高専の卒業生は、企業のグローバル戦略や世界に通用する技術革新の先頭に立つ、もしくは新たなテクノロジーやビジネスモデルでスタートアップを図るアントレプレナーとなり、日本の産業界やアカデミアの世界で戦う競争力を生み出す存在になり得るのです。
このような高専生の「高い技術力」、「社会貢献へのモチベーション」、「自由な発想力」から生み出される高い起業力に文部科学省も期待し、アントレプレナーシップ教育に取り組む全ての国公私立高専を支援する「高等専門学校スタートアップ教育環境整備事業」を、2022年度第2次補正予算で開始しています。
「失われた30年」という言葉に代表されるように、平成以降はそれまで世界のトップを歩んでいた日本の国際競争力が徐々に低迷していきました。その原因の一つに、産業界においてもアカデミアにおいても、世界で戦おうという意識が薄れてしまったことが考えられます。だからこそ、高専在学中に培われた課題解決力や社会実装力によってもたらされる理論のみではない、手を動かすことができるという競争力が益々求められるようになっています。高専の卒業生は、国家が抱える重要な問題を治し、健康な発展に導くことのできる、言わば「社会のお医者さん(Social Doctor)」だと私はことある毎に広報しています。
さらに日本には本格的な少子化の波が押し寄せ、内需の拡大は見込めなくなりました。この少子化は日本を支えていく人財の減少にも直結します。事実、近年の1学年あたりの人口は大幅に減少。1960年頃には250万人を超え、その後の進学や就業で高度経済成長期に活躍した中学卒業者の数が、現在では100万人前後になり、いずれ70万人台にまで落ち込むことが確実視されています。日本がこれからかつてのような存在感を世界で復活させるには、1人が3倍のパフォーマンスを発揮する必要があると言っても過言ではありません。このような教育の曲がり角で、卒業後に「社会のお医者さん」となって日本の競争力を回復させる高専生の育成をしっかり行わないと、日本の産業競争力は今以上に揺らぐことになってしまいます。
神山まるごと高専の校舎「OFFICE」の様子。同校は、アントレプレナーシップ(起業家精神)の育成に力を入れており、卒業生の4割が起業することを目標に掲げています。2023年4月、徳島県名西郡(みょうざいぐん)神山町に全国58番目の高専として開校しました。
現実に地方では小中学校の閉校が各地で見られます。入学志願者が減少している大学も少なくありません。そうした波に高専が巻き込まれることは現段階ではありません。それどころか2023年に徳島県に神山まるごと高専が開校し、2028年には滋賀県に滋賀県立高専が新たに開校する予定です。今の時代に日本の社会が高専教育に期待している証左だと言えます。それでも子供の数は益々減っていきますから、高専も影響を受けざるを得ない時期が到来するでしょう。
国立高専は元より、公立・私立の高専とも密な協力関係にある高専機構としては、1学年50万人という時代になろうとも、現在の全ての高専を合わせた1学年1万人という学生の数は守りたいと思います。人口減少に逆らう事が出来ず、それが無理となっても、58という現在の国内の高専の数(滋賀県立高専の開校により59校)は絶対に減らしてはならないと考えます。もしも、高専の志願者数が減るような事態になったとしても、学校の数も教員の数も削減しなければならないというのは、消極的な発想で、1クラスあたりの学生数のみを減らせば良いのです。一方で、教員志願者の数が減っていく事も想定されますが、そこはオンラインによる高専間をまたいだ同時授業や、録画された映像による補完で十分に対応が可能です。
現在の世界の1クラスの標準は20人。日本の学校の学級人数はまだ減らせます。現在の高専の40人学級が20人学級2クラスになれば教育の中身は確実に濃くなり、定評のある高専の質の高い指導は、一人ひとりの学生に一層深く行き渡ることになります。少子化という逆境を逆手に取り、少人数学級を導入すれば高専教育のパフォーマンスが高まるのは間違いありません。今以上により世の中の役に立つ人財に育んでいく環境を実現できるでしょう。
2022年11月高等専門学校制度創設60周年記念式典の翌日には、国際学長フォーラムが行われ、谷口理事長はじめ、各国の政府機関、大学、高専、ポリテク等の代表間で、新たな時代に求められるエンジニア育成の在り方について、活発な討議がなされました。
日本の高専教育制度を本格的に導入したタイ王国初の高専(KOSEN-KMITL)が2019年5月に、2校目の高専(KOSEN KMUTT)が2020年6月に、それぞれ開校しました。タイ以外にも、モンゴルに3高専を設置し、ベトナムではベトナム商工省が管轄する3つの工業短期大学等の教育高度化支援を行い、高専教育システムの導入に向けて準備中のエジプトからは高専の教育現場視察やカリキュラムに関する意見交換等を行うために2025年の1月に視察団が来日しました。また、全国の高専各校は多くの国々から留学生を受け入れています。“KOSEN”は、世界各地で社会を牽引する高等教育制度であるという認識が広がっているのです。
こうしたグローバル展開の推進により、2024年3月時点で高専機構が学術交流協定を締結した海外教育研究機関は448機関(各国立高専において延べ417機関、高専機構本部において31機関)に達しています。こうした高専のグローバル展開は各国への貢献はもちろんのこと、世界のテクノロジー開発における日本のプレゼンスを高め、日本の技術を世界に波及させる足がかりにもなるでしょう。
それ以上に高専のグローバル推進を通して重要視しているのは、日本の高専生の海外との交流です。高専の卒業生がグローバルな環境で頭角を表すような活躍を見せていくための国際コミュニケーション能力を磨くことを目的とする、留学や海外インターンシップを推奨しています。現在は年間で約4000〜5000人の学生を海外に送り出していますが、その数をもっと増やしていく考えです。
2019年には、グローバルに活躍できる技術者を育てるため、「グローバルエンジニア育成事業」を開始しました。この事業では、高専各校が取り組む学生の国際的なコミュニケーション能力や、海外で積極的に活動する意欲の向上を支援しています。いずれも、高専卒業生が日本の国際競争力に寄与する存在へと育むための一環であることに間違いありません。
また、近年は国籍や性別を問わず多様性を尊重する社会に向かっていますが、高専機構は2011年に早くも「ダイバーシティ宣言」をして、2024年には「ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン(DE&I)推進宣言」を策定し、多様な一人ひとりの学生が、自他の違いを尊重し、相互理解を深められる風土を醸成してきました。その成果としては、本科の女性学生比率が24.6%にまで増加したことなどが挙げられます。
高専機構は時代に即した高専教育の最適解を考え、学習指導要領にとらわれない独自のカリキュラム作りや、研究活動の推進をサポートしています。そうした積極的な取り組みには年間予算で充当される額以上の活動費が不可欠になります。高専機構は、高専各校にアグレッシブな教育を求めるだけではなく、外部予算の獲得に尽力することでも各校を支援しなければなりません。実際に私は、文部科学省はもちろん有力政治家や産業界に対しても、積極的に訴求する場を設けて、研究予算や施設予算について数々の要望を申し上げてきました。その成果としては、幾つかの外部予算獲得につながっています。
ただ、全ての予算要求が通る訳ではなく、多くは希望通りとはなりません。高専だから必要、高専にこそ必要という理由を明確に訴求していく必要があります。そうした高専ならではの予算獲得の事例に、商船高専5校(鳥羽、広島、弓削、大島の商船高専4校に加え富山高専商船科を含む)の練習船を新造して更新する予算を獲得できたことが挙げられます。練習船を航海や機関に関する実習の場としてだけではなく、災害時には被災地へ飲料水や食糧を供給する役目(かつて同様な実績があります)や、携帯電話の移動基地局としての活用を御理解いただいた事が認められたのです。
先にも述べましたが、高専教育には日本の国際競争力を再生に導く可能性があります。国が用意したファンドや研究予算のみならず、産業界からの支援にも期待しています。中には高専卒業生が入社後に大活躍をして経営に大きく貢献したので寄付を申し出ていただいた企業もあります。これからは益々外部に対して、時代に先駆けて独自に取り組む高専教育の価値を積極的にPRし、研究費や設備費を外部から提供していただくことで教育現場の努力を最大限バックアップしていきたいと考えています。
在校生の方には、自分の好きな技術分野を極めて、その成果を遠慮することなく大いに発信して欲しいと考えています。各種コンテストや地域産業との連携、海外渡航交流など、様々な自己表現の場があることは皆さんもご承知でしょうが、決して一部の限られた学生さんのために用意されている機会ではありません。どの学生さんでもしっかりと準備して臨めば、そうした場面で主役になれるチャンスがあるはずです。さらに言えば、コンテストに勝ったらそれがゴールではなく、そこからが将来に大きく飛躍するスタートとなるはずです。
産業界でご活躍されている高専の卒業生の方々には、カリキュラムの面でもすこぶる中身の濃い5年間を全うされたことに誇りを持って、世の中に貢献していただきたいと望みます。最終学歴が大学や大学院となった卒業生の方であっても、高専で培った学びの体験は現在の実力の礎になっているはずです。学歴とは最終学歴を表すものではなく、学習歴です。高専の5年間の学習歴を是非とも多くの人にアピールしていただきたいと考えています。
皆さんのご活躍が、今後の日本の発展に大きな影響を及ぼすのは間違いありません。産業界の発展への貢献のみならず、日本の未来を担う子供たちが高専に入学して優れた研究者やエンジニアへと育ち、同時に幸せな人生を獲得するロールモデルになっていただくことを期待してやみません。
北海道釧路市の西方、たんちょう釧路空港に近い場所に立地する釧路高専は、国立高専4期校として昭和40年に開校。当初は機械工学、電気工学、建築の各学科があり、その後に電子工学と情報工学が加わり、しばらくは5学科体制で高い専門性を持った人材の育成を進めてきました。
ところが時は平成に移り、企業の製品開発や設計において高度化や複合化、融合化が進んだことで、学生時代に学んだ分野の視点だけでは第一線のものづくりの現場で実力が上手く発揮できないという場面が、社会と直結した高等教育機関において問題視されるようになりました。
本校にも、社会に早期に役立つ実践的な技術と創造性を兼ね備えた卒業生を送り出す使命があります。そこで5学科体制を一旦リセットし、抜本的な改組を行うことになったのです。
当時の学校関係者の間では学科の再編案で侃侃諤諤の議論があったそうですが、結果として平成28年に全学生が入学初年度を一般教養科目と専門基礎科目の授業を受け、2年生進学時に学生の全員が広い視野で技術を学ぶことを指向して設置した創造工学科に進むという学科の改組が行われました。
ただ、創造工学科が広くとも浅い知識しか身につけられない学科に陥ってはなりません。しっかりとした専門性が身につくことを担保した上で他の分野の基礎を学べる、そんな工夫が必要です。
そうした配慮から、創造工学科の中に3つのコースを設定しました。情報工学分野と機械工学分野にわたるスマートメカニクスコース、電気工学分野と電子工学分野にわたるエレクトロニクスコース、そして建築デザインコースです。
前2コースの学生は本科の4年間、所属分野で専門性を獲得しつつ、コース内のもう一方の分野についても学び、さらに学科共通科目も受講することで、社会の期待に即した人材となって巣立っていくことになります。
建築デザインコースの学生は、建築設計を軸に街づくりまで視野に収める学びで、学生の指向に応じてゼネコン等に加え鉄道会社など都市開発を担う企業への進路が開けています。
創造工学科を卒業した学生は、開始年度からみてまだまだ少数ですが、開校から実践的な技術を持った人材の輩出を企図して様々な教育施策に取り組んできた本校は、進路先から高い評価を頂いています。
多くの卒業生が活躍する釧路市役所からは公務員試験の受験資格において大学卒業者と同じ扱いを受けており、北海道大学からは北海道内の4高専を対象に約20名の編入推薦枠が認められています。
創造工学科を設置する背景となった、専門分野の隣接領域にも視野を広げて社会の実情に対応できる人材を育むというコンセプトを推進する取り組みの一つに、複合融合演習があります。
これは、5分野混合チームが現場目線で地域課題の本質を理解し、アイデア創出から試作までを行う、釧路高専独自の社会実装型フィールドワークです。
先般は、防災というテーマで段ボールベッドを開発しました。釧路が面する十勝沖は地震の発生が多いこともあって釧路地域の住民は防災意識が高く、避難先に必要な段ボールベッドの開発は地域ニーズに即したものでした。
当初、学生たちは寝心地の良さを追求。しかし使用する行政側と課題の本質に向けた協議を進めていく中で、平時における収納のしやすさや非常時の組み立てのしやすさも重要であることが判明。学生たちは改良を進め、使用する側の要望に対して十分に応えられるプロトタイプにまで漕ぎ着くことができました。
また、学生たちの日々の学習意欲をモチベートする毎年のイベントとして、4年生を対象にキャリア講演会を行なっています。
その内容は、外部講師に、高専での学びが社会で役立つことを講演してもらうものとなっています。
前回は堀江貴文氏に講演して頂きました。実は、堀江さんが設立した日本初のロケット開発会社であるインターステラテクノロジズ株式会社の本拠地は、釧路市と同じ道東の大樹町(たいきちょう)にあり、そこに本校の卒業生が入社しています。
その卒業生の優秀さを認めた堀江さんが、講師を買って出て頂きました。
講演会当日に堀江さんが語られた「高専生の皆さんが学ばれていることは、すべてロケット開発に必要な技術です」という言葉に、拝聴した学生たちは目を輝かせていました。
日本で唯一民間企業でロケットの打ち上げに成功したインターステラテクノロジズ株式会社やロケットランチャーシステムを担当する地元企業の釧路製作所主催のロケットランチャー製作プロジェクトへの参加をきっかけにロケットランチャープロジェクト部が発足しました。ロケット開発プロジェクトに学生が関与できる本格的なクラブです。
堀江さんのインターステラテクノロジズ株式会社に技術協力している、株式会社釧路製作所という企業があります。本来は橋梁工事が専門ですが、打ち上げプロジェクトにはロケットの発射台設置を精密に調整する技術で参加し、出資もされています。
この釧路製作所には本校からの卒業生が就職していますが、在校生の課外活動にも技術面での協力を頂いており、特にロケットランチャー(※)プロジェクト部が大変お世話になっています。
釧路市に本社を置く食品機械メーカーの株式会社ニッコーにはインターンシップで協力を頂いてますし、卒業生の就職先でも人気です。
同社はロボットシステムの技術に長け、ものづくり日本大賞やロボット大賞などの受賞歴を誇っています。
そもそもは地場の水産加工品産業が海外の加工業者に価格競争で劣勢を強いられ、熟練の加工職人が高齢となり後継者が足りないといった釧路を中心とする道東エリアの重要課題に、設備の自動化やロボティクスで応えていくことによって成長された企業です。
現在は水産業の他にも農業や酪農、観光業、飲食店などあらゆる分野がロボット化する時代を見据え、DX化の推進や省力化を追求されています。
そんな同社において、就職した本校卒業生たちは高専時代に養った技術や思考力を存分に発揮しているようです。
株式会社ニッコーとの共同教育を活かし、創造工学科機械工学分野を中心にロボット技術に注力している本校は、国立高専機構の先端技術教育推進策の一つであるCOMPASS 5.0ロボット分野に、協力校として令和4年度より参画することになりました。
ロボット分野のプロデューサー的人材育成を柱とする教育パッケージを作成し、全国の高専に展開していくプロジェクトが進んでいます。
※小型ロケットの発射装置
実は、先の株式会社ニッコーの佐藤一雄社長は釧路高専の卒業生です。
同社の、技術で社会問題の解決に立ち向かうという社風は、まさに高専教育と理念が一致していますが、佐藤社長が釧路高専時代に培った「人に役立つものづくりのマインド」を、今も具現化されているといっても過言ではないでしょう。
また、セブンイレブンやイトーヨーカ堂を擁するセブン&アイグループの金融機関であるセブン銀行の松橋正明社長も、釧路高専の出身です。
高専卒業者と大手金融機関の経営者では、イメージが結びつかないかもしれませんが、松橋社長は釧路高専卒業後にNECグループに入社し、図書館の蔵書検索の開発などを経てアイワイバンク(現セブン銀行)に転職されたという経緯です。
その後、流通業の進化の鍵となったATMの企画開発での実績が認められて役員となり、社長に就任されました。優れたエンジニアは経営トップにも立てるという好例ではないでしょうか。
私も高専で学んだ一人です。卒業したのは東京高専の電子工学科で、東京工業大学に編入学し、工学部電気・電子工学科を卒業後に同大学の大学院理工学研究科博士課程を修了。工学部の助手を経て東京高専の講師に移籍しました。
それから同高専で助教授、教授、副校長を担い、令和4年に現在の釧路高専校長に着任しました。
専門は電気・電子工学で、東工大では高温超伝導薄膜の作成やアナログLSIの自動設計CADの開発、動画圧縮符号・復号用LSIの開発などに関する研究を行い、東京高専の研究者・指導担当としては指紋認証や虹彩認証、AI画像認識などに取り組んでいました。
振り返ってみますと、私の経歴は人とのご縁が大きな意味を持っているように思えます。
高専に転職したのは、高専時代の恩師に勧められたのがきっかけですし、釧路高専とも以前から縁がありました。
3代前の釧路高専校長である岸浪建史先生とは、今から10年前に高専の会議を通して知り合い、釧路高専で実践されている地域と一緒に学生を育てる活動を先生から直にお聞きし、薫陶を受けていたのです。
高専は大学受験に労力を割く必要が無く、時間をたっぷり使って授業では頭を使って考えながら知識を蓄え、実験や実習では手を動かして結果を目で確かめることによる経験を得ることができます。
この知識と経験が合わさって、実践的に役立つ「知恵」を養えることができると私は考えます。
就職して、企業の製品開発上の課題や、それを取り巻く社会の難題に突き当たった時に、突破力をもたらすのはこの「知恵」に他なりません。
高専で学ぶ在校生は知恵という突破力を獲得することができ、卒業された皆さんには、すでに備わっているはずです。
それに加えて必要なのは、努力を厭わず人に役立ちたい、喜んでもらいたいという、「 志 」です。
クルマに例えるなら、知識や技術はボディやタイヤ。「 志 」はエンジンです。成長を促し、壁を乗り越える力となる「 志 」を確かに持って、輝ける未来を歩んで下さい。
全国高等専門学校ディープラーニングコンテスト(以下、DCON)は、高専生が日頃培った「ものづくりの技術」と「ディープラーニング」を活用したビジネスプランの「事業性」を、ベンチャーキャピタリスト(VC)が企業評価額として算出し、競います。
今年度は、昨年度の1.3倍となる95チーム42高専がエントリーしました。
その中から一次審査・二次審査を勝ち抜いた10チーム11高専(※)が本選へ出場しました。
今回は、2025年5月9日(金)・10日(土)に開催された第6回大会における、高い技術力とそれを活かしたビジネスプランで競い合った高専生の活躍の様子を、上位チームを中心にお伝えします。
※ 10チームのうち1チームはDCON初の岐阜高専と福島高専の連合チーム
(掲載開始日:2025年5月29日)
本コンテストの審査は 一次審査(書類選考)→ 二次審査(プロトタイプ制作・面談選考)→ 本選(技術・プレゼンテーション審査)の3段階で実施します。
【一次審査】
複数の審査員が下表の 3 視点・計 8 項目を YES/NO で評価し、プロトタイプ制作に進むことができる作品であると判断されたチームが二次審査へ進出します。
審査視点 | 主なチェック項目(YES / NO 評価) |
---|---|
A. 事業コンセプト | 1. 事業がもたらす効果が明記されているか 2. 新規性、差別化ポイントが明記されているか、ユニークかどうか 3. 解決すべき社会課題ともたらされる効果予測を設定できてるか |
B. ものづくり | 4. ハードウェアを含む工業的なものづくりを伴い、単なるアプリやソフトウェア開発だけに偏っていないか 5. 技術面・法的側面・コスト面を総合的に考慮し、計画が実現可能であるか |
C. ディープラーニング | 6. データ取得方法が現実的で、どのようにデータを入手するかが具体的に示されているか 7. 作品にディープラーニングが用いられているか 8. ディープラーニングの導入が最適で、具体的な機能イメージがあり、実装に無理がないか |
学校名・チーム名 | 作品名 | 概要 | 企業評価額 | メンター | 受賞 |
豊田工業高等専門学校 NAGARA | ながらかいご | 腕装着端末で介護会話を記録するシステム | 7億円 | 福野 泰介 氏(株式会社jig.jp 取締役 創業者) | 最優秀賞 |
鳥羽商船高等専門学校 ezaki-lab | めたましーど〜ノリ養殖を食害から守る〜 | 海苔養殖を食害から守るプロダクト | 1億5000万円 | 佐藤 聡 氏(connectome.design株式会社 代表取締役社長) | 経済産業大臣賞 アクセスネット賞 ビズリーチ賞 三菱電機エンジニアリング賞 |
富山高等専門学校 本郷キャンパス Wider | Smart Care AI | 育児の負担軽減を目的としたAIカメラシステム | 8000万円 | 河瀬 航大 氏(株式会社フォトシンス 代表取締役社長) | NECソリューションイノベータ賞 セブン銀行賞 ソフトバンク賞 日本ガイシ賞 ロジスティード賞 |
仙台高等専門学校 広瀬キャンパス Morinomiyako Oral Wellness | Properio AI | 歯磨き習慣を可視化し歯周病を予防するシステム | 7000万円 | 渋谷 修太 氏(フラー株式会社 取締役会長) | トヨタ自動車賞 丸井グループ賞 ライオン賞 |
茨城工業高等専門学校 明日のDCON楽しみだね | Locker.ai:LLM×スマートロッカーによる自動応対遺失物管理サービス | 拾得・遺失時の負担を減らす遺失物管理サービス | 5000万円 | 折茂 美保 氏(ボストン コンサルティング グループ マネージング・ディレクター&パートナー) | トピー工業賞 日立産業制御ソリューションズ賞 Quick賞 |
沖縄工業高等専門学校 沖縄マリンレジャーレスキュー隊 | 海難事故防止の必須アイテムRiCAS | 海面画像から離岸流を予測・可視化するシステム | 3000万円(企業評価額の合計金額:6000万円) | 田中 邦裕 氏(さくらインターネット株式会社 代表取締役社長) | 文部科学大臣賞(技術賞) フソウ賞 |
一関工業高等専門学校 Innodroid | FlexFit | 個人の筋電特性に応じた動作が可能な筋電義肢 | 3000万円(企業評価額の合計金額:3500万円) | 柳原 尚史 氏(株式会社Ridge-i 代表取締役社長) | アイング賞 さくらインターネット賞 日本電技賞 村田製作所賞 |
大阪公立大学工業高等専門学校 IdentiX | Worm Farmer | 飼育・繁殖・収穫を自動化したミールワーム装置 | 2000万円 | 高橋 隆史 氏(株式会社ブレインパッド 取締役会長 CO-Founder) | 農林水産大臣賞 |
群馬工業高等専門学校 合成音声研究会Dチーム | アバタードーム | 3DCGと本体の駆動を一体制御するモーショントラッキングシステム | 2000万円 | 岩佐 琢磨 氏(株式会社Shiftall 代表取締役CEO) | |
岐阜工業高等専門学校・福島工業高等専門学校 Rebounder | AgriNode | AIを用いた農家負担軽減システム | 投資判断なし | 岡田 陽介 氏(株式会社ABEJA 代表取締役CEO) |
作品名:ながらかいご
企業評価額:7億円
本チームは、わずか4か月という短期間で事業を推進し、一次審査突破後には介護業界へと大胆にピボットしました。2025年3月には、STATION Ai(※)で開催された学生ビジネスコンテストで最優秀賞を受賞するなど、確かな実績を持ってDCONに参戦しました。
介護現場では、入所者から「介護士が会話してくれない」という不満が多く、その主な要因は介護士の業務の約3割を占める煩雑な事務作業にあります。「ながらかいご」は、こうした現場の声に応え、事務作業を大幅に効率化する音声特化型AIサービスです。自作のウェアラブル端末を活用し、介護作業や会議中の会話をリアルタイムで記録・文字起こしします。記録内容は即時に表示・修正可能で、この機能は特許も出願済みです。
「ながらかいご」は自動記録作成機能に加えて、月間報告書の自動作成、介護用語に最適化した自動議事録生成、AIチャットによる報告書・議事録の検索サポートの機能も備わっています。これにより従来、平均的な規模の介護事業所で約2万時間かかっていた事務作業を50%程度に短縮し、人件費換算で年間約1,000万円以上の削減効果が期待できます。
全国40か所以上の介護事業所でデモを実施、3か所で実証実験を行うなど、現場ヒアリングを重ねて開発を進めてきました。
価格面では、競合ソフトが年間100万円以上を要する中、ウェアラブル端末の原価は6,000~7,000円と低コストに抑えられており、初期費用はバンド・デバイス込みで50万円、サブスクリプション保守管理費は5万円/月(介護職員75人規模の施設想定)と、導入コストを大幅に削減できる価格設定となっています。
今後は、3年後に年商11億円、5年後に33億円、10年後には109億円を目指し、さらには21.7兆円の市場規模を有する全世界スマート介護IT市場でのシェアの獲得も見据えています。審査員VCからは、現場ニーズに即した製品開発と、ITに不慣れな介護現場でも使いやすい音声インターフェースが高く評価されており、今後も現場に寄り添ったソリューションの進化が期待されています。
※ STATION Ai:スタートアップの創出・育成やオープンイノベーションの促進を目的として、2024年10月に名古屋市鶴舞公園南側に開業した、日本最大級のインキュベーション施設・オープンイノベーション拠点のこと。
作品名:めたましーど〜ノリ養殖を食害から守る〜
企業評価額:1億5000万円
第2位に選ばれたのは、海苔養殖におけるカモの食害問題に対する革新的な対策装置「めたましーど」を開発した鳥羽商船高専です。
近年、海苔養殖は病害やクロダイによる食害、そしてカモによる被害などにより、生産量が10年間で約40%も減少しています。特に、現在有効な対策手段が無いのが、カモによる被害です。カモは夜行性であることから、夜間に海苔を食べられてしまうことが多く、生産者はすぐに対応することが難しい状況です。また、カモは「初摘み」と呼ばれる質が高く値段も高い海苔を好んで食べてしまうことが、この問題を一段と深刻化させています。三重県内の50人の海苔養殖業者に実施したアンケートでは、約8割がカモの食害を問題視しており、有効な対策が求められていました。
こうした現状を打破するべく提案されたのが、「めたましーど」です。本装置は、ソーラー給電・バッテリー内蔵のパン・チルトカメラ(※1)、そして高精度のレーザーモジュールを搭載した海上設置型のカモ追い払いシステムです。全方位360度の監視が可能で、夜間においても93.8%の精度でカモを検出できます。カモの検出には深層学習による物体検出モデルを用いており、ノイズの多い夜間映像においても高精度な検出を実現しています。また、群れで行動するカモの特性を踏まえ、1羽の検出でも群れ全体を推定するアプローチをとることで、精度の向上を図っています。検出後は、警戒音とレーザー照射によりカモを効果的に追い払います。追い払う方法として、警戒音とレーザー照射を用いているのは、同一の刺激に対する慣れを防ぐためです。実証実験においては100回中すべてのケースでカモの追い払いに成功し、高い有効性が確認されています。
本装置はソーラー給電式ですが、日照が不足し、十分に給電できない場合でも、最大3日間の稼働が可能となっており、映像の撮影も、3か月間にわたり安定して行うことができます。また、安全面にも配慮し、人間を検出した場合にはレーザー照射を行わない設計が施されています。1生産者あたり平均3台で海苔養殖場をカバーできるよう調整されています。
ビジネスモデルは1漁期(※2)カメラ1台あたり30万円のレンタル方式で展開します。初年度は地域密着型企業として伊勢湾の70人の生産者を対象に、1生産者あたりカメラ3台をレンタル形式で提供し、売上は6,300万円を見込んでいます。その後は、有明海や瀬戸内海へと順次シェアを拡大し、2030年には売上高7.2億円規模の達成を目指しています。
審査員VCからは、「海苔養殖というニッチな分野でありながら、海上での害鳥対策という未開拓領域に挑戦し、困っている生産者を本質的に支援するプロダクトである点を高く評価できました。売上面でも早期に成果が期待でき、社会的意義も大きいです。」との講評を受け、2位の入賞となりました。
※1 パン・チルトカメラ:カメラの向きを上下左右に動かすことができるカメラ。監視カメラ等に利用され、1台で広範囲の映像を撮影することができる。
※2 1漁期:海苔養殖における1シーズン(通常は10月~翌年4月頃まで)のこと。海苔の収穫は年に一度だけ行われるため、1年間の生産活動はこの1漁期に集約される。
作品名:Smart Care AI
企業評価額:8000万円
共働き世帯が7割を超える現代日本において、子どもの安全を守るための見守りカメラの需要は高まっています。このチームが製作した「mamorun」は、従来のベビーベッド専用監視にとどまらず、0歳から6歳までの子どもを部屋全体で見守る次世代型AIエージェントです。
既存の代表的な見守りカメラであるCuboAi(※)は、主にベビーベッド内が監視対象であり、0~1歳児のうつぶせ寝や顔が覆われるリスクをAIで検知します。一方で「mamorun」は監視対象が部屋全体に広がり、成長に伴う多様なリスク(転倒・挟まれ・誤飲・やけど・転落・感電など)にも対応しています。これにより、0~6歳という最も事故リスクが高い時期の子どもを守ることが可能です。
危険検知AIの開発には、実際の危険映像を収集することが倫理的に難しいという課題がありました。そこで「mamorun」では、生成AIを活用して1,000件の危険映像データセットを作成しました。さらに、保育歴30年のベテラン保育士が、生成した危険映像を確認して危険性を判断し、その判断をもとに作成した教師データをAIで学習させた結果、危険検知精度は約96%を実現しました。
また危険検知だけでなく、日常の様子を撮影する機能も備わっており、AIによってピックアップされたベストショットはギャラリーに自動保存され、祖父母などの離れて暮らす家族とも簡単に共有できます。
製品価格は、CuboAiなどの競合と同等の本体49,800円です。サブスクリプションは、「危険検知のみ:1,280円/月」、「危険通知+思い出共有機能付き:2,380円/月」の2種類のプランとなっています。
見守りカメラの市場規模は、国内の富裕層向けで約240億円、国内全体で約1,200億円、世界では約1.2兆円と見込まれています。競合製品であるCuboAiの累計販売台数が25万台を超えていることからも、この分野の需要拡大の可能性と市場成長性の高さが窺えます。
さらに、見守りカメラは介護施設や工場など、子ども以外の分野にも横展開が可能であり、同様の危険検知ニーズを持つ多様な現場への導入が期待されています。これにより、見守りカメラの活用領域は家庭内にとどまらず、BtoB領域へと広がり、マーケットはさらに拡大していくと見込まれます。
今後の展望として、危険検知の精度を99.9%まで高め、3年目で黒字化、5年目に海外進出、7年目には年間利益70億円を目指します。審査員VCからは、0歳から6歳までの新たな需要開拓や、将来的には対象を全年齢に拡張できる点が高く評価されました。
※ CuboAi:台湾発の雲云科技(Yun Yun AI Baby Camera Co., Ltd)が開発し、2018年に台湾でクラウドファンディングを開始、2019年以降グローバル展開を進めているAI搭載スマートベビーモニターのこと。
豊田高専は、すでにビジネス展開が可能な具体的なプランを提示し、企業評価額7億円という高い評価を受けて最優秀賞を獲得。その技術力の高さと、短期間でこれほどまでの成果を出す行動力には、深く感銘を受けました。
今年のDCONも、ITとスタートアップ文化が融合する都市・渋谷のランドマーク「ヒカリエホール」にて開催されました。
この都市は次世代イノベーションの中心地であり、そこで発表された高専生たちの提案は、日々の研究成果とビジネス視点を融合させた極めて完成度の高いものばかりでした。
特に印象的だったのは、ChatGPTをはじめとする生成AIの応用にとどまらず、2025年以降加速する「AI×リアル産業」の融合に向けた取り組みです。
製造業や福祉、農業など、現実社会の課題に即したアプローチを行い、単なるプロトタイプに留まらない、社会実装を見据えた構想力と実行力が随所に見られました。
生成AIは誰でも手軽に利用できるようになりつつありますが、その本質を捉え、実務レベルで設計・運用に活かすには、モデルに対する深い洞察が不可欠です。
高専生たちは、プログラムの表層をなぞるのではなく、その仕組みや限界、倫理的側面にまで踏み込んだ提案を行い、まさに「実装できるエンジニア」としての力量を発揮していました。
DCONを契機に起業する高専生は着実に増加しており、2025年にはAIスタートアップのエコシステムの一部として大いに注目を集めています。
こうした動きは、日本発のディープテックやソーシャルテックの新潮流を生み出し、グローバルな産業変革の起点となりつつあります。
DCONは単なる学生向けのプレゼン大会にとどまらず、新たな価値と産業を創出する場として、その存在感を増しています。
未来を担う高専生たちの挑戦は、今後もさまざまな産業分野において革新を起こす起爆剤となることでしょう。
※本コンテストでの高専生の活躍は、日本ディープラーニング協会のYoutubeチャンネルにてご覧頂けます。
第6回DCON2025本選(ライブ動画配信)
2024年6月時点の県立高専設置予定地。
(「県立高専共創フォーラム」第3回イベント(意見交換会)資料より)
野洲川、近江富士として知られる三上山(みかみやま)を望む自然豊かな場所でありながら、周囲には多くの研究所や工場が進出しています。
2028年4月の開校に向け、教員の確保やキャンパス整備などの準備が着々と進んでいる滋賀県立高等専門学校(以下、県立高専)。先般、元京都大学理事・副学長の北村隆行氏が初代校長予定者に内定しました。
今回の「県立高専共創フォーラム」第3回イベントにおいて、第1部の基調講演では北村氏が県立高専をどのように導いていくのかといったビジョンを表明されました。次に行われた第2部は情報共有・意見交換の場として、滋賀県総合企画部長の松田千春氏から企業等との連携・共創の具体化に向けた取組状況の報告、エイベックス株式会社執行役員の生駒健二氏及び、日刊工業新聞社総合企画部長の篠瀬祥子氏から他高専と各企業との連携事例が紹介されました。最後に、北村氏も交えて、質疑応答及び参加者との意見交換が行われました。
冒頭では、岸本織江滋賀県副知事から開会の挨拶があり、9月の北村氏の初代校長予定者内定をはじめ、12月からキャンパスの造成工事がスタートしていること、教員の募集を開始していること等を述べられました。次いで、櫻本直樹野洲市長から、今回のイベントの開催地であり開校予定地である野洲市を代表して、「県立高専を核に世界に誇る人材・技術・文化を、ここ野洲市から滋賀、日本、そして世界へ発信したい」という夢が語られました。
さらに、独立行政法人国立高等専門学校機構の谷口功理事長からは、社会の課題を解決して発展に導く「社会のお医者さん」を育む存在として世界から注目されるKOSENの一員となる、県立高専への期待を込めた熱い応援メッセージが述べられました。
第2部の後半には、質疑応答の時間が設けられましたが、場内を隅々まで埋め尽くした参加者から次々と質問が寄せられ、登壇者の北村氏、生駒氏、篠瀬氏、松田氏からの回答が続きました。
(掲載開始日:2025年4月24日)
テーマ:未来を共創 「知行合一」のエンジニア育成
講演者:北村 隆行 県立高専総合ディレクター
初代校長予定者に内定した北村氏は京都大学大学院工学研究科で博士の学位を取得、財団法人電力中央研究所研究員から京都大学工学部・工学研究科教員、アメリカ航空宇宙局(NASA)研究員を経て、2016年から京都大学大学院工学研究科長・工学部長、2020年からは京都大学理事・副学長を務められています。2024年6月まで京都大学総長特別補佐を務められた他、文部科学省公的研究費の適正な管理に関する有識者会議委員、科学技振興機構さきがけ「ナノ力学」研究統括等を歴任されてきました。
その北村氏が、県立高専をどのような高等教育機関にしたいのか、そしてどのような学生を育てたいのかについて熱弁を振るわれました。
専門領域の紹介
北村先生の専門は機械工学における破壊の力学です。材料強度をベースに工業製品が壊れる限界を探る技術を研究されてきました。電力中央研究所では発電タービンの力学的強度限界を、アメリカ航空宇宙局ではロケットエンジンやジェットエンジンの特殊条件下による強度限界を研究された後、日本が世界中の電子デバイス市場を席巻していた1990年代は微小電子デバイスの力学的強度について研究され、ナノ力学分野における研究を牽引されることになりました。
「知行合一」の技術者教育
次に、レオナルド・ダ・ヴィンチの残した「レオナルドの手稿」に記された多くの技術に関する基礎検討とそれらから得た科学的な知識、またそれらを実践する行動力の重要性にふれつつ、北村氏の県立高専総合ディレクター就任時に公表された滋賀県立高専のコンセプトである科学的な知識(知)と合理的な行動力(行)をバランスよく涵養する「知行合一」の技術者育成の考えを説明されました。「知行合一」という言葉は元々、中国の陽明学(*)の言葉で、日本では近江聖人と呼ばれる中江藤樹によって広められ滋賀という土地と縁深い言葉です。
*中国の明代に王陽明が興した儒教の一派による思想体系で、実用的・実践的な人生哲学の側面を持つ。
県立高専が目指す教育
「知行合一」の技術者を育てることに加えて、県立高専の開校がゴールということではなく、技術を対象とする学校の宿命として「育ち続ける」ということがあるため、学生と教職員が「共に育つ高専」にしていきたいという展望も表明されました。さらに、県立高専の一番の特徴である、研究所群、工場群、公的施設群等が集積する恵まれた立地環境を生かした協働技術教育を目指すとの考えを説明されました。
県立高専が進める協働技術教育は、1年生時には技術への「驚き」を与えて学習意欲を引き出します。2・3年生時は基礎の必要性に気付かせて学習トレーニングを重ね、4年生時は磨いてきた技術を試していく実践的学習を進め、5年生時には滋賀県の高い工業力を実感してもらった上でプロに負けない技術力へと導くというステップを踏ませる構想です。そうした教育を通じて、卒業後50年以上続くエンジニア人生を幸せに、そして日本の技術を支える骨太のエンジニアを育てたいと話されました。
機械系では新居浜高専で教授をされていた浅地豊久氏、電気電子系も近々確定の候補者1名、情報技術系は神山まるごと高専教授を務められた正木忠勝氏ともう1名の候補者、建設系は群馬高専教授で滋賀県出身の木村清和氏が確定されています。
開校に向けた準備の進捗状況
3DCGによる新キャンパスのイメージを紹介後、専門科目(機械系・電気電子系・情報技術系・建設系)及び一般科目においてコアとなる教員の採用が順調に進んでいる状況が共有されました。
超一流工業県への展望
県立高専の目指すゴールの一つが、既に一流工業県である滋賀県を「超」一流工業県へと県立高専が昇華させる起点になることだといいます。技術も人も循環させるほど深まり高いレベルになることから、卒業生が県外や海外に飛び立っても、いずれ滋賀県に戻ってきて活躍できる仕組みや環境をつくっていきたいと締めくくられました。
登壇者:生駒 健二 氏(エイベックス株式会社 執行役員)、篠瀬 祥子 氏(日刊工業新聞社総合企画部長)、松田 千春氏(滋賀県総合企画部長)
企業等との連携・共創の具体化に向けた取組状況報告:松田 千春氏
滋賀県立高専の設置目的は、
1、滋賀県発の次の時代の社会を支える高度専門人材の育成
2、技術者の育成・交流のためのハブとして地域産業と社会への貢献
であり、滋賀県そのものが教材であり学習のフィールドであるという考えです。また、県立高専の設置・運営を担う滋賀県立大学のモットーが「キャンパスは琵琶湖、テキストは人間」であり、この考え方は県立高専が目指す理想の学びの姿と重なるといいます。
現在(2025年2月時点)、県立高専の応援団の仕組みであるフォーラムへの参画数は206社の企業、16の団体、113名の個人に及んでおり、今回のようなイベントの開催やメールマガジン等による情報共有や意見交換を実施するとともに、昨年8月から個別訪問による県立高専との連携・共創に向けた意見交換を実施。1月末時点で206企業中59社を訪問、各企業の技術、設備、考えを知り、訪問するたびに感動されたそうです。
次に、フォーラム参画企業に連携・共創メニュー(タタキ台)を提示し、1、県立高専と企業等が共に成長を目指すメニュー 2、学生の成長を応援頂くメニュー 3、県立高専のリソースを企業側が活用するメニューの、以上3項目によるアンケートをお願いしたところ、74社から回答があり、その結果が報告されました。
1の、県立高専と企業等が共に成長を目指すメニューにおける人等に関する項目では、PBL教育支援の他、協働型共同研究への関心が高い。資金等に関する項目においては、県立高専内への企業広告やイベント協賛に高い関心が示されています。
2の、学生の成長を応援頂くメニューにおける人等に関する項目では、講演会講師の派遣、企業講座、インターンシップ、1日就労体験に高い関心が示されています。資金等に関する項目においては給付型企業奨学金に対しての関心が最も多く、3の、県立高専のリソースを企業側が活用するメニューでは企業等交流会、業界・企業説明会、企業等PRブック作成、卒業生のUターン就職に関する連携に高い関心が示されています。
そして最後に、いよいよ2025年4月から開設準備教員チームを交えて、連携・共創メニューの個別具体化を進めていくことを表明し、締めくくられました。
他高専と企業との連携事例紹介-1:篠瀬 祥子 氏
続いて篠瀬氏から、他高専と企業の連携事例の紹介がありました。日刊工業新聞は今年で創刊110周年を迎えられる産業総合紙です。高専特集は、2022年の高専制度60周年を記念して始まり、今年で4年目になります。高専生は、産業界からの注目度が高く、その理由として篠瀬氏は、1、ますます深刻化するエンジニア不足 2、プラント関連の老朽化を克服する人材の不足 3、DXやAIといった先端テクノロジー分野の人材ニーズの中で物事を根本から考えて行動できる人材の渇望等が挙げられると語りました。こうした問題に対し、高専生は各種コンテスト等を通じて創造性やチームワークを養い、社会課題と向き合いながら学ぶ等実践的な学習経験が高く評価されています。
また、高専生の採用に至る機会を設けるには、企業との共創の機会や社会課題そのものを探究している教員をサポートすることが有効ではないだろうかと語られました。さらに、寄付の意義も大きく、それによる学生や教員、親世代への社名認知が、高専と企業が連携するきっかけづくりに重要な役割を果たすとのことです。
最後に、これまで取材をしてきた、高専と各企業の連携例を紹介されました。
工作機械製造大手であるDMG森精機は北九州高専との連携を機にデジタルモノづくり教育を開始しています。また、外資系電機メーカーのABBはシミュレーションソフトを使ってロボット技術者を養う教育プログラムを豊田高専等に提供。エプソンは沖縄高専と連携し共同研究の最終アウトプットとして東京ビッグサイトの展示会で学生による発表を行われたそうです。青木あすなろ建設は徳山高専と連携して水陸両用ブルドーザー体験会を開催、防塵マスクメーカーの興研は熊本高専に机サイズのクリーンルームを寄贈、ミシンのジャノメは大分高専の部活動に30万円を寄付。また、国立高専機構はビズリーチとクロスアポイントメント制度で提携し、64名の民間人材を登用。産業界の人材が副業で高専生を教える機会を設けました。その他にも、九州電力が新卒採用した大学卒業生や高専卒業生の奨学金返還サポートを開始する例など、高専と企業の多様な連携事例を挙げられました。
他高専と企業との連携事例紹介-2:生駒 健二 氏
エイベックス株式会社執行役員の生駒氏からは、企業側からの視点による鈴鹿高専との連携事例が紹介されました。
同社は金属の切削技術や研削技術に長けた名古屋市に本社を置くトヨタ系の自動車部品メーカーです。自動車の電動化が進むことにより商品構成の見直しを迫られるとともに、恒常的なエンジニア不足に悩まされていると語り、今一度地域との繋がりを大切にしなければならないというお考えを述べられました。
そうした背景があって、有料の工場等見学事業を強化するなど、産業観光分野にも注力しているそうです。その産業観光事業で関係を築いた同社工場のある桑名市を通じて鈴鹿高専と連携することになり、鈴鹿高専の敷地内に研究室を設置して3年間の共同研究を始めたそうです。
鈴鹿高専との共同研究のテーマは6つ。1、熱処理歪み不良対策 2、AGV無人搬送車の開発 3、RFID(無線タグ)を使った工程間移動履歴の電子処理化 4、設備の振動を抑えるビビり抑制 5、海外の学生と一緒に学び合う学生の産業観光受け入れ 6、総額200万円の出資を実行したケースもある学生への起業支援です。
以上の共同研究の結果については、1のテーマの成果として表面処理技術獲得による仕入れ先依存の改善と、2のテーマの成果である新しい生産設備の自前導入等の成果が挙げられました。一方で残された課題として、テーマを6つから絞れなかったことにより完結できなかったテーマがあったこと、教員との連携がメインとなり学生を巻き込み切れなかったこと等を挙げられました。
今後は、新市場での技術課題の回収並びに連携の中核となる次世代人材の育成に注力することで、顧客中心の経営風土から市場創造型で人材育成にも通じる「地域循環型経営」にシフトしていきたいと考えておられます。
世界的な研究実績をお持ちの北村先生が、県立高専の初代校長として教育に軸足を置こうとなさった理由を教えて下さい。
私は日本の技術に関する1番の課題は、科学的な知識(知)と合理的な行動力(行)のバランスが、「知」の方に偏り過ぎていることだと考えています。技術がどんどんソフトウェア化していて、自ら手を動かしてモノにふれながら知識を身に付けることが減ってきています。これは、先進大学の技術教育が「知」に関する指導に偏りがちであることも一因でしょう。AIや量子といった流行テクノロジーへの過度な反応も気になります。
一方、実践を中心とする高等教育では、PBL(Project Based Leaning)やアントレプレナーといった流行りの言葉に踊らされているように思えるのです。いずれの言葉も、それらに関する表層的な知識だけが一人歩きしていて、多くの人が実践の基礎力を十分に鍛える機会を十分には持っていないのではないでしょうか。
自ら手を動かしながら知識を修得していくのが高専です。日本の技術力の停滞を是正する働きかけは、高専を起点に広げていくのが最適であり、さらにそれを自ら実行したいと考えて、校長就任オファーを嬉しく前向きに受け入れたのです。
北村先生は、京都大学の教授時代に教えていた高専出身の学部生や大学院生をどのように評価されていましたか。
高専出身者は、「知」と「行」のバランスが良い印象でした。そんな高専出身者が研究室に1人でも所属していると、すぐに実験や解析に取り掛かる彼らの姿勢のおかげで研究室全体の雰囲気がアクティブになります。技術の根本である工学を学ぶ上で、今の学生に欠乏している部分を補強する心強い存在でした。また、高専を1度卒業して、さらに学びたいと考えて入学してきたのですから、モチベーションが高く、極めて優秀な学生が多かったのも事実です。
日本がかつてのように世界の技術リーダーとなるには、高専生をどのように育てたいですか。
産業界もアカデミアも、今の最先端の技術を身に付けた即戦力のスーパーマンを求めがちです。そのように考えていては、いつまで経っても理想とする人材は現れません。
高専在籍の5年間でスーパーマンを育てることは出来ません。学生たちに基礎的な知識や実験などの感覚を磨き込む機会を十分に持たせ、10年先、20年先の長期的な視点を持たなくてはなりません。県立高専では、50年続くエンジニア人生が幸せなものとなるよう、そして日本の技術を支えてくれるような存在となるよう科学的な知識(知)と合理的な行動力(行)を磨くことで、基礎力を養成します。
知識や実践力を磨き込む行為は体幹トレーニングのように地道で苦しいものです。しかし、時に各種コンテスト等刺激的な発想やゲームのような面白さを感じられる機会を設ける中で基礎力の重要性を認識し、基礎訓練を続けることができます。
これから高専を目指す小中学生へのメッセージをお願いします。
楽しく、幸せに生きることが人生で最も大切です。そのために高専に入学してエンジニアを目指すのは、お勧めするルートの一つです。エンジニアになってものづくりに携わる。自ら手を動かしてつくれば、そこに楽しさや歓びも加わります。そしてつくり上げた製品を通して、世の中の多くの人々に喜んでもらえる。そんな幸せを、高専で学ぶことで、感じてみませんか。
徳山高専のこれまで高専ロボコンに出場した歴代のロボットたち。
1988年に始まった高専ロボコンで、藤本先生は初期の頃から学生の指導に携わり、そのロボットたちは今も大切に保存されています。
これまで7回執筆させて頂いた通称 ”高専ロボコン” はその名称を「アイデア対決独創コンテスト」→「アイデア対決ロボットコンテスト」→「NHKアイデア対決ロボットコンテスト(高専部門)」→「アイデア対決・全国高等専門学校ロボットコンテスト」と時代の流れと共にその名称を変えてきました。
しかし、何れの時代においても ”アイデア対決” の冠を外すことはありませんでした。単に試合の勝ち負けを競う大会ではなく、若い選手達が夢やアイデアを競うことを通じて発想力豊かな技術者を育てることを最大にして最終の目的としていました。高専ロボコンは、ロボコン大賞を最高位の賞として位置づけて、他のロボット競技大会とは一線を画す形で1988年からの開催から長期に渡り、大会設立の立役者であり、2025年1月12日に惜しまれながらご逝去された東工大名誉教授の森正弘先生の熱い思いを現在に伝えてきました。
大会を運営するに当たってはNHK関連グループ(以下、NHKと記す)は元より、協賛企業からも資金面で多大な援助を得ています。大会初期の1990年から2001年までは当時の国内パソコンのシェア率が70%とも80%ともいわれたNEC(日本電気株式会社)が特別協賛企業として巨額の運営資金を提供していたこともあって、地方大会から全国大会を通じてその運営の殆どをNHKが担当していました。
地方大会の会場は特別な理由がない限り高専の体育館を利用していましたが、徐々に高専ロボコンの知名度が上がってくると観戦希望の人数が増えてきたことと、一般には高専の知名度が低かったこともあって、高専側としては大会が絶好のアピールチャンスであるとの思惑から地方の大型多目的体育施設などで大会を開催するようになりました。
1999年 第12回高専ロボコン「ジャンプ・トゥー・ザ・フューチャー」で配布されたトレーナー。
当時は毎年、選手と指導教員にトレーナーが配布されていました。オリジナルキャラクターの「アイデアの卵」が描かれています。
当時の潤沢な大会予算の片鱗を伺わせるものが手元に残っていましたので紹介します。まず、毎年デザインの異なるオリジナルキャラクターをプリントしたトレーナです。選手と指導教員に地方大会と全国大会でそれぞれ配布されていました。
さらに、毎年このオリジナルキャラクターをアレンジした大型の多色刷りポスターがありました。このオリジナルキャラクターを我々は「アイデアの卵」と呼んでいましたが、伝え聞いた話によると、このキャラクターの著作権はNHKのものではないということで、NECが特別協賛を脱退すると共にトレーナーの配布はなくなり、ポスターのデザインからも「アイデアの卵」がなくなりました。
残念ながら手元にはこのキャラクターを使ったポスターは2000年大会のものが1枚、トレーナーは2着しか残っていませんでした。高専ロボコンのキャラクターとして一時期「ロボドーモ君」もありましたが、やはり私はこの卵のキャラクターが好きでしたので、なくなったのは今でも残念でなりません。余談ですが、このキャラクターを模倣したロボットで全国大会に出場したことがあって一時物議をかもしましたが、結局、著作権先からの許可が出たらしく放送映像にモザイクが入ることはありませんでした。
その他にも地方大会に新人タレントの起用がありました。私達の中国地方大会には覚えているところでは女優の「仲間由紀恵」さんや地元出身タレントの「松村邦洋」さんによる大会中でのリポートもありました。
その後、NECが特別協賛を脱退したことによる運営資金面の減少から、高専ロボコン存続の危機が訪れ、このことについて高専とNHKで協議が持たれました。
このとき大会の存続について技術者教育の視点からの話としてあまり聞こえてこなかったのは残念でしたが、高専側からはNHKの放送を通じて高専の情報を大衆メディアに載せることのメリットを重要視して、これまで以上に資金面と大会運営に全高専を挙げて協力することとして高専ロボコンが存続することになりました。現在は特別協賛の「本田技研工業株式会社」をはじめ、協賛7社、特別協力3社、協力3社1機構の支援を得て大会が継続されています。
さて、大会の存続協議の際に「技術者教育の視点からの話としてあまり聞こえてこなかった。」と述べましたが、ある意味仕方のないことだと思っています。
その理由は、各高専のロボコンへの取り組み姿勢にもよりますが、高専ロボコンの指導にあたってはその多くはロボット作りに必要なスキルを持ち合わせている特定の教員が毎年担当するケースが少なくないからです。その結果、指導の詳細とその教育効果については各高専で共有されることは殆どありません。必然的に高専ロボコンによる教育的な優位性がどの程度あるのかは大会の結果でしか評価されないことになります。このようなことから高専ロボコンの教育的な優位性について問われた場合には、私見とはなりますが、高専ロボコンを長年指導してきた経験と他の高等教育機関に先行して創造教育を体系的にカリキュラムに取り入れ実践してきた経験から、ロボコンを経験した学生とそうでない学生とを比較した場合、取り分け発想力とアイデア具現化のセンス、課題解決能力の向上には歴然とした差が生じるといえます。
特にロボットの設計を主として担当した学生は、夏休みを通して最低でも毎日6時間以上は課題解決のためのアイデアや機構のイメージを考え、それを形にする取り組みを自主的におこなっていますので、このような差が出るのは必然のことといえます。こういった教育的効果を定量的に比較することは難しいのですが、参考のため私の元に現存する過去のロボット達(※)をまとめて掲載していますので、これをご覧になった上でこの点を推し量って頂ければ幸いです。
※過去のロボット達については、徳山高専HP 「高専ロボコンの歴史」ページ をご覧ください。
ともあれ、技術者や研究者はストイックなまでにもの作りや開発に没頭する傾向があるといわれますが、高専の学生も例外ではありません。その反面、大衆コミュニケーションを苦手としている者も多くいます。高専ロボコンではチームを組んで一つの競技ロボットを完成させる作業なので、否応なしにチーム内でのコミュニケーションが必要となることで、その能力が鍛えられます。更にはメディア取材におけるコメントを求められることもあって、本来自分の考えを伝えることを苦手としていた学生がこれらの経験を経てチームのリーダーとして成長することも珍しくありません。
コンテストが始まった1988年の「乾電池カースピードレース」の放送は、学生達の発想の豊かさ、その発想に焦点を当てた競技型式の斬新な番組として視聴者を随分魅了したことと思います。そのためNHKも継続番組として成立させたのではないかと察します。私もこの放送に魅了された一人でしたので、それから2年後にロボコンに関わるようになりました。当時目新しかったロボコンも現在では小学生から大学生まで様々な分野で参加できるロボコン型式の競技が数多く開催されるようになりました。
2013年 第26回高専ロボコン「Shall We Jump?」に出場した奈良高専のロボット「じゃんぺん」。
この大会では徳山高専が優勝しましたが、準優勝となった奈良高専の「じゃんぺん」は、後に “Most skips by a robot in one minute”(1分間に最も多くロボットが縄跳びを跳んだ回数) でギネス世界記録を樹立しました。
ロボコンの創世記には将来ロボットが今ほど活躍する時代になるとは考えていませんでしたので、選手達も単に技術を使った趣味的な範疇で取り組んでいたと思います。しかし、30年後の現代においては少子高齢化、働き方改革、災害救助、海洋開発、生産コスト削減などで、その一翼を担う救世主として様々なロボットが必要となっています。当時は職業として考えられなかったロボット作りの知識がそのまま職業に繋がる時代となったわけです。
19年前に選手として活躍した学生の一人は協賛企業の一つに研究職として入社し、上司も褒め称える会社の柱となっています。そしてこの会社のエンジニアの半分近くが大学経由を含め高専卒だということです。昨年の大会決勝戦で惜しくも敗退した熊本高専の女性選手が表彰式の場面で感動的なコメントを残しています。「メンバー達とロボコンをやっている空間が宇宙一楽しかった。」このような空間を経験できる若者が今どれ程いるでしょうか。この感動と今の思いを忘れることなく19年前の選手と同じように社会で活躍できる思いやりのあるエンジニアとして育っていくことでしょう。
大会に参加した学生のコメントには、技術やアイデアに関する感想よりも、仲間や先輩後輩と昼夜を問わず苦労を分かち合った感動的なコメントが多く聞かれます。
最後となりますが、一時期は世界第2位のGDPを誇っていた日本経済を背景に、高専ロボコンもこの時期、年を追う毎に大変な盛り上がりを見せていました。しかし、1997年に消費税が5%になって以降の日本経済は衰退の一途をたどり2002年からのNECの特別協賛脱退を契機に一時は高専ロボコン消滅の危機に瀕しました。その後も日本経済の停滞が叫ばれる中で、復活に向けての苦悩が続いています。
一方で、世界に目を向ければ日本以外の各国は右肩上がりの経済成長を果たし、ITや産業技術面での発展は著しく、身近なものとして3Dプリンターやドローン技術など、日本は高い技術的ポテンシャルを秘めているにも関わらず他国に後れを取っているのが現状です。高専においては高専機構からの分配運営経費は減り続けています。入学は難関であっても教育設備の充実ぶりが高専を受験する大きな理由にもなっていましたが、遂にパソコン設備すら賄えず、受益者負担の名の下に個人調達のパソコンに切り換えざるを得ない窮状となっています。世界最大の対外純資産国である日本が将来への投資として教育への財政出動が待ったなしの課題であると私は考えます。